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シンフェリア ~願いの花の物語~  作者: にわ冬莉


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第39話 命の価値

 天上界からこの地に降り立ったのは、ただの気まぐれだった。


 まだ発展途上の人間が住む地上で、彼らを観察し、育ててみたいと思ったのだ。賛同する友とこの地に降りると、まずは身の回りの世話をさせるための木偶(デク)を作り、自らの命を少しずつ分け与えた。

 人間たちを観察しながら、どうしていこうか考えを巡らせる日々を過ごしたが、友はそうではなかった。あまりにも粗雑で知能の低い人間に、すぐ嫌気が差した。


「このような愚かな生き物に、何を教えようというのだ?」

 友は深く息を吐き、言った。

「愚かであるからこそ、面白いのではないか」

 そう答えてみたが、理解を得られなかった。


 木偶(デク)との暮らしをしながら、相変わらず人間を観察する毎日だったが、次第に物足りなさを感じはじめる。直に触れ合ってみたいと思うようになった。人と一緒に生活し、その思考を学んでみたいと。

 それは危険を伴う行為でもあると、わかっていた。それでも好奇心には勝てず、遂には人に化け、里に下りることにしたのだ。しかしその話を聞くと、呆れた友は去って行った。元々天上人は飽きっぽい。仕方のないことだと思った。


 触れ合ってはじめてわかることもある。

 人間とは面白い生き物だ。愚かで、それ故に愛おしい。

 人に化けている間は自分の存在を隠し、人として生きた。くだらない出来事で笑ったり、自然の見せる光景に感動したり、つまらないことで争ってみたり。

 すべてが新鮮で、興味深かった。


 そんな中、ある男と出会う……。


 男は漁師をしていた。

 向こう見ずで自信家、ユーモアに溢れ、力もあった。人に化けたスヴェラ神を見染め、近付いて愛を語った。

 その男と一緒にいると、何故か気分が高揚した。どうでもいい毎日が、美しく色付いていくようだった。

 初めてそれが、恋というものだと知る。淡く、切なく、甘い。

 いつしか距離は縮まり始める。


 だが二人の気持ちが近付くにつれ、偽りの姿でいることに罪悪感を覚え始めた。

 騙している。

 本来の自分の姿を隠しているのは正しいことなのか、己との葛藤が始まった。

 そしてある時、男に本当のことを告げようと決める。


「私は天上人です。この命が尽きることはなく、いつしかあなたと一緒にはいられなくなる日が来る」

 それを聞いた男は、スヴェラ神の真の姿を知りたがった。そして、永遠の命とはいかなるものかと訊ねてきた。

「ご覧になりますか?」

 そう言ってスヴェラ神は、懐深くから光の雫を出して見せる。すると男はそれを手にし、飲み込んで、逃げてしまった。


 一緒にいられなくなると聞き、衝動的に起こしたことなのか、単純に永遠の命を欲しがったのかはわからない。だが、男はその日、その時を境に、どこかへ消え去ってしまったのだ。


 待てども、戻らぬ男。

 数年が過ぎたころ、やっと裏切られたのだと知り、人里を後にした。聖人たちの元へ戻ると、彼らに与えた命を回収することで生き永らえた。だがそれもいつまで続けられるわけではない。聖人たちが尽きれば、命の供給はなくなってしまうのだから……。


「シンフェリアは、その時に作ったのじゃ。わらわの体を苗床に、聖人の命を肥に。そして花を咲かせるための鍵として、童の目を基に『結ぶ』という意味のチジリ人を作った」

 じっとオルガを見て、言った。

「聖人たちが繁殖し、その数を増やしてくれれば、童の命も長らえよう。そしていつかチジリ人がこの地を訪れるように、チジリ人には世界を転々と渡り歩くよう、言い含んでおいた。シンフェリアが咲く時、それがいつになるかはわからぬが、その時には聖人たちの命を喰らったシンフェリアが、童を蘇らせてくれるだろうと」


 チラ、と傍らの男を見遣る。

「この男がこの地に残り、シンフェリアの世話をしておった。時折迷い込んでくるうつけ者どもを追い返し、島を守っているのは知っておった」

 願いを叶える花として言い伝えられれば、その花を手に入れようという愚かな人間が出てくるだろうことは想像できる。それを追い払う守り人の存在には、正直なところ、助けられた。どんなに海を荒れさせようとも、運よく流れついた人間に花を根こそぎ摘まれていたら、復活は叶わなかっただろうから。

「じゃが、復活できたとて、聖人たちの命を喰らった程度では、どれほどの力になるか不安もあった。しかし……」

 自分の手を、じっと見つめる。

「力が戻っておる。盗まれた童の命が、この体に戻っておる」

 不思議そうに自分の体を抱きしめるスヴェラ神。


「それって、もしかしてサントワの()()()()と関係が……?」

 ロェイが口を挟む。不老不死だと言っていた、あの体と関係があったというのか?

 スヴェラ神が、オルガの腕の中で動かなくなったサントワを見下ろす。

「童から命を盗んだあの男とは別人のようじゃが……どういう因果か、その男は童の命を持ち合わせておったようじゃ。聖人の命を喰らうことなくシンフェリアがすべて咲くとは、驚いた」

 湖の中には、虹色の花弁を散らしたシンフェリアの残骸が残るばかりだ。


「童の命を持ち去った、かの者は、死んだのじゃな……」

 昔を懐かしむように、しみじみと呟く。

「もはやこの地に思い残すこともない」

 満足そうに、微笑むと、傍らに跪く男に向かって、言った。

「童は天上に戻る故、聖人たちは塵に還そうぞ」

「御意」

 男が首を垂れる。


 そんなやり取りを見ていたフラッフィーが、ラッシェルの腕の中から抜け出し湖に向かって駆け出し、怒鳴る。

「待ちなさいよ! 黙って聞いてりゃ、なに調子のいいことばっか言ってんのっ?」

 いきなり啖呵を切るフラッフィーに、ロェイが驚く。

「おい、フラッフィー」

 相手は天上人を名乗る者だ。下手に逆らったらどうなるかわからない、とばかり声を掛けるが、フラッフィーはお構いなしだ。


「もとはと言えば自分が蒔いた種じゃないっ。それなのに、サントワのことも、エリスのことも見殺し? 命を喰らう花ですって? 冗談じゃないわっ。神様って、バカなの? 自分がしたことの責任は、自分で取るの! 周りに迷惑かけたらダメなのよっ!」

 拳を握りしめ、説教を始める。


「……ほぅ、人間如きが童に説教か」

 目を細める。楽しんでいるようにも、怒っているようにも見え、ロェイが肝を冷やす。


「説教? 違うわっ。私は()()()()()()()を言ってるだけよ。あなただって、大事な人がいなくなった時の苦しみとか悲しさ知ってるんでしょ? 生きてる人間は、みんな誰かの大事な人なのっ。その命を、神様だからって勝手に奪っていいことにはならないでしょうっ?」

 フラッフィーは強い姿勢を崩さない。

 これ以上、大事な人を失くしたくない。ただ、それだけの怒り。

 元より、神様なんて信じていない。だって神様がいるのだとしたら、あまりにひどすぎる。母の命を奪い、父まで出ていった。その上、まだ奪おうというのか? 許せるはずもない。


「私の好きな人を、これ以上取らないでよ!」

 最後は半狂乱で、叫ぶ。


 そんなフラッフィーの姿を眼下に見下ろしながら、スヴェラ神は思いを馳せる。


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