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シンフェリア ~願いの花の物語~  作者: にわ冬莉


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第37話 男の正体

 流れ込んでくる……記憶。

 それは貴族同士の、領土争いだった。


 よくある小競り合い……とはいっても、規模はそれなりだった。領主はなんとしてもその地を手に入れたかったと見え、領土争いに凪を使うことを選んだのだ。


 凪の力を持つ者は、そのほとんどが国のお抱えになっている。強大な力を持つ者を配下に置けば、それだけ有利に立てる。凪は、兵器だ。千の軍隊を持つより、凪を一人抱えている方が安上がりな上、はじめから勝利を得たも同然なのだから。


 ロェイはどこの国にも属していなかった。それどころか、凪であることを周りに隠して生きていた。その時は、たまたま凪であることがバレてしまい、一時的にある貴族に囲われていたのだが、そのことが領土争いに拍車をかけ、小競り合いのきっかけとなった。

 ロェイを手に入れた領主は、以前から揉めていた土地を手に入れようと、相手に宣戦布告をし、そこから領土争いが始まる。


 貴族に囲われている時、ロェイは領主の娘と恋仲になっていた。箱入り娘だったのか、ロェイが凪だと知っても驚きもせず、能力について説明しても首を傾げ「ロェイはロェイでしょう?」と不思議そうに口にするだけ。明るくて、天真爛漫を絵に描いたような娘だった。


 屋敷での生活は、楽しかった。初めて感じる恋心というものに有頂天だったこともあるが、領主から「この争いが終わったら娘との結婚を認める」と言われたからだ。愛する者と結ばれる。そんな未来が自分にあるなど、今まで考えたこともなかった。

 凪である自分は嫌いだった。そんなロェイが、凪であることを誇りにすら思えたくらいだ。


 ところが。

 凪であるロェイを出し惜しんだ領主は、争いを無駄に長引かせた。争いに加わった者たちが疲弊し始めたころ、相手はこちらの隙を突いて屋敷に攻め入った。そして、戦地から離れた場所でのうのうと暮らしていた領主と奥方の首を取り、娘を攫っていった。

 娘は敵対していた貴族に捕まり、牢へと入れられた。当主は年若き娘になど興味はなかったが、娘はパニックに陥ってしまう。もう、父も母もいないのだ。そして聞かされた戦地の状況は、貴族側の圧勝であるかのような賛辞ばかり。よからぬ未来を予見したのも無理はない。結果、その身を嘆いて自害してしまう。


 死んだのだ。


 もう、争う必要などなくなった。雇い主である領主はいないのだから。

 しかし、それが前線に知らされたのはだいぶ後になってからだ。

 戦いの場に残っていたのは、金で雇われた荒くれ者ばかり。潰し合って自滅してくれれば報酬を払わずに済む、という、貴族側の身勝手な都合だけで、血が流れ続けた。一部の人間には、「生き残った者に多額の報奨金を出す」という話までしていたらしい。

 戦場はもはや正常な判断がつかないほどに、荒れていた。敵も味方もわからいような混沌。力を見せつけ合うだけの、鬼畜の巣窟。そんな状況を作った張本人の姿はどこにもなく、金で雇われた流れ者たちが一獲千金のためだけに命を奪い合っていく。

 なぶり合うかのような争いに終止符を打つべく、最終的には凪であるロェイが前に立たされることになった。それまで何も知らされていなかったロェイは、待機していた村から前線に送られ、初めて真実を知ることとなる。


 雇い主が死んでいたこと。それだけではない。愛する者がたった独りで、自ら命を絶ったことを知り、何も出来なかった自分を悔いた。こんな力、なんの役にも立たないと、自らの力を呪った。殺人兵器でしかない自分に心底嫌気が差し、ロェイは我を失った。


 それまで、ロェイは必要最低限の力しか使わないよう、ずっと気を付けて生きてきた。凪の力は強大だ。間違った使い方をすれば大変なことになるとわかっていたからだ。それなのに、この時ロェイは「すべてを理解した上で」感情のままに、凪の力をすべて開放した。快感にも近い感情で、人の意識を操ったのだ。


 気付いた時には、辺りは血の海。

 肉塊らしきピンク色の塊がそこら中に飛び散り、赤と、死臭がそこら中に転がっていた──。


*****


「くそっ」

 過去を思い出したことで、躊躇いが生まれる。

 もしまたあの時のようなことになったら……。


 そんなロェイの「迷い」に気付いた人間がいる。


 ラッシェルはあの日の惨劇を間接的ながら、知っている。

 惨劇の数日前まで、近くの村でロェイと一緒に過ごしていた。

 ロェイが領主の娘と恋仲であることも知っていた。そんな時、領主が死に、娘が自害したという噂を耳にしたのだ。

 ロェイには知らせなかった。ただの噂であってほしいと心底思っていたし、そんなことがあってたまるかと、村を抜け出し、真実を確かめに行っていたのだ。


 噂は、真実だった。領主の家は焼き払われ、貴族たちが占拠しているのを確認した。そして領主の娘が自害したと、その場にいた数名が話しているのを耳にした。

 ロェイにどう伝えればいいのか頭を悩ませながら戻った時、ロェイは既に村を出ていた。慌てて戦地に駆け付けると、そこには死体とも呼べないような肉塊が転がっているだけだった。


 凪の力は知っているつもりだ。どんなに恐ろしい力かも。けれど、それは使い手の精神的な問題だと、ラッシェルは思っている。今のロェイなら暴走はしないし、万が一、タガが外れてしまったとしても、今度は自分が受け止める。絶対に止めてみせる。ラッシェルはそう思っていた。


「ロェイ、心配するなっ。お前が暴走しそうになったら俺がなんとかするっ。だから安心してあいつを止めろーっ!」


 ラッシェルの言葉を聞き、ロェイの緊張がほぐれる。

 煩くて、面倒で、金儲けのことばかり考えている男なのに、なぜ声を聞いて安心してしまうのだろう。……根はいい奴だと、どこかでそう思っているからなのか?


(迷ってる暇はないなっ)

 男が、サントワの血で染まったナイフをオルガに向けている。今はそれを止めることだけを考える!

 ブワッ、とロェイから男に向け風が飛ぶ。男の体に纏わりつくように凪の力が発動する。


「……ん?」

 男が異変に気付く。自分の意志に反し、ナイフを持つ手がピタリと止まる。

「なんだ?」

 振り向く。

「……お前が邪魔をしているのか?」

 美しい顔で睨まれ、こんな状況にも拘らず、ロェイは見とれてしまいそうになる。引き込まれそうなその瞳から視線を外し、答えた。

「ああそうだっ。あんたがどこの誰か知らないが、俺の仲間を傷付けるのは許さない!」

 両の手を伸ばし、意識を集中する。だが、男の思考が全く読めない。今はなんとか動きを止めているが、止めているだけで、操れない。こんなことは初めてだった。


「私の動きを止めることが出来るとは……何者だ?」

 男が不服そうに眉を寄せる。

「今からスヴェラ神が復活なさるというのに、要らぬ邪魔はやめてもらおう」

 動きを止められているはずなのに、男は事も無げに、ナイフを持たない方の手をスイと上げ、パチンと指を鳴らした。

「うっ」

 ロェイが体をくの字に曲げる。


「ロェイ!」

 何が起きているかわからないラッシェルが立ち上がる。

「ラッシェル、動くな!」

 ロェイが怒鳴る。


 何かはわからない。だが、この男は凪に匹敵するような力を使った。指を鳴らされた途端、全身に重りを乗せられたかのようにずしんと体が沈んだのだ。


「舐めてかかるとヤバそうだ。俺も本気で行かせてもらうっ」

 言うと、伸ばした両手に力を籠める。

 感覚を研ぎ澄ませ、男の意識を探る。頭の中に入り込んでいくような感じに近い。ただの一人に、こんな風に集中するのは初めてだった。手探りで、潜る。そして気付いた。


(この男は……人間じゃないっ?)


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