第30話 上陸
「錨を下ろすぞ!」
ゼンの声と共に錨が下ろされ、船が碇泊する。目指している孤島は、目の前だった。
孤島までは手漕ぎボートに乗り換えて、向かう。
白い砂浜の向こうには、鬱蒼と生い茂った森のようなものが見えるだけで、島の全容も、なにが待ち受けているかもわからないままの上陸だった。
「捜索は全員で、時間は陽が落ちるまでだ」
サントワがボートの上でそう口にする。
「え? どうして?」
エリスが聞き返すと、サントワの代わりにラッシェルが答える。
「エリスちゃん、この島がどんな所か、なにもわからないだろ? まずは上陸して辺りを確認。危険な動物がいたり、危ない植物があったり、俺たちが知らないだけで、先住民がいる可能性だってある。むやみやたらに動き回ったら危ないってこと」
「……そう、なの?」
エリスは陸を見ながら、言った。
「あ、でも大丈夫だからね! 何があってもエリスちゃんのことは俺が守り抜くからっ」
立ち上がって胸を叩くラッシェルのせいで、船が大きく揺れた。
「きゃっ」
「危ないってばぁ!」
オルガとフラッフィーが手を取り合い、バランスをとる。
「ばかっ、ちゃんと座ってろ!」
ロェイに腕を引かれ、
「えへへ、ごめん」
と頭を掻くラッシェル。
「陽が落ちるまでなんて、数刻しかないわね」
本当なら花を見つけて、一刻も早く願いを叶えてしまいたいところだ。だが、ラッシェルの話も理解はできる。ここまで来たのだから、焦りは禁物なのかもしれない。エリスはじっと陸を見つめた。
「エリス、大丈夫よ。私がちゃんと守ってあげるからね!」
きゅ、と手を握ってくるフラッフィーに、エリスの心が柔らかく溶ける。
「ありがとう」
「そろそろいいだろう」
ゼンが船から海へと入る。そのままロープを引き陸へと歩く。ボートから延びたロープを岩に括りつけ、皆を下ろす。
「いよいよだな」
ポツリ、とサントワが呟いた。
そんなサントワを睨みつけるかのように見つめるオルガ。
皆、なにかを抱えながら、島に降り立ったのである。
*****
「……どう思う?」
ロェイに向けて放たれた言葉である。
「どうって言われても……」
サントワを見上げながら言い淀む。
陸に上がった一行は、砂浜から森の中に足を踏み入れた。砂浜からはその木々の向こうに何があるか、なにもわからない。森に潜んでいそうな危険動物や、虫、植物にも注意する。サントワはその辺りの知識も深く、色々と説明が入る。
木々に小さなリボンで目印を残しながら奥に進むが、獣も虫も、危険なものは何も出てこなかった。それどころか、この島は静かすぎる。所々に咲く花たちは美しいが、それは目的の花ではない。
それでも用心だけは怠らず、奥へと進む。そこで見つけたのが、足跡だ。
「どう見てもこれ、人の足跡じゃん」
しゃがんで確認しているロェイの隣に立ち、ラッシェルが答えを口にする。
獣道よりはもう少し道に近く、山道というほどきちんとはしていない道があったのだ。そしてその道の上には「足跡」が残されていた。正しくは「靴跡」だろうか。
「つまり、この島は無人島ではない、と?」
サントワが続ける。
「それはわからないげどさぁ、エリスちゃんだって俺たちが知らない島でずっと生きてきたわけじゃん? ってことは、この島に人が住んでても別に不思議じゃないんじゃね?」
「……なるほど」
ロェイが頷く。
全員で足跡を見る。成人男性くらいの大きさだった。確認できるのは、一人分。つけられてから時間が経っているようで、かなり薄くなっていた。
「この道を進んでみるか」
サントワが先に続く道の先を見て、言った。
人が住んでいる。
一体誰が?
この島の人間は、花のことを知っているのだろうか。
そんな疑問を胸に先へと進むと、道が開けた。
「うわぁ、すごぉぉぉい!」
フラッフィーが叫び、飛び出す。
「こら、フラッフィー!」
ロェイが慌てて後を追う。
そこに現れたのは、白亜の神殿である。
「へぇぇ、立派なもんだなぁ」
ラッシェルがヒュ~、と口笛を鳴らし、言った。オルガも目をキラキラさせて神殿を見上げている。だが、
「……これって」
エリスだけが険しい顔になる。
目の前に現れた神殿は、故郷である島に立てられた建造物にとてもよく似ていた。ここはエリスの暮らしていた島とも、近い。もし、人が住んでいるのだとしたら、それはもしかして自分と同じ人種……つまりは聖人なのではないかと思ってしまう。
「エリス、どうかした? 大丈夫?」
フラッフィーが駆け寄り、不安気にエリスを見上げる。
「……私がいた島にある神殿に、似ているの」
「え? 聖人の島?」
ロェイが口を挟む。
「ええ。かなり似ているわ」
建てられた神殿は朽ちているわけでもなく、美しい姿で建っている。つまり、遺跡の類ではないということだ。ここに誰かが住んでいるのだとするなら、それは自分と近い人間かもしれない。そうとしか思えなかった。
「中に……行ってみるか?」
サントワがエリスに向かって訊ねる。
もしかしたら同じ神を祀っているのだろうか。だとすれば、この島にも自分と同じような巫女が暮らしているのかもしれないと、エリスは思った。魚の祭りのことも、なにか知っている……?
「神殿は神を祀る場所。本来なら巫女でなくなった私が入ることは許されないけれど……そうね、行ってみましょう」
一行は連れ立って神殿へと向かった。
森の中にぽっかりとあいた広場の中央に、その神殿は建っている。近付くにつれ、その美しさがよくわかる。装飾の施された柱や壁。花壇には花が咲き、落ち着いた、安らぎを与える香のような薫りが漂う。
神殿の正面へ向かうが、人の気配は、ない。
「これだけ綺麗にしてるんだから、人は住んでるはずだよな」
ラッシェルがもっともなことを口走る。
「ここは神殿なんでしょ? じゃ、住んでる人のおうちは別にあるんじゃない?」
フラッフィーが自信満々にそう言うと、エリスが小さく頷く。
「そうね。そうかもしれないわ」
自分たちもあの島でそうして生きていた。生活の場と、神にお仕えする神殿は別だ。
しかし、昼日中、神殿の中に誰もいないとは考えにくい。
まずは祀られている神を確認したかった。同じ作りなのだとすれば、大きな祭壇があり、そこにスヴェラ神の銅像があるはずだった。
万物の神、スヴェラ。それこそが、聖人たちの仕える神の名だ。
慣れた足取りで先を行くエリス。
廊下の突き当りにある大きな扉に手を掛けると、静かに開く。窓から光射す部屋には祭壇があり、思った通り、スヴェラ神の大きな銅像が確認できる。同じ神を崇める何者かが、いるのだ。




