第20話 船長
その船は、港の隅に碇泊していた。
「……これなのぉ?」
あからさまに嫌そうな顔をして見せるのはフラッフィー。彼女だけじゃない。声には出さずとも、皆の間にはどんよりとした雰囲気が漂っていた。
「……ま、今回ばかりはチビに同感だな」
ラッシェルが苦み走った顔で言う。
「ちょっとぉっ、チビってなによっ?」
もちろんフラッフィーが突っ掛かる。
「わかってるなら聞くなよ、チビ」
「レディに向かってチビとは失礼ねっ」
「おいおい、誰がレディだよ」
「もぉぉぉっ!」
「おいラッシェル、やめろよ」
ロェイが嘆息混じりに間に入る。フラッフィーはラッシェルの脛をひと蹴りすると、そのままロェイの後ろに隠れた。
「てめっ!」
蹴られた足を抑えフラッフィーに掴みかかろうと手を伸ばしたラッシェルを制したのはサントワ。無言でラッシェルの腕を掴み、そのまま捻り込む。
「痛てててててっ」
ラッシェルとて、武人だ。痛ければ力ずくでサントワの手を跳ね除ければいい。のだが……
「放せっ、わかったからっ」
情けなく悲鳴をあげるだけ。
「いちいち騒ぐな。バカが」
冷たく言い放ち、手を離す。ラッシェルが掴まれていた腕をさすった。
「あんた、只者じゃないな? どこの部隊にいたんだよ?」
冗談半分で尋ねるラッシェルに、
「ロドークだよ」
と、サントワが返す。
「はぁっ? 百年前の殺人部隊じゃねぇか」
からかわれたのだと気付き、むくれる。
「あんたの口から冗談を聞くのは、なんとなくおかしな感じだな」
ロェイが小さく笑った。サントワはなにも答えず、視線を動かした。
向こうからやってくるのは、襤褸を纏い、酒瓶を片手に片足を引きずる初老の男。目だけがギラギラと輝き、異様な雰囲気だ。一見して裏の人間であるとわかる。そして彼の向こうにある船もまた、彼と同じようなボロボロの小さな船だった。
「あんたたちか? 酔狂な乗客ってぇのは」
予想通りのしゃがれ声で、男。
「これが紹介状だ」
サントワが封筒を男に手渡す。中を検め、男は小さく笑った。
「ま、こいつの頼みじゃ断れねぇやな」
「へぇ、あんたもナハスを知ってるのか? あの姐さん、すげぇな!」
ラッシェルの質問に男はムッとしたようだ。口をへの字に曲げ、サントワに言う。
「この若いのは口の聞き方を知らんな。ちゃんとさせろ」
「悪かった」
サントワは素直に謝ると、ラッシェルの溝内に一発見舞う。静かに崩れ落ちるラッシェルの体を抱き止めると、そのままロェイに押し付けた。
「これでいいか?」
サントワの行動に驚いた様子もなく、男は満足そうに笑った。
「俺の名はゼン。この船の船長だ。昔《《ルカに》》世話になってな、こいつの頼みは断れん。今は宿屋の主人をしてるんだってな? ククク、あの男がねぇ」
ゼンはそう言って背を向けた。
ラッシェルとてそれなりの戦火を潜ってきている。それを知るロェイは、一発でラッシェルを再起不能にしてしまったサントワに驚いていた。それにこの船の船長……彼も只者ではなさそうだ。しかし、そんなゼンをあの宿屋の主人が助けた、というのだから、一体どうなっているのか……世界は広いのだな、と結論付ける。
「少々狭いが中は快適だ。乗んな」
「世話になる」
サントワが礼を言い、皆を促した。フラッフィーはまだ不服そうだったが、ラッシェルのようにはなりたくないので黙っていた。ロェイは目を覚ましそうもないラッシェルを仕方なく担ぎ上げ、船に乗り込む。
小さな船、とはいえ中は見た目よりも随分と広い。ある程度の航海をするのに不便はないくらいのスペースはあった。
「……この船は、あんた独りで?」
サントワが尋ねる。
「昔は沢山いたさ。だがもう、皆歳をとっちまったよ。残ったのはこの老いぼれだけさ。だからルカも俺を選んだんだろ。他にも船乗りなら沢山知ってるだろうに」
「……なるほど。あの主人も只者じゃないってことか」
「なんだ、あんた知らなかったのかい? あれは『月の砂』のリーダーだった男だ」
しゃがれた声で告げる船頭に、嘘はなさそうだった。しかし、月の砂とは。その名は裏の世界を知る者にとっては有名すぎるほどだ。記憶を辿ると、サントワはあの朝のことを思い出し、苦笑する。
「……なるほどな」
フッ、と笑う。昨日の朝、宿屋で騒ぎを起こした男は本当に命拾いしたというわけだ。
「少々うるさいのが数名いるが、よろしく頼むよ、船長」
「ま、あんたも好きであいつらと一緒にいるわけじゃなさそうだし、誰にも事情はあるってもんさ」
さらっと言ってのけると、船内への扉を指し、続ける。
「あの中を使え。食材は揃えてあるから、飯はあんた達が作れよ」
「わかった」
「出発はもう少し暗くなってからだ。国に許可を得ているわけじゃないんでね」
カッカッカ、と笑う。
「ああ」
「俺はしばらく休む。適当な時間になったら出発するから、あんたはあの厄介なガキどもに海の掟を教えておけ」
「……そうしよう」
サントワは面倒臭そうに返すと、振り返る。視線をくべると、好き勝手に船を散策している姿がいくつも目に飛び込んでくる。まるで引率の教師にでもなった気分だった。
「何で俺がこんなことを……」
この上なく深く息を吐き出すと、肩をすくめ全員を集めた。




