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第18話 人攫い

「姉さま……」

 そこに横たわっているのは、確かに自分の姉であった存在。優しくて、美しかったアディルの屍。今はもう、その瞳が開かれることはない。


「姉さまっ」

 唇を噛み締める。

 ここに横たわる死体は姉のものでありながら、自分のものだ、とオルガは思っていた。あと数年の内に、自分も同じ目に合うのだと……そう確信していた。


 チジリ族最後の生き残り。

 自分にはそんなレッテルが貼られてしまった。姉の亡き今、子孫を残せるのは……花を咲かせることが出来るのは自分だけだ。そして自分は、この力を次の世代へと継承する義務を背負っている。姉と、同じように。


 アディルには子供がいない。

 あてがわれた男と子供を作る、というのがアディルの使命だった。愛もなく、情もない、ただ言われたままに男と寝るのだ。それがチジリ族である彼女に課せられた運命。しかし彼女には子供が出来なかった。毎夜、取り替えられる男たち。誰の子供であろうと構わない、という一族の容赦ない声が飛び交う中、ついに姉は実の父親と寝ることになったのだ。


 そんなもの、拒めばいいじゃない!


 何度姉に叫んでも、虚ろな瞳で首を振るだけ。父親も父親だ。いくら一族の命とはいえ、娘に手を出すなど、道理に反している。

 しかし、そんなことも言っていられない状態になっていた。

 アディルとオルガの他にも、一族には数名の女性はいたのだ。しかし、皆、子を成しても生まれてくるのは男ばかりだった。そして何人か生み終えたところで若くして死んでしまう。だからいつまでたってもチジリ族の女性は数を増やすことがなかった。


 このままでは(つい)えてしまう。


 一族に蔓延した焦りが、すべてアディルに向けられていた。

 そして今は、オルガに。


「成人まであと二年……」

 ポツリ、呟く。

 あと二年経てば、自分も姉と同じ運命を辿る。一族の男たちを相手に、娼婦のような生活を課せられるのだ。背筋が凍るほどの恐怖がオルガを襲う。そんなことならいっそ、自分も命を絶ってしまおうか。

 今、ここで……。


「……おい」

 後ろから突然声を掛けられ、飛び上がりそうになる。パッと振り返ると、そこには知らない男が立っていた。長身で冷たい目をした男。どこかで見たことがある目だ、とオルガは思った。絶対知らない筈なのに、どこで?

「あなた、誰?」

 ここはアディルとオルガの家。村の一番奥にある、決まった人間しか足を踏み入れることの出来ない場所。今日はオルガが喪に服すため、という理由で、誰も来ないように言ってあるのに。


「お前がチジリ族最後の一人なのか?」

 男は信じられない、といった風に目を丸くした。それから、横たわっているアディルに気付いたのか、慌てて祈りを捧げた。

「彼女は?」

 男が尋ねる。

「姉です」

「……そうか」

 この状況がわかっているのかいないのか、男は自分のペースで話を進めている。オルガはどうしていいのかわからず、ただ黙って男の様子を伺っていた。


「……悪いが、俺はあんたをここから連れ出すために来たんだ」

「え?」

「いわば、人攫いだな」

「……人攫い?」

 人攫いは人を攫う時、自分を人攫いだと言うのだろうか?

「チジリ族だけが、()()()を咲かせることができる。……違うか?」

 ああ、と思う。この男は伝説の花のことを知っていて、だから自分を攫いに来た、と。


「……ちょっと待って」

 今頃になって、気付く。

「あなた、どうやってここまで?」

 村には男たちがいる。チジリ族の特別な力を守るため、伝説を聞き付けやってくる怪しい輩を追い払うため、屈強な男たちが勢揃いしている。……それだけじゃない。チジリ族は住む場所を転々としている。十年に一度くらいの周期で、村ごと移動するのが一族の決まりだ。そうすることで、花に魅入られた者たちから身を守っていた。それなのにこの男は、この地をどう調べた? どうやってここまで……?


「村の男たちのことか? 悪いな。殺してはいないが……」

 オルガが息を飲んだ。

「あなた独りで?」

 男は黙って頷いた。そして、続ける。

「手荒な真似はしたくない。あんたが花を咲かせてくれさえすれば、すぐに自由にしてやる。俺と一緒に来てくれ」

 スッ、と差し出される右手。オルガは、しばし呆然とその手を眺めていた。


『自由にしてやる』


 男はそう言う。

 けれど、オルガに自由など、ない。はじめから終わりまで、チジリ族に生まれてしまった自分に自由など、ない。

「……私、死のうと思ってたのに」

 ポツリ、と呟いた。男は一瞬眉をひそめ、けれどなにも言わなかった。その代わり伸ばした腕をオルガの腰に絡め、そのままひょい、と担ぎ上げてしまう。

「やっ、ちょっとっ、降ろしてよっ」

 バタバタ暴れてみるも、男の力は強く、逃げ出す隙などない。

「おとなしくしていろ!」

 一喝する男の声には、少し怒っているような含みがある。オルガは仕方なく、黙って男に連れ去られることにしたのだ。


 男は自らを「サントワ」と名乗った。それ以外は年齢も、生まれた土地も、詳しい経緯も何も言わなかった。そしてオルガがサントワの秘密を知ったのは、それから半年の後のことである……。



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