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第10話 アルブールの朝食

 夜が明ける。

 それぞれの、朝が来る。


 ナハスとルカは朝食の準備に大忙しだった。食堂には早くも数人の客の姿がある。厨房からのいい香りに誘われてやってきた、といったところか。


「ナハス、あがったぞ」

 厨房からの合図に、ナハスが各テーブルを回り手際よく皿を並べる。慣れた手付きでトントンと皿を運んでいると、オルガがつい、とナハスの前に立ち塞がった。

「っとっと、どうしたの?」

 危くぶつかりそうになりながらも、うまいことバランスを取る。じっとナハスを見ていたオルガが、頬を染めながら言った。

「あの、お手伝い……します」

「へっ?」

「……昨日……沢山もらったし……服」

「ああ、そんなの気にしなくていいのに」

 ニッコリ、笑う。と、ナハスの笑顔に安心したのか、今度は少し強く、オルガ。

「ううんっ、私すごく嬉しかったからっ。だから手伝わせて!」

 こうしていると、本当に幼いただの少女なのだ。ナハスは複雑な心境だった。彼女はあの花に……

「……駄目?」

 ハッ、とする。慌てて頭を切り返す。


「ううんっ、助かるわ。厨房でうちの旦那に飲みものをもらってきて、テーブル毎に配ってもらえる?」

「はいっ!」

 元気よく頷くと、厨房へとその細い体を滑りこませる。チラ、と視線をくべると、そんなオルガを悲しそうに見つめている男……サントワの姿が映った。彼もまた、複雑な思いでオルガを見ているのだろう。自分の感情全てを、押し殺して……。


「おはよう、フラッフィー。よく眠れた?」

 皿を並べながら、声を掛ける。フラッフィーは満足そうに頷き、

「ナハスのおかげよ。ありがと」

「それ……どういう意味だ?」

 ロェイが二人を交互に指差し、目を丸くする。ナハスはクスッ、と笑うと、言った。

「実はちょっと小細工したのよ」

「は?」

「空き部屋はあったの。ごめんなさいね、ロェイ」

「ナハスが謝ることじゃないわっ。あたしが無理なお願いしたんだもんっ」

 フラッフィーが割り込む。


「まぁ、あの時間に『家に帰りなさい』とはロェイだって言わないでしょ?」

 促され、仕方なく頷く。

「そりゃ、まぁ……」

 フラッフィーと過ごす最後の夜だ、とするならば悪いことではなかっただろう、と思い直す。

「さ、冷めないうちに、どうぞ」

 お皿を並べると、また別の席へ。ふと見ると、何故か随分離れたテーブルにポツン、と座っているラッシェルを見つける。ロェイの側をウロウロするのはやめたのだろうか?


「おはよう、ラッシェル。独りで食事?」

 皿を差し出すと、ラッシェルは深い溜息と共に皿を受け取った。その様子があまりにも深刻で、ナハスは首を傾げた。

「どうしたのよ?」

 昨日の元気はどこへやら、である。

「ナハス、俺、どうしたんだろう」

「は?」

「昨日の夜から、彼女のことで頭がいっぱいなんだよ~」

 情けない声で、言う。

「彼女?」

「とぼけるなよっ。昨日の……名も知らぬ美しき姫だよぉ~」

 ほわ~ん、という顔で宙を見つめるラッシェル。完全に自分の世界に入っている。

「ああ、彼女ね」

 そう言い残し、きびすを返すナハスの腕をラッシェルが掴む。

「……なに?」

 ウンザリ、という顔で、ナハス。

「名前……教えてくれよ」

「イヤ」

「じゃあ紹介してくれよぉっ」

「バカじゃないの、まったくっ」

 パシ、と手を振り解くと、とっとと次へ。……と、


「おい、なにやってんだっ!」

 入口付近のテーブルで立ち上がり、大声を張り上げているのは客の一人。そしてその横で立ちすくんでいるのは……

「オルガ!」

「オルガ、どうしたのっ?」

 ナハスとサントワがほぼ同時に駆け寄った。

「あの、私……ごめんなさいっ」


「おいおい、ごめんじゃねぇだろっ? どうしてくれるんだっ」

 見ると、男のズボンが濡れていた。飲みものをこぼしてしまったらしい。テーブルの上で倒れたコップと、ポタリ、と床に落ちる雫。

「今、布巾をお持ちしますから」

 事態を知ったナハスは慌てることもなくそう言うと、オルガをサントワのところに促した。のだが、


「ちょっと待てよ」

 テーブルの男は事の外しつこく、ビクついているオルガの肩に手を置いた。サントワがむっとしてその手を払いのける。一触即発の事態! 食堂の空気が、ピンと張りつめた。咄嗟にロェイが立ち上がったが、 それより早く、手を出した人物がいた。


 ヒュッ


 なにかが宙を横切る。


 カツーン……


「……ヒィッ」

 厨房から投げた()()は、ものの見事に男の頬をかすめ、後ろの壁に突き刺さっている。

「それ以上騒ぎ立てるつもりなら、次は外さねぇぞ」

 楽しそうに笑いながら姿を見せたのは、ルカ。手にはもう一本出刃を持っていた。

「水をこぼされたくらいで子供相手に凄んでるようなどうしようもないやつは、うちの客じゃねぇんだよ」

 楽しそうにそう口にするルカの目は、獲物を見つけた獣のそれである。


「わっ、わかったっ。俺が悪かったっ」

 男はその殺気を体中に感じ、背筋が寒くなった。床に尻餅をついたまま、ルカに頭を下げる。食堂中が緊迫した空気に包まれている。慌ててナハスが間を繋ぐ。

「あらやだっ。ルカったらお客様に向かってなんて事をっ。皆さん、お騒がせしましたぁ。どうぞ食事をお続けくださいねぇ」

 ニッコリ笑ってそう言うと、壁に突き刺さった出刃を抜き、それを持ったまま、座り込んでいる男に何か耳打をした。と、男は顔面蒼白になり、すっと立ち上がるとそのまま宿を飛び出していったのだった。


 なんとなくその場の空気が和らぐ。と、サントワがナハスに頭を下げた。

「すまなかった。こいつのせいで……」

 隣で唇を噛み締めているオルガ。軽はずみな自分の行動を悔いているようだ。

「やだ、気にしないで。オルガが悪いんじゃないわ。あの男、わざと飲みものをこぼしたんだから」

「わざと?」

「そう。店にケチつけて金を巻き上げようっていう低俗な輩よ。最近多いの」

「……そうなのか?」

「そうなの。だから、ね、オルガ気にしないでいいわ。お手伝い、とても助かったわ。ありがとう」

 ポン、と肩に手を乗せ、笑う。安心したのか、オルガも少しだけ笑顔を見せてくれた。


「さ、お二人も食事、召し上がってくださいな。うちの料理長は、腕、いいのよ~。さっきも見たでしょ? 素晴らしい包丁裁き」

 と、手にした出刃を見せる。二人がぷっ、と吹き出した。

「オルガ、俺たちも食事をとろう。それから……女将、昨日の話だが」

「わかってます。食事が済んだら、お部屋に伺いますね」

「よろしく頼む」

 軽く頭を下げると、オルガを促し席につくサントワ。


 ナハスは「ふぅ」と息を吐き出し厨房へ戻った。


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