異世界短編 最終話(第5話): 「その先にある光へ」
神殿の朝は、いつもと同じ祈りの鐘で始まった。
けれど今日、紗羽の心は、昨日までとは少しだけ違っていた。
正式な癒し手として認められた日から、毎日が慌ただしく過ぎていった。
回復を願う人の祈りに応え、力を使い、休む間もなく癒しを続ける日々。
「……なんだか、前よりずっと“必要とされている”って感じがするのに、
心の奥が、少しだけ寂しいのは……どうしてだろう」
ふと立ち止まると、風の中にあの声が聞こえた。
「それは、あなたの中に“ひとつの願い”が残っているからです」
振り向くと、そこにはレオナールがいた。
変わらぬ穏やかな笑顔で、でもどこか寂しさを秘めた瞳で。
「……願い?」
「あなたは、ここに受け入れられた。
でも同時に、“ここにいる意味”を見失いかけている」
その言葉に、胸の奥がぎゅっと痛んだ。
たしかに、あの日の祈りが叶ってから――
何かが少しずつ、遠のいていた気がする。
「私、癒し手として、人の役に立ちたいって思った。
でも……本当に願っていたのは、たぶん、もっと……」
声が震える。
「もっと、誰かの“隣で”生きていたいって、そう思ってたのかもしれない」
レオナールが一歩、近づいた。
そのまっすぐな瞳が、紗羽を見つめる。
「紗羽。私は、神に仕える者です。
だけど、神が与えてくれたこの心までは、否定したくない。
私はあなたと――共に生きていきたい」
その言葉は、もう迷いのない告白だった。
この世界に来てから、ずっと探していた“答え”がそこにあった。
「私も……レオナールさんと生きたい。
癒し手としても、一人の人間としても。
神さまが許してくれるのなら――私たちはきっと、ここで愛していい」
頬に涙が伝う。けれどそれは悲しみではなく、
ずっと押し込めてきた“願い”が解放された、やさしい涙だった。
⸻
季節が巡り、花の咲く丘で、2人は並んで祈っていた。
これまで出会った人々、癒してきた命、そしてこれから歩んでいく未来に――
「レオナールさん、私、この世界に来られてよかった。
たくさん迷ったけど……今は、感謝しかないの。
神さまがいてくれたことも、あなたがいてくれたことも、全部」
「私も同じです。
祈りは、誰かを導き、誰かの心に届くものだと――
あなたが教えてくれました」
紗羽の手を取り、彼はそっと指先に口づけた。
「信じるということは、光のないときも希望を持つこと。
愛するということは、誰かの痛みに寄り添うこと――
私は、あなたとそれを続けていきたい」
そして、紗羽は静かにうなずいた。
「わたしたちは、祈りとともに歩いていく。
この世界でも、きっと、何度でも」
2人の祈りは、春の風に乗って空へと昇っていった。
その先にある光を信じて、ふたりで、歩き出す。
⸻
fin.