第二話「祈る人のそばで」
異世界短編 第二話:
「祈る人のそばで」
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神殿の朝は静かだ。
鳥の声が遠くでさえずり、陽が差し込む回廊は、まるで祝福された道のように輝いている。
紗羽は、神殿の掃除を手伝いながら日々を過ごしていた。
最初は“ただここにいる”だけで精一杯だったけれど、少しずつ「誰かのために手を動かすこと」が心地よくなっていた。
そんなある日、神殿に一人の少女が運び込まれた。
痩せこけた体、強張った表情。
言葉を発することもなく、ただずっと空を見つめていた。
「彼女も、“扉”を通ってきた人だ」
レオナールは静かに説明した。
「誰かに裏切られ、生きることをやめようとした。
でも、まだこの世界に来たということは……
心の奥に、小さな光が残っていた証なんだよ」
紗羽は、その言葉に心が揺れた。
かつての自分と同じ。
「いなくなりたい」と願って、それでもまだどこかで“助けて”と叫んでいたあのときと、そっくりだった。
「……私が、そばにいてもいいですか?」
少女の横に座り、何も話さず、ただ隣にいる。
それだけの時間が、どれだけ心をほどいていくか、紗羽は知っていた。
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数日後。
少女がぽつりとつぶやいた。
「……まだ、私、生きててもいいのかな」
その言葉に、紗羽はそっと手を握った。
「いいよ。生きてていいよ。
私もそうだった。誰にも必要とされてないって思ってたけど……
それでも、神さまはちゃんと見てくれてた。
レオナールさんが言ってくれたの。
“信じてなくても、神さまはあなたを見てる”って」
少女の頬を、一粒の涙がつたった。
それは、癒しのはじまり。
そして、紗羽にとっても――“祈る側”としての一歩だった。
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夜、紗羽は神殿の小さな礼拝室で、そっと祈った。
「神さま、私はまだ弱いけれど、
誰かの涙にそっと寄り添える人になりたいです。
あなたの言葉を、温もりを、伝えられる人に――」
背後で、その様子を見ていたレオナールが、小さく微笑む。
「祈る人のそばには、いつも神さまがいる。
そして、君のそばにも」
ろうそくの灯が静かに揺れた。
その光は、紗羽の中に確かに灯った“信じる気持ち”と重なっていた。