第一話 もう、消えてしまいたい
「もう、消えてしまいたい」
そう心の中でつぶやいた直後、視界が真っ白に染まった。
気がついたとき、紗羽は見知らぬ森の中にいた。
目の前には、見たこともない花々。
風は甘く香り、空はどこまでも澄んでいる。
――ここは、どこ?
不安と戸惑いに足がすくむ中、遠くから馬の蹄の音が近づいてきた。
「こんなところで、倒れていたよ」
馬から降りてきた青年は、光のように柔らかい金髪と、青い瞳をしていた。
その人は、レオナールと名乗った。
この国の「癒しの神殿」の使者であり、迷い込んだ人々を導く役目をしているという。
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「ここは、“忘れられた者たち”が来る場所だよ」
レオナールの声は、やさしくて温かかった。
「この世界では、“心が疲れた者”が時折、扉を通って来ることがあるんだ。
紗羽さんも、自分を責め続けて、心が限界だったのでは?」
紗羽は驚いた。
まるで彼には、心の中をそのまま読まれているようだった。
「……私、もう何も信じられなくて。
自分も、人も、神さまなんて、どこにもいないって」
「そう思ってもいい。
でも、“信じる”っていうのは、何かを証明することじゃない。
信じたことで、光が見えるようになるんだよ」
レオナールはそう言って、彼女の手をとった。
「さあ、神殿へ行こう。
傷ついた心は、時間と祈りで、ちゃんと癒えていく。
それを、君にも知ってほしい」
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神殿の中は、ただ静かで、あたたかかった。
誰も強く言葉を押しつけない。
そこにいるだけで、「今のままでもいい」と抱きしめられているような場所だった。
紗羽は少しずつ、食事をし、眠り、笑い、
そして時々、祈るようになった。
祈り方なんてわからない。
でも、静かに目を閉じると、誰かが自分を見守ってくれている気がした。
それだけで、涙があふれた。
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数日後、紗羽は空に手を伸ばしてつぶやく。
「神さま、もしあなたがいるなら……
私はもう一度、誰かのために歩いてみたい」
そのとき、背後から声がした。
「君の祈りは、ちゃんと届いてる」
振り返ると、そこにはレオナールがいた。
「君が帰りたいと思えば、元の世界へ戻すこともできる。
でも……もし、ここで新しい生き方を選ぶなら、
私は君のそばにいるよ」
彼の瞳は、光そのものだった。
紗羽は、小さくうなずいた。
生きていたい、と思った。
“ここから、もう一度始めてもいい”
その一歩は、やさしい奇跡だった。