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3


「なあ、この糸なんかすごない?」


 翌日、俺は教室で手当たり次第に友人たちに例の糸を見せて回った。


「え? どこが?」


「普通の糸やん」


「ていうかお前んとこ、まだ織物やってんのすげーよ」


「勉強せえへんでも就職先があって、羨ましいわ」


 友人たちは糸の煌めきよりも、俺の家業について話し出した。母親と同じように、やっぱりこの糸は他の誰かが見ても、普通の糸にしか見えないらしい。いったいどういうことだ。


「俺んちは、小学生の頃に廃業したから。なんか糸見んの久しぶりやな」


 友人の中には、俺の家と同じようにかつて機織業を営んでいた家もあった。だから、そういう人から見れば、俺は絶滅危惧種そのものなんだろう。

 結局、この糸の珍しさに気づいてくれる人はおらず、俺は1日の授業をいつも通り惰性で受けていたのだが、昼休みに事件が起きた。


瀬川(せがわ)、ちょっと手伝ってくれへんか」


 担任の先生から声をかけられて手招きをされた俺は、先生の後について廊下に出た。何を頼まれるのだろうと思っていたら、階段を上ったところにある掲示板に万引き防止ポスターを貼るのを手伝ってほしいということだった。


「ごめんな。ちょっと高いところやから、脚立を支えておいてほしいんや」


「分かりました」


 先生に言われたとおり、階段のすぐ横に低めの脚立を立てて、俺はそれを抑えた。先生が脚立に上る。手には画鋲とポスターが握られていた。


「最近、勉強の調子はどうや」


 先生は作業をしながら、当たり障りのないことを俺に聞いた。


「ぼちぼちです。上がっても下がってもない感じで」


「そうか。でもお前の成績なら、難関国立大学も夢やないからな」


「はあ」


 先生は何のために俺に成績のことなんか聞いたんだろう。聞かなくても、全て把握しているはずだ。

 しばらくキャンパスライフの話なんかして先生が俺を励ます。俺は別に、何も深刻に悩んでいることはないのだけれど、先生という生き物はとにかく生徒を鼓舞するのに必死だ。


「そういえば……」


 俺はふと、あの糸を先生にも見せてみようと思い立った。

 脚立から一時的に手を離し、「この糸、」と先生に糸を見せようとした時だった。


「うわっ!」


 先生が俺の方を覗き込もうとして足を滑らせたのか、脚立から落下した。幸い先生は階段ではないほうへと転んだのだが、不幸なことに、バランスを崩して倒れた脚立が俺の身体を階段の方へと投げ出した。


「え」


 何が起こったのか、把握することもできないまま、ごろごろ、と俺の身体が階段を落下する。首筋や背中を打ちながら下へと転がり落ちる俺は、景色がぐるんぐるんと回転して、反射的に「死ぬ」と思ってしまった。


「おわ!!」


 先生の悲鳴が聞こえたところで、俺の意識はぷつりと途絶えた。


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