第一章 Ⅱ
第一章〈起点の日 Ⅱ 家族との時間〉
明日は俺の妹、ノアが中央都市の高等学校に旅立つ日だ。
うちの学園を飛び級で主席卒業したことから、教師陣から推薦状をもらっている。
なんせ妹が中央都市に行けば、『推薦で卒業生を中央都市の高等学校に入学させた』という実績がつくのだ。そもそも中央都市の学校に入学できることが稀なので教師陣はもうウハウハだろう。
妹ももっと勉強がしたいと言っているのでお互い好都合。
そんな妹の持つ印は勤勉之印。美徳系の上印だ。
お互い持つ印の能力を教え合ったことはないので能力は不明だが、おそらく完全記憶とか、学ぶという行為に対してなんらかのバフを得るものだろう。
「ただいま〜。」
母は台所で夕食作り、妹は自分の部屋。父はまだ帰ってきていないようだ。
「もう少しでご飯ができるわ。下で待っていたらどう?」
「はーい。」
階段を駆け上がり、自分の部屋のドアノブを回す。
机の上にある鍵のついた箱を開け、リーティの手紙をいれた。この箱は街の骨董商から手に入れた、魔術式付きの鍵箱だ。リーティの手街は何があっても無くすわけにはいかない。
隣の妹の部屋に耳を傾けてみたが音はしなかった。
早く帰って寝ていたのだろうか。それとも勉強をしているのだろうか。
そのまま階段を降りてテーブルにつく。
「今日は学校帰りにザットの家によって模擬戦をしてきたよ。
なんとか勝てたけど、もうこの年になると模擬戦もほぼ実戦だった。」
「あら、ザットの家に行ってきたの。
久しぶりじゃない?いつも街の外に行ったりすぐに帰ってきてたから。
ザットの親御さんには挨拶した?」
「うん、ザットのお父さんがいたから話をしてきたよ。」
主席、次席で卒業という話はおそらく妹がするだろう。
母はあまり印についての話をしたがらないから、ザットの家に行ったことだけ話をした。
明日は冒険者ギルドに行って加盟の申請をしてこようと思っているが、いまだに両親に冒険者のことは話せていない。
おそらく反対されるだろう。でもこの機会にこの家を出ていかなければ、印の文字通りの怠惰な生活をすることになってしまうだろう。
それはなんとしても避けたいところだ。
食卓に座って母と話しながら待っていると、玄関から音がした。父が帰ってきたのだろう。
父はこの街の衛兵をしている。
通常印でも強能力と言われる『撃鎗之印』を持っており、数年前に街に飛来したAランクの飛竜を一撃で落としたことでも知られるちょっとした有名人だ。
衛兵という職業上、あまり休みを取ることも出来ないし、朝は早く夜は遅くの生活だ。
それでも夕食は家族で食べるという信念のもと何があってもこの時間までには帰ってくる。
「ただいま。おう、アイク、今日は夕食前からここにいるんだな。」
「おかえりなさい。俺も今帰ってきたところ。ザットの家に行ってたんだ。」
父が部屋に入ってくる一連の流れはいつもと同じように見えたが、普段と比べて歩き方がおかしいことに気づいた。
「足、どうしたの?」
「いや、なんでもない。気にするな。」
父はどこか怪我をしているのだろうか。それを隠したがっているように話をすぐに逸らした。
「料理ができましたよ。運んでください?」
ちょうど料理もできたことで、父の足の不具合はすぐに忘れてしまった。
「さぁ!今日は四人が揃う最後の夕飯だ。盛大にノアを送ろう!」
父が帰ってきた物音を聞いて、妹も下に降りてきた。
四人が食卓に揃い、夕食をみんなで机に運ぶ。
大かぶと赤華菜のサラダとロースト肉、揚げ餡掛け海老などなど…スープの食材もよく見ると高級な飛泳魚が使われていたりと普段とは段違いの豪勢な食事だ。
「ノアの旅立ちを祝って!乾杯!」
『乾杯〜!』
父の音頭に合わせてグラスを鳴らすと食事が始まるが、妹にとってはおしゃべりの時間のようだ。
「今日ね、卒業成績の発表があって、私が主席でお兄ちゃんが次席だったんだよ!」
いつになく気分が高いらしい妹が喋り出した。
「おお、それは本当か!?アイクも次席とは…すごいな!二人は私たちの誇りだ。」
両親は妹が首席で卒業することは予想していたようだが、俺が次席で卒業したのには驚きを隠せなかったようだ。
「ノア、明日から中央都市に行くけれど学校を卒業してからの将来については何か決まってるの?」
母の呼びかけに対して妹は嬉々として話す。
「私ね、これから学校の先生になりたいと思ってるの!
この前学園に中央都市第一学校の先生が来てくれたのは話したでしょ?
今日その先生から手紙が来て、『教育の最前線に立つことに興味はないですか?』だって!」
「ノア、将来の道が決まってよかったわね。あなたなら最高の先生になれるわ。」
「でしょ?いつも学園でも友達に勉強を教えてたし、それが楽しかったから。それを職業にできるって素敵じゃない?でね、第一学校の先生がね、研究室に席を用意してくれるって!一年の時から研究室に入れるのは異例のことだって言ってた。」
そう喋る妹の横顔は今までで一番輝いていた。
リーティもそうだが、この笑顔も守らなければ。
いつになく長い夕食の時間になった。
そこからは妹の学園での話や今までの思い出を語り合った。
四人は時間を忘れて話に花を咲かせた。
話が一段落すると、今日で四人が揃うのが最後だということを思い出したのだろう、妹は泣き出してしまった。
「明日から…こうやって4人でご飯を食べることができなくなるのね…。」
あまり俺の出る幕ではなかったかもしれないが、一言言ってやることにした。
「いいか、ノアが中央都市で先生になって楽しく授業をしていれば、お兄ちゃんやお父さんお母さんも嬉しいんだ。一緒にご飯を食べれなくなっても、ノアはこれからの家族の楽しみを作るんだぞ。」
「うん…!」
これからは妹と両親の時間だ。俺は部屋に撤収することにしよう。
とはいえ俺にとっても妹は幼い頃からずっと一緒にいた大切な存在だ。
いつも『お兄ーー!』という声とともに手を繋ぐために駆け寄ってきていた。
そんな妹が気付けば手を離して自立しているのだ。嬉しいわけがない。悲しいわけがない。
「ノア、楽しめよ。お兄ちゃんはずっと応援しているから。」
小さな頃のように立ち上がりがけに頭を撫でる。
「ありがとう。がんばる。」
妹は泣きながら、それでも最高の笑顔で返事をした。
俺から離れていく大切な存在というのはなぜこれほど涙の笑顔をするのだろうか。
そしてなぜ俺の頬に滴が流れているのだろうか。
ああ、きっと……
階段を上がろうとすると、父がこちらを向いて、
「アイク、夜中刻になったら私の部屋に来なさい。」
とだけ一言声をかけた。
「わかった。」
妹の視線から逃げるように俺は階段を駆け上がった。
妹が明日出発する事実を忘れようと、ベッドに寝転びながらなぜ父に呼ばれたのかを考えた。
印の力を使いもしたが、昼間のように明確な答えや予想すら出てこなかった。
仕方ない、風呂でも入るか。思い立った俺は三人のいる方とは反対側の階段で一階まで降りた。その先には風呂場やトイレがある。
服を脱ぎ、風呂に足をつけると…
「うげ、つめてぇーっ!」
仕方がない、壁のレバーを操作し、お湯を供給する魔術式を起動する。
そう、このうちには魔術式の浴槽があるのだ。一般家庭ではシャワーしかない所も多い。あまりお金のない家なのに、こういうところだけは充実しているのだ。
お湯に入れ替わるのを待つ間に身体と頭を洗う。
温かいお湯に浸かると、なんとここでも印の能力の蓄積が始まる。おそらく休養として認識されているのだろう。シャワーだけの時は反応しないので、湯船に入って身体を止めることと、精神的な休息がその認識の内訳だろう。
いつもこの湯船の魔術式を見ると『なんでも魔法で解決できる世界が有ればいいなぁ』と想像することがある。
魔法と言うが、まだ加熱する、固定する、と言った程度のことしかできない。発動にも式を組んだりせねばならず時間がかかるし、まず第一に魔術系統の印を持つ人でないと扱えないのだ。ちょっとすごいことができるが、不便。魔法はその一言に尽きるだろう。
さて、そろそろ…出るか。
いや、待てよ。そういえば父に呼ばれていた。
小さい時に夕方父に呼ばれて何事かとついて行ったら走り込みをさせられたと言う苦い思い出が脳裏をよぎる。
俺は外出着を着ることにした。
父親が走り込みをさせたのはあの時の一度だけだが、今日も怪しい。
攻撃してみろ、などと言われれば厄介だ。
部屋に戻ってベッドに倒れ込む。
やはり風呂に入った後のこの時間が一番素晴らしい。
俺はゆっくり目を閉じて印の力を蓄積し始める。
明日からは学園の生活と違う生活が待っている。今までの印の蓄積した力では及ばない出来事もあるかもしれない。
少しでも力を貯めておかなければ。
無意識に能力で底上げした感覚が夜中刻を告げる。
目を開いて壁の魔力時計を見ると夜中刻少し前を指していた。
階段を降りるが廊下はもちろんキッチンまで暗い。
印で視力強化を行なって視界を確保する。
母と妹は寝てしまったようだ。
俺や妹、母の部屋が2階にあるのに対して、父の部屋は地下にある。
玄関横の長い階段を降りていくと、金属でできた重厚な扉が目の前に立ち塞がった。
扉の取手を引くと、扉の内部で歯車と杭が音を立てているのがわかった。さらには魔術式の解除音も聞こえる。
初めて父の部屋に入るが、ここまで厳重だとは思っていなかった。父は魔術師の適性印を持っていないのに、防御用の魔術式まで備えている。
「そこに座りなさい。」
大きいとも、小さいとも取れない微妙な大きさの空間。机と椅子は右側、ベッドと箪笥は左側。ベッドの前にもひとつ椅子が置いてあった。
そして、扉が厳重なその理由がわかった。
椅子に座る父の後ろの壁には鎗が五つかけられていた。俺の目から見ても普通の武器ではない。
特に一番上の物は他と別格の銀と紫の鈍い輝きを放っていた。それを俺は本のイラストで見たことがあった。
二十年前に全世界を巻き込んだ大戦争『五年大戦』の遺物『世界ヨリ鍛エラレシ物』の一つ。
連合軍すなわち人間側の英雄の一人が持つ愛鎗。
魔王軍の最高幹部を騎竜ごと撃ち落としたと言われている。
「『紫玉之破鎗』…!
父さん、何故ここに…。まさかお父さんが!」
「見ての通りだ。私は経歴を偽ってきた。」
父は手を鎗の方に向ける。
すると、壁にかかるその鎗が浮き上がり、ゆっくりと父の手の中に収まった。
突然の父の言葉に思考が止まる。
バレないように印の力を使って、なんとか思考力を取り戻した。
「お前は何も言わないが、明日から冒険者としてこの街を出ていくのだろう?
ノアには話さないが、お前にだけはこの話をしておこうと思う。」
冒険者になりたいと言うことを、父には見抜かれていたようだ。
父は、いつもの街の衛兵の父ではなかった。
その眼は、まさしく五年大戦の英雄の眼をしていた。
そして、今から語られる話は自分の知り得ぬ世界であると身構えさせた。
「五年大戦の話は知っているな?史実として言われていることは概ね間違っていない。
私の戦いも含めて、だ。
確かに私はこの鎗を手にし、連合軍側の将軍の一人として前線で戦った。
何千という魔人を鎗で貫き、戦いの終盤には『魔王の右腕』と言われる上位魔人を撃ち落とした。
だが、ひとつだけ全世界に隠された大きな事実がある。
私が撃ち落とした『魔王の右腕』の娘と息子を魔領において私が救い出したことだ。」
ここで父は一呼吸置いた。
俺は必死に理解を追いつかせようと、印の力を最大まで引き上げた。
思考を数千倍にまで引き伸ばす。
「当代の魔王が老衰で死んだ時点で、同時期に子供が産まれていることを知った。そして私の予想通りその子は、魔王之印を所持していた。
その印を持つ者が魔領にいる限り、人間側はそれを完全に支配下に置くことはできない。
魔領に入った時、下級兵やついてきた一般人たちの残虐な行為を見た。
このままでは人間側が魔領を蹂躙し、魔人たちを奴隷以下の存在として支配してしまうことは明白だった。だから私は魔王之印を持つその子供を逃したのだ。
私はこのことを今までに一度も後悔したことはない。するつもりもない。
そして、この話を知る人間はもうすでにこの世にいない。」
じっと黙って父の話を聞いていたが、その内容が読めてきた。
父は世界のバランスを保つためにわざと敵の最大戦力となる子供を逃したのだ。
このことが表に出れば全ての人間から大きな反感を買うとわかっていたにも関わらず。
『魔王之印』は上印よりもはるかに強い力を持つ高印。
高印を持つ者がいる国が世界で覇権を握る。
当時すでに『聖者之印』と『勇者之印』を人間側が所有していたことから、高印所持者を失った魔人族は種族の滅亡をも目前にしていたのだ。
そして、父は若くはないが、老人の域にもいない。当時のこの話を知る人がいないということは…。
「私を糾弾したり、その子供を探そうとした奴らは私が殺した。高印、上印を持つ者もいたが、彼らを守るために殺すしかなかった。
いくら理由をつけようとも立派な殺人だ。言うなれば私は犯罪者でしかない。
お前は私を父だと思えないかもしれないが…俺はそれでもいい。
いいか、これが五年大戦における私の真実だ。」
父はまた一呼吸置くと、続けて喋り出した。
「これからお前にこの世界の『印』について話す。高印や上印を持つ者を殺す方法だ。」
俺は想定の何倍もの驚愕的な言葉に眼を見開いた。
確かに父の撃鎗之印は通常印だ。今の話が真実ならば、父は上印や高印を持つ者を殺す方法を知らなければ筋が通らない。
しかし、そんな方法があるのだろうか。いくら本を漁ってもそのような記述は一切出てこない。印の力を使って禁忌図書に指定されている文献も網羅したにも関わらず、だ。
「私がこの方法を知り得たのは、ある協力者を得たからだ。だがこの人についてはお前に教えるつもりはない。
まず、上印を持つ者を殺す方法だ。これは四つある。」
初めに父から語られたのは、上印の性質とそれを突いた方法。
上印は前提として
・上印は所持者の意思を持って発動条件となる。
・大罪と美徳を司る印である。
・能力をより深く理解した者が強く使いこなすことができる。
という性質を持つこと。そして殺害方法は
1.高印を用いて殺す
2.対となる上印によって能力を消失させ、その間に致死の攻撃をする
3.自分自身が上印の所有者を上回る感情を持ち、それを武器に乗せてぶつける
4.意識外から一撃で殺す
「私は主に四つ目を利用した。一度だけ三つ目で倒したこともあったが…。
アイクの持つ印も上印だったな。いいか、上印も案外脆いものだ。慢心してはいけない。
次に、高印の性質とそれを持つ者を殺す方法だ。これは二つだけだ。」
高印の前提として
・世界には必ず高印を持つ者が六人同時に存在する。
・常に発動している能力と、意思によって発動する能力がある。
・高印同士がぶつかった場合、より本質を理解した者に有利に働く。
ということ、そして殺害方法はただ二つ。
1.力印を用いて殺す
2.高印をも殺し得る称号を得る
「一つ目はまず無理だ。ただ力印を持っているだけではダメだからだ。
力印は他の力印使用者からの直接の教授によってその力を理解でき、長年の修行によって使いこなせるようになると言われている。
だから、私が使ったのは二つ目だ。
『勇者之印』を持つ者はすでに死んでいたので、私は生き残り事実を知っていた『聖者之印』を持つ前最高司祭を殺した。
必要な称号は『魔王への救援』。幸運にも私は彼の子供を助けた時点でこの称号を得ていた。
・・・・・・
いいか、私はここまでしか話せない。だが可能性としてこの話がお前の役に立つ時が来るかもしれん。」
いやいやいや、そんな時が来るはずがない。
そしてこれだけの事実が完全に秘匿されている!?
俺は一度記憶として保存して後から考えることにした。
すると急に父が話を戻した。
「アイク、冒険者は楽しいが、過酷な職業だ。人の死に直面することも多いだろう。もしかするとお前の手で誰かの命を絶たねばならない時が来るかもしれない。
それでも、お前は冒険者になるんだな?」
俺は、リーティを抱きしめた時そして妹を撫でた時の感覚を鮮明に思い出した。
「ああ。俺は冒険者になるよ。お父さん!」
そうか、と父は頷いた。一瞬、その頬に一筋の涙が光ったように見えた。
「では、お前にこれを渡しておこう。餞別だ。」
父は机の引き出しを開けると、無造作にとても小さな金属片を取り出した。
「指輪となれ。」
父の一言でその金属片は精巧な指輪へと姿を変える。
「これは『世界ヨリ鍛エラレシ物』の一つ。所有者の意思によって姿を変える金属製品だ。まだ名は見つかっていない。
これをお前にやる。名を探して、大事にしてやってくれ。」
そう言うと、父は指輪を手に乗せ身体の前に掲げると小さくつぶやいた。
「私、ヴァリバス・エトワイア・ノワイエが、この『世界ヨリ鍛エラレシ物』の所有権を息子アイク・ノワイエに譲渡する。」
見たところの変化はなかったが、その指輪を受け取った瞬間にこれが元から自分のものだったかのように思えた。
これが『世界ヨリ鍛エラレシ物』の力…。
「今日はもう遅い。明日ノアを送った後に行きなさい。お母さんには私から話しておこう。」
父はそう言いながら引き出しを閉めた。
「わかった。ありがとう。」
これで話は終わりだな。
そう思って俺が部屋から出て行こうときた時、父が俺を呼び止めた。
「そうだ、待て。一つ、この街の衛兵としての忠告だ。
私の攻撃を反射するような使い手が、この街にいる可能性がある。
返ってきた鎗を逸らす瞬間に姿が消えた。十分に注意しろ。」
今、夕食の時に感じた父の違和感の正体がわかった。
鎗を逸らす時に足に負担をかけたか、怪我をしたのだろう。
普通の鎗とはいえ、英雄の攻撃を反射するような奴だ。この忠告には大きな重みがあった。
地下からの階段をゆっくりと上がる。
降りた時と違うところはひとつ。ポケットに指輪があることだ。
ベッドに寝転んで、指輪を眺めながら今日の父の話を考えた。
俺が上印や高印を持つ奴を殺す可能性がある…?
冒険者生活において上印や高印を持つ者が目の前に立ち塞がることがあるということなのか。それとも命を狙われる可能性があるのか。確かに、話によると俺は言わば人類に対する裏切り者の息子ということになる。だがあの父が全員殺したというのだ。その線は薄いか。
真実を知る人間はいない…?
確実に父の助け出した魔人族の子供二人は生きているだろう。
今の魔王がなんの印を持っているのかはわからないが、その時の子供である可能性は高い。さらには助けた後に預けた魔人族や人間以外の種族の協力者がいるだろう。
その人物も確実にこの話を知っている。
そして父の協力者の存在…。
世界中の国に対して秘匿されている上印や高印を持つ者を殺す方法を知っている時点で規格外の人物だろう。父はこの人物に対する話をしたがらなかったが、これから会うことはあるのだろうか。
そして父が俺に託したこの指輪だ…。
まだ名前は無いということは、歴史の表舞台で使われたことがないということだ。持ち主の意のままに変形するという能力のようだが、最も思いつく使用方法は武器だろう。おそらく『紫玉之破鎗』のように一つのことに特化した『世界ヨリ鍛エラレシ物』には劣るだろうが、それでも通常の武器の威力は遥かに上回るだろう。他には、どれほど柔軟な命令を与えられるのだろうか。
「俺を守れ。」
変化なし…盾にでもなるかと思っていたが、攻撃する者がいなければ変化しないのは当然か。では…。
「短剣になれ。」
うわっっ!?咄嗟に掴んだが、危うく顔面に落ちてくるところだった。重くもなく、かと言って軽いわけではなさそうだ。さすが『世界ヨリ鍛エラレシ物』。おそらく金属の質量や性質を無視して物体を形成できるようだ。これは強い。重い武器を携帯せずとも高威力の攻撃力を持ち運ぶことができるのだから。
待てよ、可能性としてだが、『世界ヨリ鍛エラレシ物』は印との親和力が高いのではないだろうか。『父が撃鎗之印だからあの鎗を持った』のではなく、『あの鎗は撃鎗之印の父しか持てなかった』と仮定すると、持ち主を限定するという制限のもと威力や能力が強化されていてもおかしくない。ではこの指輪は…?
疑問が疑問を呼び、仮説が疑問を呼ぶ。
おそらく思考量が許容範囲を逸脱したのだろう。
俺はゆっくりと意識を手放し、睡眠の世界に誘われた。
話がややこしいが、怠惰之印の思考力強化も用いて父の話はなんとか自分の中でまとめることができた。
嫌でも理解できた。
今日一日の出来事全てが、俺の人生の起点となる事象だと。