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ラストツアー

 公爵邸に戻るとすぐに祖父の元を訪ねた。


「今計画している平民のツアーを最後に、観光事業を後継者に任せようと思います」

「突然どうしたんだ?」


 私はイケメンの忠告を祖父に話した。


「…なるほど。つまりフィーはオリオル公爵家の力が今以上になられては困る誰かに命を狙われる危険があると言いたいのだな」


 武力は言わずもがな財力まで力を付けてしまったら皇室でも抑えられなくなる可能性がある。

 皇太子はきっとそれを危惧して密偵を送ったのだろう。

 嫌いだという理由で婚約者を殺すような男だ。

 自分が抑えられなくなる危険のある家門をそのままにしておくとは思えない。

 それに私の元々の目的は死とは無縁のお嬢様スローライフを送ること。

 タイヤが完成すれば資金源に関しては心配いらなくなるだろうから、今度こそスローなライフを実現してもよさそうだ。


「ちなみにその男爵の名前はなんと言うのだ?」

「シル・エーデル・ブルート様です」


 名前を告げた瞬間祖父は目を丸くしたかと思ったら、突然大声で笑い出した。

 笑い終えると祖父は優しい眼差しで私を見つめた。


「おそらくその忠告はフィー自身の事を心配して言ったものだと思うぞ」

「ですから公爵家の力を衰退させるためにフィーネの命を…」

「そうではないのだが…まあいいだろう。フィーが表立ってする仕事でもないし、儂が後任を探しておいてやろう」


 祖父は私の心配を余所に執事を呼ぶと後任について話を始めたのだった。



 後任は遠縁の伯爵令嬢が請け負ってくれることになった。

 あまりお金のない家柄らしく、令嬢なのに仕事慣れしていた。

 公爵令嬢なのに働いていた私が言うのもなんだが…。

 本人はこの事業で良い結婚相手を見つけると気合も十分だ。

 これなら『セレブの日』も任せられそうだ。

 タイヤ事業に専念しようと考えていた矢先だった。


「フィーネさん。この手紙なのですが…」


 後任者の伯爵令嬢が高級そうな封筒を手渡してきた。

 封は開いていたので中は確認したようだ。


「これがどうしたの?」

「シル・エーデル・ブルート男爵からのお手紙なのですが…」


 その名に頬が引きつった。


「フィーネさんの観光案内に参加したいとの申し出があったので、今度の平民の観光案内を最後にフィーネさんが引退する旨を伝えたらこれが…」


 あまり読みたくないな…。

 ばっちい物を摘まむように手紙を受け取った。

 恐る恐る中を確認して頭が痛くなった。


 そこには私の最後の観光案内に参加したいと記載されていた。

 平民と同じ内容で料金は『セレブの日』と同額を出すとまで書かれていたら後任者としては喜んで参加させたいだろう。


 見なかったことにしてもいいかな?


「私としては是非参加して頂きたいのですが…」


 ですよね~。

 見なかったこと作戦は失敗に終わった。

 だが料金を貴族用で受け取るのは後が怖い。


「料金は平民用にして参加可で返事しておいて」

「しかし急な追加ですし、定員も予定より上回りますので通常料金ではちょっと…」


 仕事が出来る後任者は好きですが、私の命に関わる案件なのでここは妥協して欲しいところだ。


「じゃあ平民料金の20%上乗せで」

「もう一声!」

「30%!」

「まだいける!」


 こうなりゃ自棄だ!!


「50%でどうだ!!」

「決まりですね!!」


 後任者は私の手をガッチリと掴んだ。

 若干ぼったくり感も否めないが、手紙には()()()()と理由を記載するように念押ししておいた。


 よりによってこの日の参加とか…。

 何も起こらなければいいのだが。



 こうして私が表立って観光案内をする最後の日を迎えた。

 今日のお客様は平民の方10名…と空気の違うお客様1名。

 私の隣が完全に浮いている。

 しかも中年のおばさんとかも頬を赤らめながらガン見してるし。

 少しは恥じらえよ。

 しかも時折ファンサービスのように穏やかな笑顔を向けて客を喜ばせるのを止めてくれ。


 本日は大人数が乗れるキャラバン馬車を使用しているのだが、配置に関して早々に一揉め起きていた。

 もちろん誰がイケメンの隣に座るか問題だ。

 そこで出したイケメンの提案がスタッフだからと一番端に座る私、イケメン、ブラッド…?

 ちょっと待て。私、ブラッド、イケメンじゃないのか!?

 唖然とする私にイケメンはいい笑顔で「彼もお客だから問題ないよね」…盲点突かれた!!

 頭を抱えたのだった。


 それにしてもイケメンの目的が今一つ分からない。

 あの手紙をもらってからシル・エーデル・ブルート男爵について徹底的に調べたのだが全く情報がない。怪しさ120%だ。

 祖父や祖母にも尋ねてみたが、意味深な笑みを浮かべるだけ。

 皇太子の密偵にしては絡みが激しいし、私に疑われている時点で失格だよね。

 そう思うと違うのか?それともそれが狙い?


「難しい顔をしてどうしたの?」

「いや。イケメンの目的が…」

「いけめん?」


 しまった!考え過ぎて声に出てた!


「いけイケ…池の面が綺麗に見える方法を考えていたんです!!」


 無理あり過ぎだろ!


「ほ…ほら!池の面が綺麗だと映えると思って!」

「ばえる?」

「その…綺麗に見えれば素敵でしょ!」


 ブラッドはアセアセと説明する私を呆れ顔で見ていたが、イケメンは終始キラキラ笑みを浮かべながら頷いてくれた。

 これだけ見るとイケメンがいい人に思えてしまう。



 今回の目的地は小さいがおとぎ話に出てくるような建物が立ち並ぶ綺麗な町だ。

 イメージ的にはフランスのコルマールが一番近いかな。

 実はこの町は観光案内の目玉として作ったものなのだ。

 オリオル公爵領地のあらゆる特産物が買えて高台から見る景色も最高のこの町は観光客も多く常に賑わいをみせている。

 出店している店も公爵家が許可を出した店に限られており怪しい物売りは一切いないという徹底ぶりだ。

 その努力もあり、今や住みたい町NO.1に選ばれている。


 だがこの綺麗な街並みを維持するためには沢山の維持費と条件が必要になる。

 町の住民はゴミ拾いや掃除など美化に努めること。

 町の景観を損なうような物を置いたり作ったりしてはならない。

 届出のある者以外を住まわせてはいけない。

 など、様々な厳しい条件が付いてくる。

 そのため住人達は観光案内の従事者と条件をのんででも住みたいと希望する者達と厳選している。

 その代わり家賃は無料にしているのだ。


 維持費に関しては町人や店員以外の人物は町に入る際に入場料を支払って貰うことにしている。

 入場料は平民が払えない額ではないが頻繁に来るには大変な額…日本の有名テーマパークくらいと言えば分かりやすいだろうか。

 そこで観光案内所の出番だ。

 ツアーだと入場、宿泊、食事付きを格安で楽しめる設定にしてあるのだ。


 本日はそんな町で一泊のツアーなのだが…実は今回、新しいイベントを試みようとしているのだ。

 私が平民のツアーのスタッフとして同行したのもその試みのためだ。

 いよいよだ。

 気合を入れて馬車から降りると準備の確認をしに広場に向かった。


 広場では楽団員がリハーサルをし、屋台の準備も着々と進んでいた。

 よしよし。あとはあれを用意すれば…。


「何か楽しそうな事が始まりそうですね」


 耳元で囁かれて横に飛び退いた。

 何故ここにいる!?

 隣にいるブラッドが警戒しているところを見ると気配を消して現れたようだ。


「今は自由時間なので自由に過ごさせてもらっています」


 いい笑顔だが付き纏われる理由が分からなくて怖い…。


「驚かせちゃったかな?」


 心臓が止まるかと思いました。

 微笑みながら首を傾げるイケメンに思わず呆れ顔で返してしまったのは仕方ない。


「ところで何が始まるのですか?」


 イケメンは広場の喧騒を眺めながら不思議そうに聞いてきた。


「それは夜のお楽しみです」


 人差し指を口元に当てながらウィンクすると初めてイケメンから視線を逸らされた。

 これは…勝ったのか?

 もしかしてあまりの不細工に見ていられなくなったとか!

 このあと私はイケメン撃退法を取得するためウィンクの練習をしまくったのだった。





読んで頂きありがとうございます。

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