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得体の知れない男

 タイヤ作りが始まり半年が経った。

 ゴムに興味を持った時に少し調べた中でゴムの耐久についての逸話などを読んでいた事もあり、炭と硫黄を使う方針はすぐに決まったのだが、形にするのにとても苦労していた。

 作成当初は全てをゴムにしたらすぐに作れるのではと思い挑戦してみたのだが…乗り心地悪!

 しかも重いし、即不採用となった。

 パンクしてでも空気を入れる必要性が分かった気がする。


 自転車のタイヤをイメージして鍛冶工房で絵を描いているとブラッドが次の予定を知らせに来た。


「そろそろ時間だぞ」


 げんなりした。

 その時間というのが観光案内の仕事の時間を意味するのだが今日は特別に行きたくない。

 なぜなら月に2度ある『セレブの日』だからだ。


 観光案内を始めた当初は貴族も平民も同等のサービスを行っていたのだが、平民と一緒なんて嫌だ!とクレームを付けてきたのだ。

 そんなに文句があるなら分けてやろうじゃないの!高額で!!とブチ切れた結果できたのが『セレブの日』なのだ。

 結構な額を提示したのだが…何故かとても好評でこのツアーだけで運営が成り立ってしまい、止めるに止められなくなってしまった。

 さらに相手が貴族のみということもあり、いざという時に力でねじ伏せられる私が案内役をする羽目に。

 子供の案内に不満を言う貴族もいたが、そこは私の完璧な所作で黙らせておいた。


 最初は家族連れが多かった『セレブの日』も、最近では令息令嬢のみで参加するパターンが増えてきた。

 理由として社交界以外でも出会いの場になると気付いた親が良い異性もしくは良い友人(上流階級)を見つけて来い!と送り出しているからだ。

 コンパかよ。


 親の同伴がなくなってから羽目を外す令息達が増えて、私に対してのセクハラパワハラが酷くなったのには正直困っていた。

 しかし客に紛れて護衛していたブラッドが人気のない所で締め上げてからは私がブラッドのお気に入りという噂が流れてしまった。

 ハラスメントは随分減ったがブラッドの名誉が…。

 ブラッドに他の護衛と変わってもいいと提案したのだが、頑なに拒否された。

 仕事熱心なのはいいが、愛しのマリレーヌに誤解されたと逆恨みはするなよと願うばかりだ。

 正直ブラッドが客として紛れてくれていた方が女性客も増えるので経営者としては有難いと思っていることは黙っておこう。



 観光案内所に到着すると若い女性スタッフが興奮気味で私に声をかけてきた。


「フィーネさんが羨ましいです!」


 何が?である。

 ちなみに町ではフィーネという平民女性を装っている。

 たまにディスフィーネではないかと勘繰られることもあるが、悪女のディスフィーネがこんなところで仕事をするはずがないと納得されて終わってしまうのだ。

 まだ社交界にも出ていないから顔を知られていないのは当然かもしれないが…それにしても解せぬ。


「今日は上客がいるんですよ!」


 上客?

 セレブ達の待機室をこっそり覗くと黒髪の眼鏡をかけたイケメンが本を片手に女性客の視線を一身に浴びていた。

 その姿はとても優雅で一人だけオーラが違っていた。


「格好良いですよね!お近づきになりたい!」


 隣で興奮するスタッフはさて置きあの所作は間違いなく伯爵令息以上のレベルと推測する。

 イケメンを観察していると口元を緩めたイケメンが顔を上げた。

 ヤバい!見てたのバレた!?

 咄嗟に隠れたが一瞬目が合ったかもしれない。

 とりあえず今日の参加者リストを確認したのだが、予想を覆された。

 名簿に書かれていた名前はシル・エーデル・ブルート。なんと男爵だった。

 あの若さで爵位持ち!?所作から見ても優秀そうだから分からなくもないが…。


 でもおかしいな?

 あんなイケメンがいたらたちまち社交界では噂になるはずなのに。

 少なくとも前回では見たこともない人物だ。

 自慢じゃないが前回の(ディスフィーネ)がイケメンを見逃すはずがない。

 もしかして他国の男爵か?

 どちらにせよお客様には違いない。

 これ以上待たせるわけにもいかず観光案内が始まった。



 『セレブの日』は4人乗りが2台までの人数と決まっているため、7名の先着予約制だ。

 もちろんブラッドが入るので実質6名までだが。

 馬車に乗るときは基本男女分けるようにしているのだが、人数調整がうまくいかない時は私かブラッドが調整役に入るのだが…。

 目の前には色めき立つ令嬢2名と私の対角線に優しく令嬢達に笑いかけるイケメン1名が。


 どうしてこうなった?

 いつものように目配せでブラッドが女性陣の馬車に乗る事で意見が一致していたのだが、参加者の令嬢達が突如イケメンを誘い出したのだ。

 ブラッドが負けた!

 いつもならブラッドの同乗に女性達は大興奮になるのだが…。

 ブラッド落ち込むなよ。君も十分イケメンだ。

 もう一人のイケメンは嫌がる事なく笑顔で同意したのだった。


 途中休憩のため日本でいうところのSA(サービスエリア)に立ち寄ったのだが、馬車から降りるときもイケメンは私を含めた女性陣全員をエスコートする紳士っぷりを発揮した。

 私、スタッフなんですけど?そんな心の声は届かず、私が手を出すまでずっとキラキラスマイルで手を差し出していた。



「お疲れ」


 岩場に座り、ぐったりと項垂れている私に声をかけてきたのはもちろんブラッドだ。


「つ…疲れた…」


 何が疲れたって客同士で話していればいいのに、ちょこちょこイケメンが私に話を振ってくるのだ。

 その度に他の女性陣の視線が痛いし、キラキラ笑顔が眩しいし、精神的に疲れた。


「そのまま座ると汚れるぞ」


 ブラッドがハンカチを取り出して渡してくれようとしたのだが断った。


「尻の汚れなんか気にしてたらキリがない」

「もう少し綺麗な表現はできないのか?仮にも公爵令嬢だろ」

「お尻?おけつ?」

「もういい…」


 呆れたブラッドはハンカチを仕舞いながら溜息を吐いた。


「それで?何者なんだ?」

「書類上は男爵」

「観察した結果は?」

「伯爵以上でもおかしくない」

「なんでそんなに疲れているんだ?」

「眩し過ぎて…」

「何が眩しいの?」


 突然背後から声をかけられて振り返ると…眩し!!

 キラキラ笑顔のイケメンが立っていた。

 あなたの笑顔が眩しいんです!

 令息は私の心の声など全く気にしていない様子で胸元からハンカチを取り出した。


「良かったら使って」


 お前もか。紳士めんどくさいな。


「お気遣いありがとうございます。汚してしまうといけないので…」

「あ!あんなところにいらっしゃったわ!レイ様!」


 話を遮ったのは令嬢達だった。

 令嬢達の声掛けにイケメンは笑顔で手を振って応えていたが。


「見つかったか…」


 呟いた声音に背筋が震えた。

 この声、どこかで聞いたことがあるような…。

 イケメンは笑顔のまま私達の横を通り過ぎて令嬢達の元に戻って行った。


「…馬車に乗る配置を変えた方がいいかもしれない」


 顔を上げるとブラッドが険しい顔でイケメンを見つめていた。

 ブラッドが警戒するような人物なの!?


「あいつが何者か分からない以上、俺の傍を離れるのは危険だ。客の令息と配置を替えよう」


 まさか皇太子が寄越した密偵!?

 だとしたら目的は何?

 この前の視察が途中になったから偵察して来いとでも言われたのか?

 それとも(フィーネ)がディスフィーネかもと疑われている!?

 背後からブスリとかないよね!?

 ブラッドが頑張って馬車の配置について提案してくれたのだが、イケメンの「女性一人を男性ばかりの馬車に乗せる事は賛成しかねる」とのもっともな意見を前に撃沈したのだった。



 出発してから暗殺されるかもと終始警戒していたが何事もなく無事目的地に到着した。

 今が一番綺麗な時期ということもあり、今日は黄金に輝く広大な小麦畑が目の前に広がるレストランで最近では婚活パーティーと化している昼食を楽しんでもらう予定だ。

 この綺麗な景色をバックに沢山ロマンスして下さい。


 食事中、やはり女性陣に囲まれていたのは本日一番人気のイケメンだった。

 主催者だからかいつも誰と誰がくっつくのかとか参加者の動きを観察するのが楽しみの一つとなっていたのだが、本日のターゲットは難易度が高そうだ。

 カップル成立ゼロだな。

 しかも他の男性客も今回は負けを認めているのかとても静かだ。もっと取り合えよ。面白くない。


 食事が終わると参加者達はそれぞれ散歩に出かけて行った。

 近くに小売店などがあり、公爵領で人気のルビーの土産物なども売っているからだ。

 まあ建てたのは私だけどね。誘導までが重要なお仕事です。

 是非財布の紐を緩めて下さい。


 参加者達が席を外している間に他のスタッフ達とティータイムの準備にとりかかった。

 今日は天気もいいし、テラスに準備しようとテーブルを持ち上げたのだが突然テーブルが軽くなった。

 顔を上げて頬が引きつった。

 何故ここにいる?


「手伝うよ」

「お客様に手伝って頂くわけには参りませんので」


 テーブルを引っ張ろうとするもビクともしない。


「女性に重い物を持たせるわけにはいかないからね」

「これも仕事ですから」


 するとイケメンは少し考えてテーブルを最適な位置に置いた。


「それなら僕の相手をしてよ」


 は?である。


「客の接待も仕事でしょ?話し相手になってよ」


 イケメンは二つ椅子を用意し座ると、もう一つの座面を軽く叩いた。

 やむを得ず腰を下ろすとイケメンに見つめられて思わず視線を逸らした。


「君は凄いね。その歳でこれだけの仕事をこなすなんて。何が君を突き動かしているの?」


 どういう意味だろう。

 平民でお金がないから働いていると考えるのが普通だけど…。

 ちょっと待って!平民のしかも子供がこの規模のツアーを取り仕切るなど普通ではあり得ない。

 日本での記憶があったから大人の気持ちでいたけど、周りから見れば私は()()()子供だ。

 どう考えたっておかしいよね。

 ダラダラと嫌な汗が吹き出した。


「君を困らせるつもりはなかったんだが」


 黙り込む私にハンカチを差し出してきた。


「君のような聡明な女性を狙う輩は多い。だから気を付けて」


 イケメンは立ち上がると小売店の方に向かって去って行った。

 狙うってもしかしてフィーネの命って事?

 それともディスフィーネ?

 やっぱりあの男爵は皇太子が依頼した密偵なの?

 目的はオリオル公爵領を盛り上げている(フィーネ)が何者か確認する事?

 前回の殺される直前の光景を思い出して震えた。

 何をやっても結局命を狙われる事になる私って一体…。





読んで頂きありがとうございます。

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