表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/31

怪我の功名

 整備された道は馬車の揺れもある程度は緩和されて乗り心地はまあまあだな…じゃなくて!

 私の目の前には興味深そうに馬車から町を眺める死神…皇太子が。

 どうしてこうなった!?

 俯きながら体を震わせた。


 私の計画は完璧だった…はず。

 婚約者候補からも外れ、事業も祖父が手掛けている事になっている。

 皇都では私が領地で好き放題散財しているという悪い噂が流れているが、それも否定せず放置しているし…。実際散財はしたから。

 皇太子が興味を引くような行動はとっていないのになんでこの男は悪女の私に関わろうとしてくるの?

 もしかして運命は変えられないとかそういうオチですか!?

 だとしたらやっぱり今回も18歳で…。


 「ふっ…」目の前で笑い声が漏れ聞こえた。

 何がおかしい。

 若干訝し気に皇太子を見ると口元を覆いながら皇太子が笑いを堪えていた。


「失礼。コロコロと表情が変わるなと思って…」


 はあ!?誰のせいでこうなっていると思ってんのよ!

 殴りたい衝動を堪えながら笑みを浮かべるも苦々しい笑い顔になってしまった。

 おばあ様のようになるにはまだまだ道は険しい。


「とても素敵な町ですね」

「ええ…」


 優しい顔で窓に視線を向けた皇太子に少しだけ心がほだされてしまった。


「じゃなくて!庶民の住むところなどには興味ありませんわ!」


 皇太子は何かを探るように私を見据えた。

 え?まさかここで殺さないよね?

 ダラダラと汗を流していると馬車が突然ガタリと激しく揺れて止まった。

 揺れで思わずバランスを崩した私を皇太子がすかさず支えてきた。


「も…申し訳ありません!!」


 抱き留められるような形になってしまい慌てて離れた。


「何かあったのでしょうか?ちょっと見てきますね!」


 恥ずかしさのあまりその場にいられなくなった私は馬車から降りた。

 すると御者の怒鳴り声が響いた。


「皇太子殿下の乗っておられる馬車の前を横切るとは何事だ!!」


 見ると地面に座り込む子供を怒鳴っているようだ。

 次の瞬間、御者がムチを振り上げた。

 私は咄嗟に子供の前に出て庇おうとしたのだが、ビシッ!と叩かれた音はするのに衝撃がない。

 恐る恐る顔を上げると私を庇うようにブラッドがムチを掴んでいた。


「何事だ」


 静かな声が辺りに響いた。


「殿下。申し訳ありませんでした。この者が突然飛び出してきたもので急停止致しました」


 御者は馬車から降りてきた皇太子に状況を説明した。

 このままではこの子供が罰せられてしまう。

 私は立ち上がり皇太子に頭を下げた。


「領民が失礼を致しました。しかし相手はまだ子供です。もし罰するのであれば領地を管理するオリオル公爵家の一員でもある私を罰して下さい」


 今回は14年…正確には2年の人生だったな…。

 覚悟を決めるも皇太子は一拍おいて言葉を発した。


「領民は帝国民でもある。二人を罰するのであれば私も罰せられなければならなくなる」


 皇太子は御者に視線を移した。


「それにむやみに人にムチを振るうのは感心しない。今回は警告だけに留めるが次に同じような事があればその時は解雇も覚悟しておけ」


 私に向き直ると私の後ろに隠れて震えている少年に視線を合わせて頭を撫でた。


「馬車が走っている時は危ないから飛び出してはいけないよ」


 少年は目に涙を溜めながら何度も頷いていた。

 これは許せるのに悪女は殺意が湧くほど許せないとか…よほど私がうざかったんだろうな…。



 結局騒ぎになってしまった事もあり観光案内所に寄る事なく屋敷に戻ってきた。

 このまま帰るという皇太子の見送りをしていると祖父と挨拶を交わした皇太子が私の後ろに立つブラッドに視線を向けた。


「君は確かローディン侯爵のご子息だったかな。どうだろう。私の騎士として一緒に行かないか?」


 ここでまさかの引き抜き!?

 でも近衛兵はブラッドの夢だったし断る理由はないよね。

 それに今のブラッドが近衛隊長になったら少なくとも私を殺すのは阻止してくれるかも?


「大変光栄なお話ですが、今は与えられた任務を全うしようと決めておりますのでお許し下さい」


 任務なんかあったっけ!?

 断ったブラッドに驚き振り返るとこっちを見るなと目で合図された。


「それは残念だ」


 皇太子はそれ以上何も言わずに馬車に乗り込んだ。


 馬車が見えなくなり再びブラッドに向き直った。


「手、見せて」


 ムチを素手で掴んで傷になっていないわけがない。

 手当をするつもりで言ったのに綺麗な方の手を差し出してきた。


「ムチを掴んだ方の手を見せろって言ってんの」


 ガンを飛ばすと溜息を吐きながらみみず腫れで赤くなった手を差し出してきた。


「すぐに治療しないと…」

「名誉の負傷じゃな」


 ワハハと笑うじいさんを睨むと「医者を呼ぼう」といそいそと屋敷に戻って行った。


「こんなつもりはなかったのに…ごめん…」

「俺は自分の任務をこなしただけだから」

「任務ってまさか私の護衛の事!?」

「それ以外ないだろ」

「ちょっと待って!その為に夢だった近衛兵の誘いを断ったの!?」

「俺の夢をなんで知っているんだ?」


 やばい…前回の時にがっつり調査して得た情報だった。

 黙った私に祖父から聞いたと勘違いしたのかブラッドがポツリと呟いた。


「今は迷ってる…」


 迷ってるってどういう事?

 首を傾げていると祖父に屋敷に入るよう促され結局何も聞けなかった。

 皇太子の視察といいブラッドの近衛兵の辞退といい前回とは全く違う展開になってはきたが、皇太子とはこれ以上関わる事もないだろうしブラッドが近衛兵になるまでにはあと1年あるしきっと大丈夫…だよね?



 翌日。


「協力してやるよ」


 ゴムの原料を見つけてから毎日のように頭を下げに行っていた鍛冶屋の親父がついに折れたのだ。


「本当ですか!?」


 喜びを爆発させて鍛冶屋の親父の手を握ると手を払われた。


「やると決めたからには完璧な物を求めるからな!」

「素直じゃねえなあ。孫を助けてくれてありがとうって言えばいいのに」


 親父さんの怒鳴り声にクスクスと笑いながら二人の職人さんらしき人が入口に立っていた。

 孫ってもしかして昨日馬車に引かれそうになった子供の事?


「俺は靴職人だ。皮物などを扱っているのだが、こいつから面白い素材があると誘いを受けたんだ」

「私は薬品を扱う仕事をしているのだが、どんな薬品が必要になるかわからないから協力して欲しいと頼まれたんだ」


 職人さんに声をかけてくれていた親父さんに感動して見つめるとふんっ!と顔を背けた。照れているのか?


「こいつらがいた方が早く完成すると思って呼んだだけだ」

「ありがとうございます!!」


 頭を下げると親父さんは道具を取り出しながら呟いた。


「あんたが何者だろうが態度を変える気はないぞ。気に入らないなら余所をあたれ」


 恐らく昨日の騒ぎで私がオリオル公爵令嬢だとバレてしまったのだろう。


「今はただの町娘です。どうぞ気楽に接して下さい」


 こうしてゴムタイヤ作りが始まったのだった。

 これぞまさに怪我の功名…痛い思いをしたのはブラッドだけどね。





読んで頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ