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死亡フラグがやってきた

 観光案内を提案してから2年が経ち、14歳になっていた。

 完成した観光案内所は貧困層の女性達を教育し雇う事になったのだが、子供達に少しでもいい暮らしをさせてあげたいと一生懸命働いてくれてとても良い効果を生んでいた。

 もちろん接客は日本式スタイルなのだが、これが観光客達に大人気。

 リピーターも続出している。

 ツアーは領民に聞いた馬車で行ける範囲の景色の良い場所にレストランを立てて食事をしてもらっているのだが、日本のレストランを参考にお洒落な雰囲気にしたらこれまた大好評。

 新たな事業の成功続きに祖父に至ってはいくらでも金を出すから全ての権限を私に委ねるとまで言い始めていた。


 だが問題がないわけでもない。

 道を整備したと言っても馬車の乗り心地はあまり良くない事。

 マナーの悪い客の対応など、毎日のように届く要望書に頭を抱える日々である。



 そんな忙しい日々の中、本日は新しい観光地を探すためブラッドと公爵領地内の村を歩いていた。


「ゴムの木があるといいんだけどな…」

「ゴムの木?」


 私の呟きに反応したのは2年の間で友達のような関係になったブラッドだった。

 最初こそ私を嫌っていたブラッドだったが、2年も経つとさすがに私という人間が分かってきたのか噂に惑わされなくなっていた。


「ゴムがあればタイヤを作れると思って…」


 社会の教科書でゴムの木の写真を始めて見た時は衝撃だった。

 ゴムの原料って白いの!?である。

 その衝撃からゴムに興味を持った私は少しだけ調べていた時期もあり、原料があればタイヤを作れるかもしれないという想いがあるのだ。


「どこかにゴムの木がないかな…」

「危ない!!」


 突然、バシンという音とともに体が横に押された。

 音の方に顔を向けると私を守るようにブラッドが横に立っていた。


「ごめんなさい!」


 と同時に子供の声がした。

 ブラッドの体からひょっこり顔を出すと数人の子供が汚れた丸い塊を取りに来ていた。

 その塊は弾んで柔らかそうで…ってこれゴムじゃない!?

 私は飛びつくように少年の手の中にある塊を縮めたり伸ばしたりしてみた。

 突然の暴挙にブラッドも子供達も呆然としていたが、我に返ったブラッドに引き離された。


「君!これどうやって作ったのか教えて!」


 前回に続き今回もブラッドに首根っこを掴まれたが、今は気にしている場合ではない!

 だってゴムが目の前にあるのだから!!

 少年は目をギラギラさせて聞いてくる私に怯えていたがゴムの木の方に指を差して教えてくれたのだ。

 その後すぐに逃げられたが…。

 少年が指を差した方角に向かうとそこには幹から滴り落ちる白い液体が。

 間違いない!これはゴムの原料だ!


「この木を栽培するわよ!!」




 ゴムの木の栽培は発見した村の領民達に委ねる事にした。

 一定量の樹液を納める事により管理にかかる費用を支払うと話をしたら喜んで承諾してくれたのだ。

 村からすればゴミ同然だった木が金の成る木に変わったのだ。

 喜ばしい事この上ない。

 だがゴムタイヤが完成すれば管理費用など子供の小遣い程度になってしまうくらいのお金が入って来るという予想をしているのはこの世界では私だけだろう。


 まずはこの樹液を使い物になるように変化させる必要がある。

 そのために必要なのは型と高温と技術者だ。

 以前ブラッドがこの領地の鍛冶職人は優秀だと言っていたから協力してくれると助かるけど…。


「断る」


 ですよね…。

 職人さんは己の仕事にプライドを持っており、簡単には協力してくれないと分かっていたさ。


「そこをなんとかお願いします!これが完成したら公爵領はもっと豊かになるんです!」

「いくら頼まれようとも儂は協力せんぞ。こんなふにゃふにゃな素材など、ろくでもない物しか作れないのは目に見えて明らかだ。儂は忙しいんだ。こんな物に時間を割いている暇はねえ!」


 頭を下げる私を尻目に鍛冶屋の親父さんは作業を続けた。


「また来ます」

「仕事の邪魔だ!もう来るな!」


 親父さんの怒鳴り声を聞きながら作業場を後にした。




「お前はどうしていつもそんなに一生懸命なんだ?」


 親父さんを説得出来なかった帰り道、ブラッドがおもむろに尋ねてきた。


「どうしてって言われても…」


 お嬢様スローライフを送るため?

 すでにスローでは無くなっているが…。

 染み付いた社畜の習性は恐ろしい。


「観光案内所が上手くいっているのだから頭を下げてまでお願いする必要はないだろう。町では身分を隠しているとはいえ、お前は公爵令嬢なんだし…」


 ああ。つまり貴族のプライドを捨ててまでする事かって事ね。


「改善できる余地があるのなら改善した方がいいでしょ?それに無理なお願いを聞いてもらうのだから頭を下げるくらい安いものよ」


 頭を下げるのが得意な日本人でしたから。


「…凄いよ…お前は…」

「そうかな?別にたいした事でもないと思うけど?」


 ブラッドはそれ以上何も言ってこなかった。



 屋敷に到着すると祖父の書斎に呼ばれた。

 中に入ると祖母もソファーに座っており、二人の神妙な面持ちに首を傾げた。


「フィー。数日後に公爵領地の視察に、皇太子殿下がお越しになる予定だ」

「どどどどどういうことですか!?」


 慌てて立ち上がり脛をテーブルにぶつけた。

 地味に痛い…。

 色々泣けてくる。


「多分、観光案内所を視察されたいのだろう」

「もちろんおじい様が対応して下さるのでしょ!?」


 実はこの観光案内の事業は表向き祖父が手掛けている事にしているのだ。


「…もちろん儂が対応するつもりではあるが…細かいところまで説明しきれるかどうか…」


 それはつまり私に付いて歩けと言っていますか!?

 相手は私にとって最大級の危険人物なんですが!!


「…おじい様」


 少し下がった声のトーンに二人の肩がわずかに揺れた。

 顔を上げて祖父を見据えると祖父は背筋を伸ばした。


「この数日でおじい様の頭に全て叩き込みますわ!!」


 この日から祖父へのスパルタ教育が始まったのだった。



 そして決戦の日を迎えた。

 徹夜漬けでゲッソリしている祖父と読めない笑みを貼り付けた祖母の後ろに目立たないよう隠れて立った。

 今日の目標は空気になる!!である。

 視察なら最初の挨拶を交わす以上の接触は必要ない。

 挨拶だけ済ませたらとっととこの場から避難してやる!


 馬車が到着し、中から大人っぽくなった皇太子が降りてきた。


「遠路はるばるようこそお越し下さいました」


 先程までのゲッソリ感を微塵も感じさせない対応はさすがである。

 祖母が祖父に続いてカーテシーしたのを見計らい、私もカーテシーをしたのだが…なんか見てる…。

 妙に視線を感じて頭の先が汗ばんだ。

 チラリと皇太子を窺うとバッチリ目が合い慌てて逸らしてしまった。

 何でこの人(皇太子)こっち見てんの!?


「では殿下。庭にご案内致します」


 さっさと行ってくれ。

 顔を俯かせながら祖父の言葉に安堵していたのだが…。


「よろしければディスフィーネ嬢もご一緒にどうですか?」


 まさかの御指名!?

 冷や汗ダラダラである。

 疑問符になっていない疑問符に私は力なく「…はい…」と答えたのだった。



 恐怖のお茶会が始まった。


「これが皇都でも有名なケーキですか。確かにとても美味しいです」


 皇太子が食しているケーキはもちろん私がプロデュースした帝国一のケーキである。

 いつもならおやつの時間にバク食いするのだが、今日は喉を通らない。

 だって…いつ死亡フラグが発動するか分からないのに美味しく食べられるわけがないだろ!!


「今日は静かなのですね」


 突然話を振られて肩が震えた。

 最初の目標は空気になる!!だったが、関わってしまった以上は嫌われる方向で悪女を演じるしかない!

 一瞬で脳内変換した私は悪女スイッチを入れた。


「淑女が聞くような話ではありませんから!」

「まだケーキの話しかしていませんけどね」


 良い笑顔で返された。


「私は公爵令嬢ですのよ!庶民の味など口にしたくありませんわ!」


 毎日バク食いしている奴が何を言っていると祖父の目が語っている。


「折角美味しいケーキですし一口くらい召し上がられては?」


 美味しいのは知ってます。

 しかし勧められて食べないわけにもいかず、一口食べて思わず頬が緩んでしまった。

 すると「ふっ」と隣から笑うような息が漏れた。

 何が可笑しいのよ!?

 フォークを口に含んだまま皇太子の方に視線を移すと前回でも見た事もないような笑顔で私を見つめていた。

 ななな…何その笑顔!!!!?

 ドキドキと胸の高鳴りを誤魔化すため俯きながらもう一口ケーキを口に運んだのだった。



 私がケーキを食べている間、祖父と皇太子は観光案内について話をしていた。

 祖父の説明が大丈夫か不安になりながら聞き耳を立てていたが、徹夜のかいもあり問題はなかった。

 これでお役御免だな。

 ホッと胸を撫で下ろしようやく喉が通ると最後の欠片を口に含んだ。


「今から町に出ますがディスフィーネ嬢も如何ですか?」


 御指名再び!?

 最後の欠片を味わう余裕もないまま飲み込んだ。


「町など不潔な場所に行きたくはありませんわ!」

「馬車の中で私の話し相手になって下さるだけで構いませんので」


 有無を言わせない圧に本日二度目の「…はい…」と返事をしたのだった。

 おかしい…。私、あなたに嫌われていたはずだよね?

 




ゴムの木のくだりは作者の実話です。

社会の教科書のゴムの木にビックリしたのを今でも覚えています。

あの時は何故か白い液が美味しそうに見えて…きっとお腹が空いていたのでしょう。


読んで頂きありがとうございます。

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