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新事業を提案します

 2時間後…。


「…参りました…」


 YOU WIN!!

 どこからともなく聞こえてきた勝利宣告。

 項垂れるおじさんを前に拳を高々と持ち上げた。


「こんなケーキ食べた事がない」


 もう一口頬張るおじさんに満足の笑みを浮かべた。


「一体誰からこんな美味しいケーキを学んだんだ?」


 誰…と聞かれましても…。

 某有名先生のサイトでググって作っていましたから。


「これほどのケーキ…帝国中探しても見つからないぞ」


 先生の元には地球規模の知恵と知識が集まっていますから。


「是非、私に指南して下さい!先生!」


 先生!?…良い。


「私の修業は厳しいわよ」


 仁王立ちでおじさんの前に立つとおじさんはコック帽を外し胸に手を当てた。


「覚悟の上です」


 おじさんの本気の眼差しに口の端を上げた。


「報酬はこの店のケーキを一生食べ放題」

「それでよろしいのですか?」


 お金はあるし、自分の代わりに自分好みのケーキを作ってくれるなら願ったりかなったりだ。

 この条件でおじさん…もとい、シェフと師弟関係を結んだのだった。



 自分の作ったケーキを半分持ち帰りながら気分よく帰路についていた。

 美味しいケーキも確保できたし、お嬢様スローライフを楽しめそうだ。


「今日の仕事はここまでだろ」


 屋敷に近付いたところで後ろに控えていたブラッドがケーキの箱を差し出してきた。


「そのケーキは今日の労働のお礼よ」


 振り返るとブラッドの眉間に皺が寄った。


「甘い物が嫌いみたいだけど、あなたも手伝って作った物だから一口くらい食べてみたら?残りは騎士仲間の皆で分け合えばいいのだし」


 黙って箱を見つめるブラッドの姿がおかしくてクスリと笑った。


「帝国一美味しいらしいから、食べておけば意中の女性への話題作りになるかもよ」

「はぁ?」


 呆れているところを見るとまだマリレーヌと出会っていないのかな?



 その夜。

 目が覚めた私は使用人を起こすのもしのびなく、台所で温かい飲み物でも飲もうと寝静まった屋敷内を歩いていた。

 すると書斎から明かりが漏れているのに気付き近付くと話し声が聞こえてきた。

 声の主は祖父と執事のようだ。

 耳を澄ますと衝撃的な内容が聞こえてきた。


「このままではお嬢様が大人になる頃にはルビーが枯渇してしまいます。新たな資金源を見つける必要があるかと…」


 ルビーが枯渇ってどういう事!?

 この公爵領からルビーが無くなったら破綻してしまうじゃない!

 お嬢様スローライフの文字がガラガラと崩れ落ちていく。

 このままでは貧乏貴族になってしまう!

 なんとかしなければ!!



 数週間後。

 貧乏貴族にならないための案を考えながら今日も午後から町に出ると隣を早足で抜き去る女性達が目に付いた。

 何かあったのだろうかと女性達の跡をつけると辿り着いたのは…。


「先生!!見て下さい!先生のケーキを求めて大行列になっています!しかも皇都から食べに来てくれるお客様までいらっしゃって先生には感謝しかありません!」


 喜びを爆発するシェフと顔を引きつらせる私。

 こんな事なら100万のお小遣いを貰って私が経営すれば良かった!!


 ケーキ屋の行列に判断を誤ったとトボトボ歩く私にお婆さんが声をかけてきた。


「この辺りで人気のケーキ屋があると聞いて隣の町から来たんだけど、お店がわからなくて…。教えてもらえないかい?」

「ああ。その店なら…」


 説明するもお婆さんは首を傾げるだけ。

 これは案内した方が早そうだ。

 直接案内してあげる事にした。


「ごめんなさいね。孫にもケーキ屋までの道を聞いてきたんだけど複雑でよくわからなくて…」


 孫!!お婆ちゃんをパシリに使うな!!


「いいんですよ。道が入り組んでいますしね」


 心の中とは裏腹に微笑みながら答えた。


 お婆さんをケーキ屋へ案内した帰り、私は町を見回した。

 店は多いのに出入りしている客は少ない店がほとんどだ。

 日本では口コミなどで隠れた名店なども簡単に行けてしまうがネットのないこの世界で隠れた名店を探すのは一苦労だ。

 それこそ本当に口からの噂話頼りになる。


「ケーキ屋以外にも隠れた名店ってあるのかしら?」


 誰に言うわけでもなく、考えを呟いていると珍しくブラッドが返事をした。


「ルビーを扱うお店は有名だが、俺が知っている限りでは武器屋もお勧めだぞ」


 驚いた顔で振り返るとブラッドが顔をしかめた。


「この地の鍛冶職人は皇都の鍛冶職人にも引けをとらない良い武器を作る事で有名ではある。騎士の間で噂になっているだけだけどな」


 知らなかった…。ルビーだけだと思ってた。

 こういう隠れた名店を見つけだして買い取ればケーキ屋のように儲けられるかも…いや、ちょっと待て。

 足を止めて考えた。

 良い物は遠出をしてでも買いに来る。

 日本ではよく見る光景だったが、それはこの世界でも例外ではない。

 先程のケーキ屋がいい例だ。

 だが目的の店だけ立ち寄り帰る事がほとんどだ。

 それは他の店の情報を知らないからだ。

 何も情報がない店に時間を使ってまで寄って行こうとする者は少ない。

 だが町中のお店の詳しい情報を大々的に紹介したら…。


「帰るわよ!!」


 突然走り出した私をブラッドは軽々と抜いて行ったのだった。



 屋敷に戻ると祖父の書斎に駆け込んだ。


「だ…大丈夫か?」


 息切れと汗だくの私を祖父が心配した。

 途中からブラッドとの競争になってしまい気が付いたら全力疾走していた。

 当のブラッドは涼しい顔。この野郎!


 ソファーに促されたあと、執事が持ってきた水を一気飲みし、呼吸を整えると鼻息荒く立ち上がった。


「おじい様。オリオル公爵領を帝国一の観光地にしてみせます!!」


 私の言葉に全員の反応は…?である。

 そりゃそうだ。この世界には観光なるものはない。

 あっても精々避暑地程度だ。

 その避暑地もただ涼む場所というだけで観光らしい雰囲気は皆無だ。

 そんな中で考えたのは日本の地方でお役所が力を入れていた観光という事業だ。

 今回のケーキの件でみんな話のネタが欲しくて遠くからでも人がやってくる事は分かった。

 それなら他の隠れた名店も紹介しつつ、映える場所に案内し、景色の良い所にレストランを作って公爵領で採れた食材で食事をしてもらえたら。

 公爵領全体を活性させる一大プロジェクトになるはず!

 さらに様々な場所をツアーとして小分けにして案内すればリピーターも増えるかもしれない。

 私の経験上、観光では財布の紐も緩くなる…いいんでない。


「フィーが悪い顔をしておる」

「あらあら。心の中を読まれるようではまだまだね」


 面白そうな話に途中から祖母も参加した。


「だがフィーの話では形になるには時間とお金がかかる。さらに景色の良い所に案内する手段をどうするかも問題だ。その辺りは考えているのか?」

「お金がないうちは徒歩で行ける範囲で楽しんで頂き、紹介するお店から売り上げの一部を紹介料として出して貰う事を検討しています。少し余裕ができたら馬車などを出して日帰りツアーなど組んでお金を工面していこうと思います。ただ…」


 ここからが本題だ。

 この協力を得られなければこのプロジェクトは失敗に終わる。


「道の整備や建物などは公爵家の協力が必須になります」


 祖母がティーカップを静かにソーサーに戻した。


「あなたは公爵領を維持するお金がどこからきているか知っているのかしら?」

「領民の税金です」


 さすがの祖父母も驚きが顔に出ていた。

 お金は泉から湧いて出てくると思っていそうな(ディスフィーネ)が税金を知っていたからだろう。

 無駄に税金使うな!!て激怒していた事もあるくらい日本では私もしっかり納めていましたから。


「先日、ルビーが枯渇してきているという話を立ち聞きしてしまいました。このままでは公爵領は今の状態を維持できなくなるのでしょ?だからそうなる前に私の案にかけてみませんか」


 税金を使うという事は失敗が許されない。

 初の試みでもある観光案内に不安を感じる気持ちは分かる。

 だけど私は知っている。

 日本ではこれを成功させた地域がある事を。


「フィーのやりたい事は分かった。だからといって簡単には返事ができない。本気ならまずは計画書を提出しなさい。話はそれからだ」


 社畜経験のある私を本気にさせたらどうなるか見せてあげようじゃないの!

 意気込んで祖父の書斎を後にしたのだった。





読んで頂きありがとうございます。

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