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護衛対象(ブラッド視点)

 赤い騎神と呼ばれる先代オリオル公爵の元に指南を申し込んでから一年が経ったある日。

 我儘で扱いが難しいと言われているオリオル公爵令嬢のディスフィーネが皇都からやって来たと噂が流れた。

 ディスフィーネと言えば幼馴染のマリレーヌから使用人を乱暴に扱ったり、気に入らない令嬢がいると暴言を吐いたりするから困っていると聞いていた相手だ。

 俺自身は一度も関わったことがないから噂で聞いていただけだが、皇都でもかなり悪評が立っているところをみると事実なのだろう。

 どうせ関わる事もないといつものように訓練に取り組んでいると先輩騎士が慌てた様子で俺の元に駆け付けた。


「ブラッド!ご指名だ!」


 嫌な予感がしたのは言うまでもない。



 呼ばれた部屋に入ると先代公爵夫婦とディスフィーネが何か揉めているようだった。

 我儘でも言って先代を困らせているのだろう。

 俺の顔を見るなり目を輝かせる先代を見て確信した。

 話しを聞くとどうやら町に出たいと我儘を言っているディスフィーネの護衛役を頼みたいそうだが…ご免です。

 次男とはいえ、侯爵令息の俺がなんでこんな奴の面倒を見なければいけないんだ。

 俺の心の中を見透かしたのかディスフィーネは一人で町に出ると言い出した。

 正直こいつと一緒に町に行くなんて勘弁して欲しいが、こいつの本性を見極めるのにはちょうどいいかもしれないと思い引き受けたのだった。



 ケーキ屋で揉めた後、労働の対価だと渡されたケーキの箱を部屋のテーブルに置いた。

 箱からケーキを取り出すと思わず顔をしかめた。

 小さい頃からこれのどこが美味しいのか俺には全く理解出来なかったが、ケーキ屋の親父が感激したくらいだ。

 一口だけと思い口に含むと…。


「美味しい」


 思わず呟いていた。


「何食べてるんだよ?お?ケーキじゃん!俺にも頂戴!」


 同室の騎士が俺の呟きに反応してケーキに手を伸ばしてきた。

 俺はすかさずケーキを横にずらして取られないように守った。


「お前、甘い物嫌いじゃなかった?いつから好きになったんだよ?」


 いつからと言われても…あのディスフィーネにこき使われて自分で作った物だから最後まで責任を持って食べたいだけだ。

 一瞬、夕日に照らされながら笑うディスフィーネの顔が浮かんだ。

 ま、まあそんなに悪い奴でもなかったけど…。


「お前が笑うなんて珍しいな」


 同僚に言われて始めて自分の口元が緩んでいた事に気が付いた。

 何を笑っているんだ!?

 誤魔化すように残りのケーキを頬張ったのだった。



 フィーネが公爵領に来てから2年が経った。

 彼女はとても変わっていた。

 マリレーヌから聞いていたような素行はなく、誰とでも気さくに話し、本当の平民のように接している彼女に好感を持ち始めていた。

 ただ時々興奮して相手に迫って怯えさせるのだけは制御できないようだ。

 まあ俺が付いているからその辺の心配はいらないが。

 だが一つ気になるのは皇都での悪い噂が消えないことだ。

 それどころか公爵領で悪事を働いていると悪化している。

 これについて何故否定しないのか聞いてみたのだが「ブラッドみたいに分かってくれている人もいるからいいの」と笑うだけだった。

 彼女が気にしていないのに俺自身がモヤモヤと嫌な気持ちになった。



 そんな日々を過ごしていたある日。

 フィーネが『セレブの日』という観光案内を立ち上げた。

 最初は親子連れが多かった『セレブの日』も親を連れていない俺などを見て子供だけで参加させる家が増えてきた。

 そのため羽目を外す礼儀のなっていない奴らも増えた。

 今日もどこぞの馬鹿がフィーネに絡んでいる。

 笑顔で対応するフィーネをイライラしながら見守っていると令息の一人がフィーネの肩に手を回そうとしていた。

 すかさず令息の腕を掴み後ろに曲げてやると痛がりながらその場に崩れ落ちた。


「何するんだ!俺は伯爵家の子供だぞ!!」


 涙目で俺を睨む令息を冷やかに見下ろした。


「俺は侯爵家の子供だけど?」


 その言葉に令息の顔がみるみる青くなり、俺が腕を緩めると一目散に逃げ出した。


「ありがとう、ブラッド」

「嫌ならはっきり言えよ。ああいう奴等は付け上がるだけだぞ」


 平民のフリをしているとはいえ、大人しくしているフィーネをもどかしく感じた。


「ああいうセクハラは酔っ払いの上司で慣れているから」


 せくはら?酔っ払い上司?

 言っている意味が分からず首を傾げている俺を見てフィーネは可笑しそうに笑うだけだった。

 とにかく後であいつらに再度警告しておこう。



 警告の影響なのか今、皇都ではある噂が流れている。


「ブラッド!大変!!」


 今日も町に出かけるため屋敷に入ると早々にフィーネに胸倉を掴まれた。


「ブラッドの不名誉な噂が流れているの!」


 自分は全く不名誉だとは思っていなかったからフィーネの反応に驚いた。


「でも大丈夫!護衛を替えてもらえるようにおじい様にお願いしておいたから!」


 自信満々に親指を立てているが…変更とかしなくていいから!!

 俺は慌てて先代の元に走ったのだった。



「ねえ。本当にこのまま護衛を続けるの?」


 これで何度目だろうか。

 先代に変更を取り消してもらってからずっと同じ質問を受けている。


「俺が護衛だと嫌なの?」


 いい加減うんざりしてきたので少しだけ冷たく言い放つとフィーネは困ったように眉を寄せた。


「だってマリレーヌに知られたらブラッドが困るでしょ?」

「どうしてそこでマリレーヌが出てくるんだ?」


 俺の返しに最初こそ驚いているようだったが何か考えこんだあとコクコクと頷くと一人納得していた。


「分かったよ、ブラッド君。もしマリレーヌに誤解されるようなことがあれば私が全力で仲裁するから任せて!」


 目を輝かせながら軽く肩を叩かれたのだが…。

 いや…誤解しているのはそっちじゃないのか?



 噂が一人歩きしているが別に嫌な気分ではなかった。

 正直可愛い妹のように感じているし、俺以外の人間に護衛を任せたくないとも思っていた。

 そんな矢先に先代に呼ばれて書斎に訪れていた。


「ブラッド。そろそろ帰る頃じゃないか?」


 一瞬なんの話をしているのか理解出来ずに固まった。


「皇太子殿下の騎士になりたいのなら皇都に帰る頃だろ?」


 そうだった。俺がオリオル公爵領に来たのは皇太子殿下直属の騎士になりたかったからだ…。

 今の今まで忘れていた…。


「フィーも社交界デビューで一度皇都に帰る事になるし、お前も一緒に帰ったらどうだ?」


 フィーネの名前が出て思わず顔を上げると先代は驚いたように目を見開いた。


「お前…まさか…」


 先代が何に驚いているのか分からず首を傾げていると先代は意味深な笑みを浮かべた。


「フィーは可愛いしな。お前も見る目があるということか。まあお前がフィーの傍にいたいって言うなら考えてやらないこともないぞ」


 俺がフィーネの傍にいたい?

 確かに皇太子殿下に仕えるという事は護衛対象が変わるから二度とフィーネを護る事が出来なくなる…。

 そこまで考えてふと寂しい思いに駆られた。

 なんだこの嫌な感情は。


「今は混乱しているようだし、気持ちを整理するためにも一度帰ったらどうだ?」


 俺はただ先代の言葉に頷くことしか出来なかった。



 皇都への帰り道。

 馬車の乗り心地の良さに満面の笑みを浮かべるフィーネを横目で盗み見ていた。

 この笑顔を近くで見ることが出来なくなるのか…。

 もし俺が皇太子直属の騎士になると言ったらフィーネは悲しむだろうか?

 きっと笑顔で応援するだろう。

 ズキリと痛む胸を落ち着かせるように目を閉じた。


 護衛が出来なくなるかもしれない事を言えないまま侯爵邸に到着した。

 馬車から降りる時に思い切ってフィーネの気持ちを聞いてみようと思ったが口に出来なかった。

 口にしたら終わってしまう気がしたからだ。

 俺は一体どうしたいんだ?

 小さくなる馬車を眺めながら溜息を吐いた。



 翌日。雑念を振り払うように庭で素振りをしていると人が近付いてくる気配を感じた。


「久しぶりね、ブラッド」


 大人っぽくなったマリレーヌが小さく手を振りながらこちらに向かって歩いて来ていた。

 一息吐くと休憩がてらマリレーヌとお茶をすることにした。



「社交界デビューの件なのだけど…」

「ああ。殿下から聞いている」


 昨夜、皇太子殿下からマリレーヌのパートナーを務めて欲しいと手紙を受け取っていた。

 参加するつもりはなかったが、フィーネも来るかもしれないと思い引き受けたのだ。


「それにしても見違えるように逞しくなったみたいだけど公爵領での成果かしら?」


 素っ気ない俺の態度に不安を感じたのか話題を変えてきた。

 逞しいか…フィーネにあちこち連れ回された日々を思い出し口元が緩んだ。

 その姿にマリレーヌが目を見張った。


「何か楽しい事でもあったの?」


 口元の緩みを隠すためティーカップに口を付けた。


「でも公爵領にはディスフィーネ様がいたから大変だったんじゃないの?」


 突然振られたフィーネの話題にカップを持つ手を止めた。


「随分横暴な振る舞いをしていたそうじゃない。ブラッドも被害に遭わなかった?」


 不快な気分になりカップをソーサーに叩きつけるように置くとマリレーヌの肩が震えた。


「侯爵令嬢ともあろう人間が噂話に振り回されてオリオル公爵令嬢を侮辱するような発言をするものではないだろう」


 マリレーヌを睨むとマリレーヌの顔が青ざめた。

 そんな張りつめた空気を打ち破ったのは執事が持ってきた一枚の手紙だった。

 手紙の差出人の名前を見て心が躍った。


「マリレーヌ。君には失望したよ」


 俺は固まるマリレーヌを残して手紙とともに屋敷に戻ったのだった。


 



読んで頂きありがとうございます。

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