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不味いケーキの謎

 善は急げと早速領地に向かって出発した。


 我がオリオル公爵領地はルビーの産地だ!

 …私が知っている知識はそれくらいだ。

 だって前回は全く興味なかったから領地で採れたルビーを侍らせながら「ふ~ん…」くらいの感じでしか聞いていなかった。

 あとは皇都に比べて田舎だということだ。

 近代ビルが立ち並ぶオフィス街で仕事をしていた私にとっては皇都も十分田舎だけどね。


 馬車で3日ほどかかるこの地を毛嫌いしていた私は、冬の寒い季節だけ気温が比較的高い領地で過ごしていたのだ。

 そして18歳の春。皇都に帰る途中で皇太子直属の騎士の剣によって…殺された。

 最後に目に映ったのはギラリと光る刃と柄に刻まれた皇太子の直属騎士の証でもある紋様だった。

 私は両腕を握り締め身震いした。

 あの時は何故皇太子が自分を殺したのか分からず死んだが、日本で過ごした記憶のお陰で自分(ディスフィーネ)がどれだけ嫌われていたのか理解した。


 馬車の中から変わらない景色を眺めながら過去を振り返り決意した。

 前回の過ちは繰り返さない。

 私は領地で死とは無縁の生活を送るんだ!

 そして今度こそ長生きするぞーーーーー!!



 毎度のことだが長い馬車の中は快適とはいえない。

 道も整備されていないし、揺れる弾むでお尻も痛い。

 車を作った人は凄いわ。

 半ばぐったりしながら馬車から降りると迎えてくれたのは前オリオル公爵の祖父母だった。


「よく来たな!!」


 力強く抱きしめて痛いくらい頬を摺り寄せてきたのは祖父だ。

 私の赤毛と赤い瞳は祖父譲りで、昔は騎士団の団長を務め、赤い騎神と恐れられていたとか…私は奇人だと思っている。

 だって素手で格闘して勝った熊を服従させるようなじいさんだから。


「あらあら。そんなに強く抱きしめたら骨が折れてしまいますよ」


 その隣でにこやかに微笑んでいるのが祖母だ。

 言っている事と表情は噛み合っていないが…。

 母と同じでおっとりしているが社交界ではかなりのやり手だったとか。

 全然そんな風には見えない。

 孫大好きおじいちゃんと違い、底が知れない存在だ。




「しかし皇太子殿下も見る目がない!!」


 庭園でお茶をすることになったのだが、話題は婚約者候補についてだ。

 祖父はガチャリと音を立てながらティーカップをソーサーに置いた。


「あなた。行儀が悪いですわよ」


 祖母に窘められ祖父はシュンとなった。


「私は選ばれなくて良かったと思っていますわ。だって選ばれていたらこんな素敵な場所で暮らすこともできませんから」

「フィー…」


 ここでもか!

 祖父と祖母が手を取り合って感動している。


「それにしても領地について学びたいだなんて…。社交界の事を学んでいい旦那さんを見つけた方がいいのではないの?」

「公爵家は私の家でもありますから、最低限の知識くらいは身に付けておきたいと思いましたの」


 一番の目的はお嬢様スローライフだけどね。

 二人は私の言葉に感極まっているようだけど。


「それで領地の事を知るためにも町の散策の許可とお小遣いが欲しいの」


 折角だから海外に観光に来た気分で町を歩き回りたい。

 前の私なら汚らしいところなど行きたくないと言っているところだが、今の私は観光の楽しさを知っている。


「お金など持ち歩かずとも家に請求すればいいではないか」

「おじい様!それでは観光…視察が行えません!物価を知る事はすなわち領民の生活を知ることに繋がるのですよ!」


 食べ歩きとかもしたいのに、オリオル公爵家に100円単位とか請求出来ないから!

 私の思惑はどうであれ、二人の胸には響いたようだ。



 翌日。

 午前中は祖母からみっちりと教養を叩き込まれた。

 これを真面目に行えば午後からは自由に過ごしても良いと許可を得たからだ。


 さすがはおばあ様。

 一日でこなす課題を半日でやらせているあたり食えない相手だ。

 前回と日本での記憶がなければ絶対に無理…というより一日でこなす課題ということも見極められなかったかもしれない。

 完璧にこなし過ぎて滅多に感情を表に出さない祖母も目を見開いていた。

 以前の(ディスフィーネ)なら途中で投げ出しているから驚くのも無理はない。

 社畜スキルを手に入れた私には容易だけど…嘘です。これ以上は勘弁して下さい。


 そんなこんなで町に出る許可を得た。

 お小遣いはとりあえず日本円にして1万円程度を貰っておいた。

 少ないって?

 毎日100万円くれるって言い出したから丁重にお断りした結果だ。

 数日で店ごと買い占められるわ!


 領民にオリオル公爵家の令嬢とバレないよう髪を巻かずにストレートのまま結んでおいた。

 カールだと如何にもお嬢様って感じになるしね。

 服もこの時のために皇都の平民が好む店の服を購入しておいたのだ。


 …だが一つ問題が…。


「いいこと!私はあなたの妹よ!敬語もなし!」

「しかしお嬢様を呼び捨てには…」

「町でお嬢様なんて言ってみなさい!クビよ!」


 治安がある程度良いとはいえ、護衛も付けずに歩く事は認めてもらえず妥協したのだがさすがは騎士。融通が利かない…。

 しかも祖父母に至っては揃って微笑みながら大きく頷いている。


「フィーが突然大人っぽくなってしまって心配していたが、やはりフィーといえばこうでなければ!」

「久しぶりに聞きましたわ。フィーちゃんの『クビ』」


 私の基準って一体…。


「変なところで感心しないで下さい!このままでは町ですぐにオリオル公爵令嬢だとバレてしまいます!」


 祖父が顎を撫でながら考え込んで数秒。


「ではブラッドに頼むか」


 祖父の言葉に固まった。

 ブラッドってあのブラッド?嫌な予感しかしない。


「ブラッドを呼んで来てくれ」


 祖父の指示にクビにされそうになった騎士は頭を下げて退室した。

 代わりに現れたのは皇太子よりは劣るものの美形の部類に入る整った顔立ちの男だった。

 まだ幼さは残るが、この冷たい無表情の男を知っている。

 後に皇太子直属の近衛隊長になる男で侯爵家の次男坊ブラッド・エドヴァルド・ローディン。

 確か私より3歳年上のはず。

 想い人の件で皇太子の元に乗り込んで行った時に暴れる私の首根っこを掴んでつまみ出した男だ。

 しかもこいつは公爵令嬢の私を侮蔑した目で威圧してきたのだ。

 私が悪かったとはいえ、お前騎士だろ!いくら私が悪女だからって最低限のマナーくらい守れよ!


 皇太子の最側近でもあるこいつが何故オリオル公爵の領地で騎士をやっているかというと、赤い騎神と呼ばれる祖父から剣術の指南を受けたいと単身乗り込んできたからだ。

 皇太子の傍に控え始めたのが、私が15歳くらいの時だからそれまではここで修業を積んでいたようだ。

 何故こんなにこいつに関して詳しいかと言うと、私に無礼を働いた男の弱みを握ってやる!と当時徹底的に調べたから知っているだけだ。

 そして唯一掴んだ弱みが侯爵令嬢のマリレーヌに恋をしているという情報だ。

 全く使えないまま死んだけどね。


「ブラッド。フィーの護衛で一緒に町に行ってやってくれないか?」


 祖父の言葉に無表情ブラッドの眉がピクリと動いた。

 表情に出そうになるくらい不満なんだね。

 私の護衛をするために祖父に頭を下げて指南を申し出たわけじゃないもんね。

 君の気持ちはわかる。私も嫌だし。


「おじい様。私は大丈夫ですわ。おじい様が治める領地で悪行を働く者などおりませんし」

「いや…しかしだな…」

「わかりました」


 私と祖父のやり取りに割って入ったのはブラッドだ。

 わかったって何が?


「護衛の件。引き受けさせて頂きます」


 綺麗な所作で頭を下げるブラッドに私は固まり祖父は喜んだ。



 空気が重い…。

 町は賑やかでとても楽しそうなのに私の周りだけどんよりとした空気が漂っている。

 楽しいはずの観光がたった一人の護衛騎士のせいで地獄を歩いているようだ。


 重い足取りで町を散策していると一軒のケーキ屋が目に付いた。

 確かこのケーキ屋のケーキを(ディスフィーネ)は好んで食べていた記憶がある。

 甘い物でも食べてこの嫌な空気を払拭するか。

 後ろの男は舌打ちしてるけどね。

 敬語じゃなくてもいいとは言ったが、せめて悪態は隠せよ。


 中に入ると色とりどりのケーキがショーウィンドウに並べられている。

 どれも美味しそうだ。

 とりあえず好んで食べていたショートケーキを頼んで後ろのブラッドにも何か頼んであげようと振り返るも直ぐに向き直った。

 『何見てんだよ』って目で威圧されたからだ。

 そんなに睨まなくてもよくない?

 まあ数日前までは悪行三昧令嬢だったから嫌いなのもわからなくはないが。

 一応今回はまだ初対面だよ。

 噂だけで判断しないで欲しいな。


 席に着くと店員が頼んだケーキと紅茶を運んでくれた。

 一口ぱくり…。


「マズ!!」


 立ち上がり思わず叫んでしまった。

 だって滅茶苦茶不味いんだもん!


「店の人に失礼だぞ!」


 ブラッドが私を窘めているがそれどころではない!

 皇城のケーキに続きここでも不味いってどうなってるんだ??

 しかもこのケーキは(ディスフィーネ)が好んで食べていたケーキだ。

 なんというかスポンジは固いしクリームはベタベタしているし、何より甘すぎる!

 こんな不味いケーキ日本じゃ1円でも売れないぞ!

 そこまで考えて気付いてしまった。


 謎は全て解けた!


 日本では世界規模で修業をしたパティシエ達のケーキを堪能することが出来た。

 私もよく自分へのご褒美にと奮発して買っていたものだ。

 そのケーキは多くのパティシエ達が思考錯誤を繰り返しながら洗練されていき全ての作品が至極の逸品となりつつあった。

 つまり何が言いたいかっていうと、私の舌が肥えてしまったということだ!

 これは由々しき事態!!


「お嬢ちゃん。ウチのケーキが不味いそうだな」


 厨房からガタイのいいコック姿のおじさんが出てきた。

 私はおじさんを睨みつけた。


「不味いなんてもんじゃないわ!こんなものでお金を取ろうなんて100年早いわ!」

「なんだと!!」


 さすがに怒ったおじさんと火花を散らした。


「そこまで言うならこれよりも美味しい物を作れるんだろうな」

「望むところよ!!」


 護衛として助ける気のないブラッドに振り返った。


「手伝って!()()()()()!!」


 巻き込まれたブラッドの表情が崩れたのは言うまでもない。





読んで頂きありがとうございます。

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