噂は当てになりません
舞踏会の準備は着々と進み、当日を迎えた。
獲物が逃げ出さないよう選んだ屋敷は、幼少期に湖の上に住みたい!という我儘を叶えるため建てられたオリオル公爵家の別邸だ。
まさか自分の我儘がこんなところで役立つ日が来るとは…。
屋敷は湖に囲まれており、唯一の脱出経路は地上に面している正面の出入り口のみという難攻不落の要塞だ。
湖から逃げられるのでは?という疑問もあるが、ドレスで飛び込むバカはいないでしょ。
別邸へは馬車で移動するのだが、迎えに来たレオの姿に納得した。
私のドレスを用意したいと申し出た理由が…お揃いやん。
「とても似合っているよ」
「レオもね」
社交辞令を済ますと手を差し出すレオの手を取った。
最近ではレオの手を触ることにも慣れてきた。
話をする時にずっと手を握られていたら嫌でも慣れるわ!
でも約束通りそれ以上の事は何もしてこなかった。
全然物足りなくないからね!!
沸々とわけのわからない怒りが湧き起こる私にレオは優しい眼差しを向けてきた。
もうちょっと触れてもいいよって言ったらレオはどういう反応をするのだろうか…。
聞くのは怖いがもし喜んでくれるなら…。
複雑な感情が入り混じり結局レオから目を逸らしたのだった。
会場に到着すると沢山の人達で溢れかえっていた。
招待客のほとんどはレオと両親の知り合いだ。
私の知り合いがほとんどいないのが悲しいところだが。
最初、招待客も仕掛け人にしようと話をしていたのだが、レオがそれに異議を唱えた。
もし招待客にアンナと通じる者がいたら計画が無駄になってしまうからと。
そのため招かれた招待客達は全員、本当に結婚発表の舞踏会だと思っている。
ちなみにこの舞踏会を開くにあたり私が自慢したいからだという悪い噂が流れている。
不本意ではあるが真実味があっていいのかもしれないと思い放置している。
「皇太子殿下、オリオル公爵令嬢。ご結婚の日取りが決まられたようで、おめでとうございます」
次々と招待客が私とレオに挨拶に来た。
多分、私の品定めをしているんだろうな。
あわよくば自分の娘を側妃に…とか考えていそうだ。
レオも同じ事を感じたのか私の腰に手を回して自分に引き寄せた。
「私もようやく結婚が決まり嬉しく思っています。でも当日まで待ち切れるかどうか…」
これは…大好きアピールタイムですね!
「私も一日でも早く結婚したいですわ」
レオにしなだれかかり上目遣いで見つめると驚いたレオの顔がみるみる赤く染まった。
それを見た周囲の招待客がざわついた。
「本当に皇太子殿下はオリオル公爵令嬢の事が…!?」
「噂ではオリオル公爵令嬢が無理矢理婚約を迫ったと…」
「でも殿下はご自分から婚約を申し込んだって仰っていましたわ」
「じゃあ噂は…嘘?」
いやいや!めちゃくちゃ当人達に聞こえてますから!
レオ!しっかりして!演技だから!!
レオの袖をクイクイと引っ張ると我に返ったレオが咳払いをした。
「ではフィー。ダンスの時間になりましたので踊りましょうか」
その場から逃げるようにして立ち去った。
レオはダンスの間も上の空でいつものキレがなかった。
「どうしたの、レオ?具合でも悪いの?」
「具合は悪くないよ」
「もしかしてさっきの招待客達が言っていた事が気になるの?」
レオは私の事を好きだとは言ってくれたが、やはり悪女である私と噂されるのはいい気分ではないのだろう。
「今日、黒幕を捕まえたら決着が着くだろうからそうしたら結婚は白紙に戻してもいいよ。悪女と結婚すればレオの名声にも傷がつくかもしれないし」
「フィー。何度も言うけど私はフィー以外の令嬢とは結婚しないし、早く結婚したいとも思っている」
そのわりには浮かない顔だが…。
「私の悩みは別の事だよ」
「別の事?」
「…フィーとの約束を守れるか不安なんだ…」
「私との約束って?」
首を傾げる私にレオが溜息を吐いた。
「フィーが受け入れてくれるまでってやつ…」
ああ。あの嫌な事はしないって約束ね。
思い出した私にレオは苦笑いを浮かべた。
「大丈夫。ちゃんと約束は守るよ。フィーに嫌われたくないし」
愛おしそうに見つめられて恥ずかしくて思わず視線を逸らした。
そして意を決してポツリと呟いた。
「もう少しくらいなら…いいよ…」
レオの足が突然止まりバランスを崩した。
「急に止まらないでよ!」
ぷりぷりと怒ってはいるが内心、レオの胸中が推し量れず不安が押し寄せていた。
再び踊り出すもレオの顔が見られずに俯いた。
もしかしたら気持ち悪いとか思われてる!?
それならいいよ!別に婚約破棄したって私は…!
「本当にいいの?」
レオの呟きに顔を上げると真剣な顔のレオに見つめ返された。
「えっと…もう少しくらい…なら…」
私の言葉にレオの目が優しく細められた。
その顔はとても嬉しそうでトクトクと鼓動が速くなるのを感じたのだった。
予想外のアクシデントはあったが最後まで踊りきることができて胸を撫で下ろした。
「ごめんね。私の所為で…足くじかなかった?」
「大丈夫だよ。レオが支えてくれたから」
心配そうに見つめるレオに微笑み返すとまたしても周囲がざわついた。
「見ましたあの仲睦まじいお姿を!」
「ええ!とてもお似合いね!」
「オリオル公爵令嬢がお相手ならこの帝国も安泰だ」
高評価慣れしていないからめちゃくちゃ恥ずかしい!!
悪女と言われていた方が楽だわ!
予想外の周りの反応に戸惑いしかなく、私はレオを連れてそそくさとその場を後にした。
それにしても肝心のアンナが来ない。
代わりに現れたのは…。
「殿下。オリオル公爵令嬢。おめでとうございます。ヘルマン公爵の代理として招待頂きありがとうございます」
無表情のアルヴィドが挨拶に来た。
呼んだのは間違いなくレオだろう。
無表情だが来たくなかった空気が漂っている。
嫌なら来るなよ。
「ヘルマン公爵令息。よくお越しくださいました。楽しんでいらっしゃるかしら?」
レオの腕に手を回しレオに密着するとアルヴィドの眉が寄せられた。
「ええ。殿下があなたに恋情を抱いているとかいう面白い噂のおかげで楽しませて頂いております」
私の事が嫌いだという気持ちを隠しもしない。
「アルヴィド。それは事実だよ」
レオの言葉にアルヴィドは渋い顔をした。
「殿下。少しお話があります。よろしいでしょうか?」
アルヴィドが私を睨んだ。
「殿下。私は構いませんわ。どうぞ別室でお話しなさってきて」
護衛だらけだから大丈夫!と目で伝えるもレオは不安そうなままアルヴィドと会場を出ていった。
それにしてもアンナはどうしたんだろ?
「ブラッド。アンナを探してきてくれない?」
レオがアルヴィドと行ってしまったため、私の護衛に付いたブラッドに声をかけた。
「しかしお嬢様を一人にするわけには…」
「大丈夫よ。何かあれば叫ぶから」
心配そうに会場を離れるブラッドに苦笑いを浮かべた。
2人とも過保護だな。
再びアンナの姿を探して会場を見回していると会場の中をこっそりと覗き込むアンナの姿が目に入った。
声をかけようとするも私に気付かなかったのかそのまま廊下に戻っていってしまった。
見失ってしまうと咄嗟にアンナを追いかけて廊下を出ると、招待客の待機室にもなっている二階に向かっていた。
「アンナ?」
声をかけると驚いた様子でアンナが振り返った。
「ディスフィーネ様?本日は招待頂きありがとうございます。遅くなってしまい申し訳ありませんでした」
「どうして遅くなったの?」
私の問いにアンナは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ディスフィーネ様のお祝いの品を用意していて遅くなってしまいました。今から控室に取りに行こうと思っていたところなんです」
「私のお祝いの品なのでしょ?だったら私も一緒に行くわ」
アンナと共に控室に辿り着くとアンナが箱をテーブルの上に置いた。
取り出したその中身は…。
手作りケーキだった。
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