トラウマ
夕食後、自室に戻ると昼間のアンナと医者の発言の違いについて考えていた。
医者の話が本当なら、アンナは効果の強い薬または毒を作ろうとしていた可能性がある…。
そういえばレオの話で前回の時にアンナがマリレーヌに毒を盛られた事件があったって言っていたよね。
アンナが男の子を産んだことに嫉妬したとか…。
でもそれなら何でマリレーヌは子供の方を狙わなかったのかな?
レオに跡継ぎがいなかったから?
それにもう一つ引っかかるのはマリレーヌが妊娠していたとレオは言っていた。
自分の子供が男の子なら確実にマリレーヌの子供が跡継ぎになっていたはずなのに、レオの逆鱗に触れるような行いをあえてする必要があったのかな?
そうなるとこの事件によって得をした人物はアンナということになる。
もしかして服毒事件はアンナの自作自演だった?
今では確かめようはないけれど。
でも少なくとも今、何をしようとしているのかは分かるかもしれない。
そうと決まれば明日、確認しに行こう!
翌日。
昨日のアンナと出会った薬屋にやってきていた。
「昨日たくさん薬を買ったお嬢さんの事なら覚えているよ」
薬屋の店主が名簿を開いて見せてくれた。
そこに書かれていたのは『アンナ・ブリュエット・ベロン』ではなく『マリレーヌ・ルネ・ヴァロワ』と記されていた。
「ヴァロワ家のお嬢さんが家には内緒で買いたい薬があると言ってきたんだが…まさかアレを買っていくとは思わなかったよ」
私とブラッドは顔を見合わせた。
「あの…買った商品って何なんですか?」
店主は言いづらそうな顔をしていたが、私がオリオル公爵家の人間だからと特別に教えてくれた。
「ここだけの話なんだが、大量の避妊薬だよ」
避妊薬って子供が出来にくくなるっていう薬だよね!?
アンナ何かヤバい仕事でもしているのか?
「あの薬はとても高価な物だから年に数個しか売れないんだが、一度にあんなにたくさん買うとは…さすが名家のお嬢様は違うな」
本当の侯爵令嬢のマリレーヌなら可能だが、男爵令嬢のアンナにはとても買えない代物のようだ。
「ちなみにその買っていった避妊薬同士を混ぜるとどうなりますか?」
「あんなの混ぜたら一生子供が産めなくなるよ!」
店主はとんでもないと手を振った。
でも昨日のアンナはあれを調合すると言っていた。
嘘を吐いている可能性もあるが、それならむしろ調合の話はするべきではなかったよね。
「お嬢様。皇太子殿下にお話しすれば何に使うつもりだったのかベロン男爵令嬢を問い詰めることは出来ますよ」
ブラッドが私の耳元で助言してきた。
レオの話が出てふと思い出した。
そういえば前回の時はマリレーヌに子供が出来なくてアンナを側妃にしたと言っていたよね。
まさかその時も薬が使われていた?
いやでもアンナが皇后のマリレーヌに接触するのも難しいのに口に含ませるとなると至難の業だろう。
それこそチャンスを狙って一度だけ子供が産めないくらい強力な薬を使って…。
だから多量の避妊薬なんだ!
だとしたら今、大量に避妊薬を買う理由は…。
まさかアンナはそれを私に使おうとしているの!?
…ここで考えていても仕方がない。
とりあえずレオに前回、マリレーヌがアンナから貰った物を食べたかどうかを確認してみよう。
店主にお礼を言い外に出た。
まだ避妊薬を私に使うと決まったわけではない。
まずは前回の出来事を確認して…。
考え込みながら歩いているとブラッドが静かに声をかけてきた。
「お嬢様…そのまま歩き続けて下さい。誰かに付けられています」
え!?思わず止まって確認しようとする私をブラッドが体で押した。
「振り返らないで下さい。合図をしたらそこの角まで走りますよ」
なんかこれ、映画のワンシーンみたい!
ワクワクしながらブラッドの合図を待った。
「今です!」
ダッシュして角を曲がるも曲がった先で別の男が私を捕まえた。
「動くな!」
捕まえた男が私の首に短剣を突きつけた。
だがブラッドも私もとても冷静だった。
いや、むしろ私は興奮していた。
なぜなら…待っていましたこの時を!!
相手の手首と拳を掴んで肩を上げ、外側に大きく一歩踏み出すと脇に隙間が出来た。
今だと隙間から抜け出し、相手の背後に回り込むと相手の腕を後ろでガッチリ抑えた。
ブラッド直伝『背後から相手に刃物で脅された時の対処法』…長いわ!
「動くな!!」
今度は私が脅すと相手は一瞬怯んだが、結局襲えばいいんじゃね?と気付いたのか一斉に襲って来た。
「助さん、やっておしまいなさい!!」
ここは格さんも欲しいところだ。
助さんが自分の事だとは夢にも思っていないブラッドは私が捕らえられていなければ相手にならないのだろう。
あっという間に制圧した。
私が掴んでいる最後の一人を手刀で気絶させるとブラッドは剣を収めた。
「護身術が役に立ったでしょ!」
ドヤ顔でブラッドに自慢するとブラッドは呆れた顔をした。
「そもそも危険な事に首を突っ込まなければ必要のない術ですよ」
こうして賊達は全員警備兵に引き渡した。
さて…私を狙った犯人は誰かな?
その夜。
「フィー…。私は余計な事を考えるなと忠告したはずだよ」
ただいま状況を聞いて公爵邸に駆け付けたレオの説教タイム中だ。
「でも犯人は私の命を狙っているんだよ。犯人を見つけない限り私に平穏は訪れないでしょ」
「…だからってフィーが直接動く必要はないだろう」
「自分の事なんだから気になるのは当然だよ。それにこうやって外を出歩いたから賊も捕まえられたんだし」
「それで危険な目にもあっている」
「大丈夫だよ。ブラッドもいたし、私も護身術で賊を取り押さえたんだよ」
興奮気味に話す私にレオは溜息を吐いた。
「今回は上手くいったけど、いつも上手くいくとは限らないだろ。それにフィーに何かあったら私は自分が許せない」
「これは私の問題なんだからレオが責任を感じる必要はないよ」
「フィーは私の婚約者でもうすぐ皇太子妃になる人間なんだよ。自分が犯人を見つけられないせいでフィーを危険な目に合わせたとなったら…」
レオが辛そうに俯いた。
「大丈夫だよ。私に何かあっても皇太子妃になれる令嬢は他にもたくさんいるし、それにレオはレオで私は私で犯人を捜した方が早いでしょ」
「私はフィー以外の令嬢と結婚するつもりはない」
確かにオリオル公爵家の令嬢は結婚相手としては最適な相手だ。でも…。
「政略結婚なんだし、そこまで私にこだわる必要はないと思うよ」
私の言葉にレオが驚きと悲しみが入り混じったような表情で顔を上げた。
なんでそんな顔するの?
「私は本気でフィーの事が好きなのにフィーはどうしてわかってくれないんだ!」
「レオが本気かどうかなんて私には分からないもん!」
レオの顔が歪んだ。
「突然優しくされたって冗談だろうって思っていたし、あの代名詞みたいな『愛しの』だって周りに怯えさせるために使っていたんでしょ?レオが私のどこが好きなのかとか全然わからないよ」
おかしいな…胸が苦しい…。涙が込み上げてくる。
酸欠になりそうな頭を覚ますため歯を食いしばった。
そして言いたくて言えなかった言葉を口にした。
「だって私はレオに嫌われていたのだから…」
そうか…私はレオに嫌われていることを自覚するのが怖かったんだ…。
レオが突然優しくなって、いらなくなったらまた嫌われるんじゃないかって。
だからレオの優しさが受け入れられなかったんだ。
ようやく気付いた自分の不安の正体に目から涙が伝い落ちてきた。
私はレオが好きなんだ。
涙が止まらず泣いている私をレオが優しく抱きしめてくれた。
「自分の行動がフィーを不安にさせていたとは思わなかったよ。今は受け入れてくれないかもしれないけど、これだけは信じて欲しい」
耳元で囁くレオの声がとても優しくて涙が止まらない。
「私はフィーの事が好きなんだ。もう二度と嫌ったりはしないよ」
顔を上げるとそこには少し困ったような優しい顔のレオがいた。
私はいつかこの人の言葉を素直に受け入れられる日が来るのだろうか。
でも今はこの人を信じたい。
私はレオの胸に顔を埋めたのだった。
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