危険な買い物にご用心
「あんなところに男性用下着があるなんて思わないでしょ!!」
「お嬢様!声が大き過ぎますよ!」
店を出た私の手には今すぐにでも手放したい紙袋が。
「俺の忠告も聞かずに行儀の悪いことをするから天罰が下ったんですよ」
盗み聞きの天罰にしては重くない?
みんなに見られたんですよ。
真っ赤な男性用下着を購入する令嬢の姿を。
この紙袋の中身を一刻でも早く燃やさねばと馬車まで歩いていると前方の店から見知った顔の女性が紙袋を手に出てきた。
「アンナ?」
私が声をかけると驚いたアンナが手元の紙袋を地面に落としてしまった。
慌てて駆け寄りぶちまけた中身を拾うのを手伝った。
「これは…薬?」
散らばったのは色とりどりの液体が入った小瓶だった。
小瓶の一つを拾い上げて中身を見ているとアンナが私の手から奪うようにして小瓶を袋にしまった。
「ディスフィーネ様のお手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした!」
怯えた様子のアンナが私に頭を下げた。
なるほど。悪女の私に手伝わせたことを恐れているのか。
いじめるつもりなら最初から手伝わないし。
そもそも前回の私なら手伝うどころか足で小瓶を踏み潰しているから。
「全然気にしないで。急に声をかけた私も悪かったんだし。それより沢山薬を買ったんだね」
「あ…これは最近胃が痛いと言っている父のもので、混ぜて調合するために種類が欲しかったんです」
この世界で薬を飲んだことがないから分からないけど、一粒で沢山の薬品が凝縮されている日本の飲み薬のような物を作るって意味なのかな?
あれを色々混ぜるんだよね?量、多くない?
そう思うとやっぱり日本の技術って凄いな。一粒で済むから。
「ディスフィーネ様も買い物ですか?」
アンナが私の手元にある話題に触れてはいけない紙袋に視線を移した。
中身を見られたら…ヤバい!!
「こ…これは…ブラッドのだから!!」
咄嗟に隣に立つブラッドの胸に紙袋を押し付けた。
これにはさすがのブラッドも呆れ返っていた。
アンナもブラッドの荷物を何故私が持っていたのか不思議そうな顔をしている。
「それより呼び止めて悪かったわね。気を付けて帰ってね」
これ以上ボロが出ないうちにお引き取り願おう!
アンナに帰るよう促すと頭を下げて帰って行った。
危なかった…。
「俺を巻き込まないで下さい」
ブラッドが大きな溜息を吐いた。
「まあまあ。主従関係の私達は言わば運命共同体でしょ。ブラッドが困った時は助けてあげるから。それに良かったらそれあげるわよ」
さりげなくブラッドに贈り物と称して押し付けてみた。
「俺はこんな趣味の悪い色の物は着用しませんから」
趣味悪いってなんだ!
赤はお前の主の色だぞ!
「こんなところで何をしているのかな?フィー」
ブラッドの言葉に憤慨していると背後に今一番会ってはいけない人物の声が聞こえてきた。
震えながら恐る恐る振り返ると…笑っているのに怒ってる!!
全身の冷や汗が止まらない。
いや!私は買い物をしていただけだ!何もやましいことは…。
紙袋の中身!!
買い物に来たと伝える→何を買ったのか問い詰められる→紙袋が目に入る→中身を確認される→ブツ発見!!
なんとしてでも阻止しなければ!!
「わ…私は…そう!市場視察です!!」
タイヤ事業のこともバレてるし新しい事業を考えていることにすれば…。
「へぇ。市場視察…ね」
目を細めたレオの視線がブラッドの持つ紙袋に!
隠さねば!!
紙袋の前に出ようとした瞬間、ガサリという音と共に淑やかに前で組んでいる手に違和感が…。
視線を落とすと…。
淑やかな手に淑やかじゃない物が戻ってきた!?
ブラッドが持っていたはずの紙袋が私の元に返ってきていたのだ。
しかもブラッドの前に出た事で紙袋が一歩レオに近付いてしまった。
これは大ピンチ!!
私は瞬時に紙袋を後ろに隠した。
「フィー。その紙袋の中身は何かな?」
「ただの布切れです」
まだ未使用なので。
「ただの布切れなら私に見せられるよね?」
手を出すレオから視線を逸らした。
「皇太子殿下にお見せするような代物ではありませんので…」
だって形は男性用下着ですから。
「私達はもうすぐ夫婦になるんだ。見せられないような物などないはずだよ」
夫婦にだって見られたくない物の一つや二つはあります。
例えば…今のこの紙袋の中身とか。
「…フィーがたとえそれを買ったとしても私への贈り物なら喜んで受け取るよ」
レオの言葉に固まった。
まさか…中身をご存じで?
「でも他の男性へ贈るなら…話は別かな」
これは絶対知ってるやつだ!
あいつらレオに報告したのか!?
この報告いらないだろ!
「さて…フィー、どうする?」
手を引っ込めないということは完全に渡せって事ですよね。
観念した私はのそっとレオの手の上に紙袋を置いた。
レオは静かに紙袋を開けて中身を確認した。
恥ずかし過ぎて穴があったら入りたい…。
「なるほど…」
無表情で納得しないで下さい…。
レオはそのまま紙袋を閉じた。
「これは初夜の日にでも使わせてもらおうかな」
初夜の日にまで今日の黒歴史を思い出せと!?
鬼畜過ぎるだろ!!
こうして無事?レオに押し付ける形で問題は解決した。
新たな問題はもう一度ご対面する日がくるかもしれないということだった。
くそっ!ブラッドめ!!
レオと別れた帰り道。ブラッドを睨んだ。
レオに睨まれて主を売るとか有り得ん!
「お嬢様と俺は運命共同体なんですよね?しかも俺が困った時は助けてくれるって仰っていたではないですか。その時がまさにあの時です」
あの時は私もピンチでしたけど!?
「どちらにしても殿下はご存じだったようですし、解決して良かったではありませんか」
真の解決ではないですけどね!
下手をすれば私はもう一度あいつと出会うことになるんだからな!
しかも今度は着用済みの完成形で!
今度から商品を買う時はちゃんと確認してから買おう。
フィーは一つ賢くなったよ。
ぐったりと疲れて帰ってきた夜。
「今日は少し頭が痛いな…」
夕食時、父がこめかみを押さえながら眉間に皺を寄せていた。
「あなた、大丈夫?誰かお医者様を呼んできて」
母の言葉に使用人達が慌ただしく動き始め、すぐにオリオル公爵家お抱えの医者がやってきた。
「う~ん…。これは疲れが溜まっているのかもしれませんね。痛み止めの薬を出しますので今日はゆっくり休んで下さい」
そう言うと医者はカバンから昼間見たような小瓶に入った液体を取り出した。
それを一滴お茶に垂らすと蓋を閉めた。
「あの、先生」
私が声をかけると医者が振り返った。
「薬って調合して使うのにそんなに少ない量で大丈夫なんですか?」
「ああ。調合と言っても薬は薬草の段階で調合するからこれはもう完成している物なのですよ。たくさん入れると効きすぎてしまうのでこのくらいの量で十分なんです」
医者の言葉に耳を疑った。
液体では調合しない?
「あの!液体の薬同士を調合したらどうなるのですか!?」
私の剣幕に医者も驚いたようだったが丁寧に教えてくれた。
「それはとても危険ですよ。効果も増してしまうので治すどころか悪化してしまう可能性もありますし、組み合わせによっては毒にもなりますから」
だとしたら昼間のアンナの発言は…嘘…だったの?
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