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粛正(レオナール視点)

 廊下に出ると私を見つけたアンナが小走りで駆け寄ってきた。


「あの…これを殿下に渡すようにディスフィーネ様に命令されました」


 アンナの物言いに一瞬眉を寄せた。

 私の不快な感情に全く気付いていないアンナから手紙を受け取ると中を確認した。

 逃げられたか…。

 険しい顔で手紙を読んでいるとアンナが目を潤ませながら訴えてきた。


「私、先程ディスフィーネ様にお叱りを受けてとても怖い思いをしました…」


 この手紙の内容から考えてもディスフィーネはアンナを叱ったのではなく励ましたのだろう。

 アンナの言葉に心が冷えた。


「パートナーのアルヴィドに屋敷まで送らせます。今日はもう帰られた方がいい」


 私の袖を掴もうとするアンナに触れさせないよう距離をとり、その場を離れた。



 アルヴィドを探しに廊下を歩いていると少し開いた扉から女性達の話し声が聞こえてきた。


「ディスフィーネ様にも困ったものね…」


 ディスフィーネの名前が聞こえてきて思わず立ち止まった。


「全くです!やはり皇太子妃はマリレーヌ様しかおりませんわ!」

「そうね…私が皇太子妃になったらディスフィーネ様を一から教育して差し上げないといけませんわね」

「さすがはマリレーヌ様!私達一生マリレーヌ様についていきます!」


 まだ婚約者にもなっていない身分の者が何を言っているのだと気分が悪くなった。

 だがこれは良い事を聞いたかもしれない。

 私は中にいる人物達をこっそり確認するとその場を離れた。



 これからの事を考えながら廊下を歩いているとアルヴィドが前から歩いてきた。


「アンナ嬢を屋敷に送り届けたら、すぐに執務室に来てくれ」

「何かあったのですか?」

「これから一働きしてもらうからそのつもりで」


 私は頬を引きつらせるアルヴィドを残し執務室へと急いだ。



 数刻後、溜息を吐きながら現れたアルヴィドに6枚の手紙を渡した。


「朝一で婚約の品を持ってオリオル公爵家に行ってくれ」


 予想はしていたが再びアルヴィドの頬が引きつった。


「残りの手紙は婚約者候補2人宛とマリレーヌ派の令嬢3人宛だ。この3人の手紙は他の者に届けさせても問題ないから」

「殿下…本気なのですか!?」

「普通の貴族令息じゃないんだ。冗談でこんなことはしない」

「ベロン男爵は問題ないかもしれませんがヴァロワ侯爵は黙っていませんよ?」

「問題ない。お前は何も心配せずに言われた通り動いてくれ。あとは私が処理するから」


 アルヴィドは一度深い溜息を吐くと執務室を出て行った。

 さて、私も愛しの婚約者に会う準備でもしようかな。



 フィー呼びを許して貰えた帰り道。

 私は馬車の中で己の心を鎮めるために深い溜息を吐いていた。

 あれはかなり危険だ。

 先程のフィーとのやり取りを思い出し、にやけそうになる顔を引き締めるため再び溜息を吐いた。

 咄嗟に伸びをして誤魔化したが…思わず抱きしめたい衝動にかられてしまった…。

 制御の利かない両手を見つめて再三の溜息を吐いた。

 今から大物との戦いが控えているっていうのに…にやけたらどうしよう…。

 皇城に到着するまでの間、悶々とする気持ちを落ち着かせようと溜息を吐き続けたのだった。



 執務室に到着早々やってきたのは予想通りヴァロワ侯爵だった。


「殿下。ふざけていらっしゃるのですか?」


 侯爵は私が書いた手紙を取り出しひらつかせた。


「ふざけてなどいませんが?」


 不躾な態度の侯爵に毅然とした態度で対応した。


「娘は婚約者候補だったのですよ!それなのに婚約者候補でもないオリオル公爵令嬢を婚約者にするなど…!侮辱するにも程がある!!」


 烈火の如く怒る侯爵を冷やかな目で見つめた。


「昨夜、マリレーヌ嬢が他の令嬢達になんと言っていたかご存じですか?」


 事情を知らない侯爵は眉を寄せた。


「自分が皇太子妃になったらオリオル公爵令嬢を教育し直すと…」


 私は立ち上がるとゆっくり侯爵に近付き、侯爵の肩に手を置きながら真横で立ち止まった。


「まだ私の婚約者にもなっていない立場で皇太子妃気取りになっていただけでなく、自分よりも身分の高い公爵令嬢を侮辱するような発言は…どう説明されるおつもりですか?」

「そ…それは…周りに乗せられて仕方なく…」


 侯爵も気付いている。

 そんな言い訳が通用しないことを。


「周りに乗せられて…ですか。周りに乗せられたらどんな発言をしても許されると?たとえそれが国の危機をもたらすようなものだとしても?」


 そう。相手はあのオリオル公爵家だ。

 昨日のマリレーヌの発言を公爵が聞いていたとしたら…ヴァロワ侯爵家はただでは済まないだろう。

 それほど安易な発言をマリレーヌはしてしまっていたのだ。


「本来なら周りを粛正するべきところを身分も弁えず周りに流されて…。そんな者が皇太子妃になるなど以ての外ではありませんか?ねぇ、ヴァロワ侯爵」


 横目で全身が小刻みに震えているヴァロワ侯爵の様子を窺った。


「こ…このことは…」

「もちろん。オリオル公爵には黙っておきますよ。だが…次、同じような事があればその時は保証し兼ねますけどね」


 にっこりと笑いながら侯爵の肩から手をどかした。

 すると圧から解放された侯爵は流れ出る汗をハンカチで拭いながらそそくさと退室していった。


 さて…次の獲物はどいつかな?


 次に入ってきたのはベロン男爵だった。


「殿下。手紙を拝見しましたがいくらなんでも酷すぎませんか?」


 こちらはすでに汗が噴き出している。


「昨夜、アンナ嬢はオリオル公爵令嬢に励まされたにもかかわらず、怖いと泣いておられました。その程度で泣いているようでは皇太子妃は務まりませんよ」


 私との謁見だけで緊張しているのだろう。

 たった一言でペコペコと頭を下げて退室していった。

 全く不甲斐ない。


 最後に執務室に通されたのは3人の令嬢達の父親だった。


「殿下!1年も娘の社交界の出入り禁止はさすがに罰としては度が過ぎています!」


 3人いるから若干強気だな。


「そうですか?私は一生でもいいと思っているのですが?」


 にっこりと笑うと3人は口を開けて唖然とした。


「しかし私の可愛い婚約者のディスフィーネにやり過ぎだと怒られてしまいまして…。せっかく婚約関係になれた彼女に嫌われたくはありませんし、今回はディスフィーネの優しさに免じて許してあげてもいいですよ」


 3人は目を輝かせてコクコクと頷いた。


「彼女はこんなにも優しいのに…どこで悪い噂が立っているのやら。一度調査してみたいですね」


 3人を一瞥すると瞬く間に顔面が蒼白になった。

 百面相が面白いな。


 これで少しは彼女の悪い噂が消えるだろう。

 私は再びフィーの可愛いお願いを思い出してにやけたのだった。



 フィーと婚約してからは毎日のようにオリオル公爵邸に通っている。

 なぜならば…フィーから会いに来てくれないからだ。

 それどころか私に内緒で他の令息達と出掛けようとまでしていたのだ。

 毎日会っておかないと気が気ではない。



 執務室から外の景色を眺めていた。

 いよいよ来年か…。

 前回のディスフィーネが殺された時期が近付いていた。

 同じ事が起こるとも限らないが…。

 ディスフィーネを殺した剣を所有する騎士を監視してはいるが、特に変化は見られない。

 マリレーヌを婚約者候補から排除したことで何か仕掛けてくるかもと思っていたのだが。


 そんな心配をしていた矢先にフィーが初めて私に会いに来てくれたのだ…残念な知らせを持って。

 フィーの公爵領行きを許した直後にブラッドに手紙を送るとすぐに駆け付けた。

 時間もなく人払いをすると早速本題に入った。


「以前話したフィーの専属騎士の件なのだが…」

「お受け致します」


 あっさりと返答するブラッドに以前のような迷いは感じられなかった。


「侯爵はなんて?」

「勘当されました」


 フィーのために全てを捨てたのか。


「ならばフィーが私の妃になった暁には、お前に伯爵位が下賜されるよう進言してやろう」


 これがどういうことを意味するのか分からないブラッドではない。

 爵位があれば堂々と皇太子妃の傍で護れるということだ。


「だから全力で彼女を護れ」


 私は用意していた鳥をブラッドの前に出した。


「これは?」

「この鳥は皇族だけが知る伝書用の鳥だ。皇都の方に向けて飛ばせば必ず私の元に帰ってくる」


 この鳥は天敵から身を守るため巣穴を数個保有する習性がある。

 そのため放たれた鳥は自分の保有する巣穴から一番遠い巣穴に向かって飛んでいくのだ。

 私の鳥は2つの鳥籠を巣穴として認識しているため、1つをオリオル公爵領に置いておけばたった1日で手紙が行き来するというわけだ。


「いいか。どんな些細な事でも構わない。お前がおかしいと感じたら直ぐに飛ばせ。特に来年の春は気を付けてくれ」


 来年の春の意味が分からないブラッドは一瞬戸惑っていたが直ぐに姿勢を正して頷いた。



 フィーがオリオル公爵領に行き1年後。私が19歳になった春。

 伝書用の鳥が持ってきた手紙には『皇太子殿下の伝令により急遽皇都に戻ります』とあったのだった。





読んで頂きありがとうございます。

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