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恋煩い(レオナール視点)

 皇帝にオリオル公爵領の観光案内の視察をしたいと申し出ると許可が下りた。

 早速前オリオル公爵に手紙を送り視察をしたい旨を伝え、現在のオリオル公爵領について調べた。

 調査した紙には観光案内は前オリオル公爵が新事業として立ち上げたと記されていた。

 だが腑に落ちなかった。

 なぜなら前回の時はこんな事業はなかったからだ。

 ルビーにこだわりルビーの採掘に力を注いできた前公爵が新事業を思いつくとは思えない。

 高笑いするディスフィーネの顔が浮かびあがり思わず眉をひそめた。


 ディスフィーネとは6年間婚約関係を続けていたが…当時は頭痛の種以外の何者でもなかった。

 私にあたり散らすくらいは我慢できる。ブラッドが追い払ってくれていたし。

 問題は癇癪を起すとところかまわず暴れ出すことだ。

 それが重要な書類が散乱する執務室だろうが、庭師が丹精込めて育てた庭園だろうが、他の貴族達が集まる夜会だろうが…。

 そしてさらに問題だったのは他の貴族令嬢に対する嫌がらせだ。

 当時はこんなディスフィーネに嫌気がさしていたのは事実だ。


 だがディスフィーネが殺され私は本当の悪を知った。

 ディスフィーネは確かに我儘で傲慢なところはあるが裏表がない。

 自分の気に入らないことははっきりと言い、いつも感情剥き出しでわかりやすかった。

 だから今ではそんなディスフィーネを愛せるかもしれないとも思っている。


 やはりディスフィーネを婚約者にしよう。

 そう決意し公爵領に向かった。



 到着して私は信じられないものを目にした。

 けばけばしさを微塵も感じさせない清楚な服に緩やかなカールがさらに可愛さを際立たせている。

 以前は吊り上がっていた目もどことなく優しさが滲み出ていた。

 これは本当にディスフィーネなのか!?

 全くの別人ぶりに驚く反面、胸がときめいた。

 凄く…好みだ…。

 先に言っておく!断じて少女好きというわけではない!

 ディスフィーネの事をもっと知りたい。

 私の中で何かが変わった瞬間だった。



 視察の帰り、馬車の中で今日のことを振り返っていた。

 ディスフィーネが明らかに以前のディスフィーネとは違うということだ。

 過去に戻ってきた私でさえ根本は何も変わっていないのに…ディスフィーネは別人と思わせるくらい人が変わった。

 私の知るディスフィーネは平民の子供を助ける為に身を投げ出すような人物ではない。

 むしろムチで叩く側の人間だ。

 想像して思わず頷いてしまった。

 だが時折演じる悪女の振りは以前のディスフィーネを彷彿させる。

 一体彼女に何があったんだ?


 そしてもう一つ変化があった。

 それはブラッドだ。

 彼は他人に対して淡泊な人間ではあるが、自分が護ると決めた相手は徹底的に護り通す男だ。

 それは最側近として傍においていた私が一番よく分かっている。

 そしてブラッドは悪女と名高かった以前のディスフィーネを…物凄く嫌っていた。

 だが今回は違った。

 同じ悪女と噂が流れているディスフィーネを護った。

 そして夢だった近衛兵の誘いも断った。

 ブラッドにとってもしかしたら今のディスフィーネは…。

 嫌な予感に首を振った。


 彼女を婚約者にしたいという気持ちは大きくはなったが…。

 私といる時の怯えた様子の彼女を見て思いとどまった。

 とにかくもっと彼女を知る事から始めよう。



 オリオル公爵領の視察から半年が経った。

 皇都でのディスフィーネの悪い噂は絶えない。

 なぜオリオル公爵が黙認しているのかは分からないが、少なくとも私は彼女が噂通りではないことを知っている。


「殿下。先日のお茶会で評判だったお茶は如何でしょうか?」


 穏やかな綺麗な笑みを浮かべるマリレーヌに対し心の中で溜息を吐いた。

 ディスフィーネを悪く言っているのは恐らくマリレーヌだ。

 帝国一の公爵令嬢を陥れることで皇太子妃は自分しかいないと周りに思わせるためだろう。


「殿下。私はお菓子を作ってきたので召し上がって下さい!このお菓子、難民の方達にも評判なんですよ!」


 難民の話を出す事で自分の行いを評価して欲しいといったところか。

 クッキーを差し出すアンナに微笑み一口含んだ。

 …オリオル公爵領で食べたケーキの方が断然美味い。

 どうにも2人の行動が打算的に思えてならなかった。



 そんな中、ある噂が耳に飛び込んできた。

 それはブラッドの想い人が観光案内所に勤める少女だという噂だ。

 思わず執務机に額を打ち付けた。

 直感というか絶対その少女はディスフィーネだろ!

 急いで状況を確認しなくては!


 早々に執務を片付けた私はオリオル公爵領に向けて馬を走らせていた。

 前回は執務で手一杯だったが、皇帝を経験した今では皇太子の執務など問題にならない。

 前回では起きていた問題も事前に修正し改善案も提出しておいた。

 そのため数日くらいは皇城を離れても問題なかった。


 途中馬を交換しながら走らせること2日。

 目的のオリオル公爵領に到着した。

 観光案内所に向かう前に身元が判明しないようにかつらと眼鏡を装着した。

 実は皇室では代々お忍び用の名前がある。

 シル・エーデル・ブルート。セカンドネームの愛称に『高貴なる血』の意味を持つ名前を組み合わせたものがそれだ。

 一部の上流貴族だけが知っている私のお忍び用の名前だ。


 徒歩で向かっていると観光案内所の前に豪華な馬車が止まり、中から偉そうな令息達が降りてきた。


「今日こそあの女を俺の専属使用人にしてやる」

「でもローディン侯爵令息がいつも傍にいるから近付けないですよ」

「だからお前達を連れてきたんだろ」


 この会話だけで何を意味しているのか察した。


「君達」


 穏やかな表情で令息達に近付くと3人は訝しそうにこちらを見た。


「君達が話していたのは赤い髪の従業員さんの事かな?」

「なんだ、お前は」

「一生懸命仕事をしている女性の邪魔をするのは感心しないな」


 私が警告すると令息達が睨んできた。


「俺は伯爵家でも皇室に仕える家柄なんだぞ。その俺に楯突けばどうなるかわかっているのだろうな」


 是非その家柄を教えてもらいたいものだ。

 私が不敵に笑うと令息達が怯んだ。

 そんな令息達の横を通り過ぎながら彼の肩に手を置いて耳元で囁いた。


「彼女に手を出すなら相応の覚悟をしておけ」


 肩にかかる圧が強かったのか、低めの声が怖かったのかはわからないが腰が抜けた令息はその場に座り込んだ。

 私はその姿に満足するとそのまま観光案内所に入って行った。

 所詮は小者。これで彼女に手を出そうなどと無謀な事は考えないだろう。



 2回の観光案内を通して自覚した。

 自分はディスフィーネの事が好きなのだ。

 確かにアンナに好意を抱いていた時期もあった。

 だがディスフィーネといるとそれとは違う感情が湧き起こる。

 嬉しい感情も醜い感情も彼女の行動一つで簡単に揺れ動かされてしまう。

 これが俗に言う『恋煩い』というやつか…。


「最近ため息が多いですね」


 どうやら気付かぬうちに溜息を吐いていたようだ。

 心配したアルヴィドが声をかけてきた。

 こいつに相談するか?アルヴィドを見上げて頭を振った。

 その私の反応に何か失礼な事を考えていると察したのか怪訝な顔をされた。


「それよりも例の物は用意できたのか?」

「こちらに届いております」


 アルヴィドは隅に置かれていた大きな箱を私の前に差し出した。


「…殿下。本気なのですか?」


 アルヴィドが言いたいのは今度の社交界デビューの件だ。


「ああ。そのために婚約者候補達には他のパートナーも用意した。お前もアンナ嬢のパートナー頼んだぞ」

「…私は反対です。確かにオリオル公爵令嬢は政治的な観点では最適な相手です。しかし世論が…」

「アルヴィド。宰相になる男が噂に惑わされてどうする」

「私が言いたいのはその噂を信じている世論の反発が心配なのです」


 これに関してはオリオル公爵が動けばすぐに封じる事が可能だ。

 だがそれをしないのは恐らくディスフィーネ自身がそれを望んでいないから。

 二度参加した観光案内、そして公爵領の視察を通して彼女が怯えているのは自分(皇太子)だと確信した。


 彼女は私の専属騎士の剣で殺されている。

 私に恐怖するのは当時の記憶があるからだろうか。

 机に置かれた箱を撫でた。

 これで彼女に記憶があるのかを確認できればいいのだが…。



 結果、彼女はドレスの事については触れてこなかった。

 それどころかブラッドを名前で呼んでいることに嫉妬して怖がらせてしまった。


 そして私は今…鬱陶しい貴族の男に捕まっている。

 ディスフィーネにも逃げられるしこの男、爵位剥奪してやろうか。

 思わず私情を挟んでしまった。


 ようやく解放されるとバルコニーから空を眺めているブラッドの姿が目に映った。


「マリレーヌ嬢はどうしたんだ?」


 声をかけるとブラッドは私に挨拶をした。


「今は他の令嬢達と控室に行っております」


 前回はマリレーヌ一筋だった男が…変わったものだな。

 いや。ディスフィーネが変えたのか。

 私はブラッドの横に立ち空を眺めた。


「何か悩みでもあるのか?」


 ブラッドが言葉に詰まり私から視線を逸らした。


「おおかたディスフィーネ嬢のことかな?」


 ディスフィーネの名前を出すとブラッドが顔を上げた。

 ブラッドはディスフィーネの事が好きなのだろう。

 だが結婚という形をとれば彼女と一緒に暮らせるが彼女を傍で護ることが出来なくなる。

 今、一日中彼女を護れるのはひとえに()()だからだ。


「私は彼女を皇太子妃にするつもりだ」


 迷うブラッドに引導を渡してやるつもりで伝えると、ブラッドの目が見開かれた。


「もしお前が彼女に騎士の誓いを立てるなら、彼女が私の妃になった後も彼女の専属騎士として傍で護ることを許可しよう」


 先程まで濁っていた目に光が宿った。


「彼女が私の婚約者になれば彼女を消そうとする者が現れるだろう。私にとってお前ほど信頼して彼女を任せられる者はいない。良い返事を期待しているぞ」


 私はブラッドをその場に残し会場を後にした。





ブクマと評価を付けて下さっている皆様、ありがとうございます。

また沢山の『いいね』もありがとうございます。


無事20話まで投稿することが出来ました。

そこで現在の『いいね』ランキングを発表したいと思います。


1位 皇太子の婚約者←フィーが令嬢達を突き放したのが良かったのでしょうか

2位 甘いキス←これが伸びてくれて本当に良かったとホッとしています

3位 タイヤのためならば←予想より低い結果に作者の恋愛物が大丈夫かちょっと心配になりました


最下位は『プロローグ』でした。ですよね。

しかし他に離されないよう『いいね』を付けて下さっている方もいらっしゃるので嬉しい限りです。


投稿を楽しみにして下さっている皆様には大変感謝致しております。

レオナール視点も何とか3話で納めましたので明日までお付き合い頂けると幸いです。


読んで頂きありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「私は彼女を皇太子妃にするつもりだ」  迷うブラッドに引導を渡してやるつもりで伝えると、ブラッドの目が見開かれた。 相手の気持ちを全く考えない、傲慢な考え方は抜けないね。
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