悪女の前々世
少し一人になりたいと起こしに来てくれた使用人を部屋から追い出し頭を抱えた。
先程まで普通に日本で生活していた記憶がある。
そして…。
恐る恐る鏡を覗き込んだ。
鮮やかな赤い髪に吊り上がった赤い瞳。
幼さが残るその顔にはすでに我儘感が滲み出ている。
そう。私、ディスフィーネ・フェリシー・オリオルは大悪女として有名な公爵令嬢なのだ。
名前からしてディスっている。
そんな私の悪女としての所業は数知れず。
最後は私を嫌っていた婚約者の皇太子レオナール・シルヴェスト・セネヴィルによって殺された…はずだった。
その私が子供に戻っている。
どういうこと??
痺れを切らした使用人が扉を叩いた。
「お嬢様。そろそろ準備をなさらないと皇太子殿下のお茶会に間に合いませんよ」
皇太子のお茶会…だと!?
ということは現在12歳ということか。
私が皇太子の婚約者になるという一つのターニングポイントでもある。
実はこのお茶会は皇太子の婚約者を決めるという所謂『お見合いパーティー』なのだ。
令嬢側は一択しかないけどね。
このお茶会で皇太子に一目惚れした私が親に無理を言って婚約者にしてもらった忘れたい黒歴史の一つでもある。
だが自分が望まなければ婚約者にもならず殺されることもないのでは?
ふむふむ…。
再び考え込んでいると使用人が焦り始めたのか強めに扉を叩いてきた。
「どうされたのですか!?具合でも悪いのですか?」
その声に焦りが出ている。
私が扉を開けると怯えた表情の使用人と目が合った。
そうか…私、使用人にも怖がられているのか…。
なんでもかんでも気に入らないとクビにしてきたからな…。
社畜時代を思い出し、あの頃の上司はまだまともだったと同期達と愚痴を言っていた事を心の中で謝罪した。
「準備を手伝ってくれるかしら。ド派手に行くわよ!!」
ド派手なドレスに身を包んだ私は会場でもある皇城に到着した。
というよりもド派手なドレスしかなく気合を入れなくてもド派手になっていたのだが。
23年と18年を足して41年の記憶がある私にはこの格好はきついわ。
「ディスフィーネ様、ご機嫌は如何ですか?」
ド派手なドレスにげんなりしている私に声をかけてきたのは、皇太子の婚約者に最も近いと囁かれているマリレーヌ・ルネ・ヴァロワ侯爵令嬢だ。
おしとやかで清楚な感じの彼女は男も女も虜にする、私とは真逆のヒロイン的な存在だ。
「今日は皇太子殿下にお会いするため気合を入れてきましたわ」
鼻高々にドヤ顔しているが内心では恥ずかしい。
「さすがディスフィーネ様ですわ。今日も素敵なドレスですね」
23年、日本で人の顔色を窺ってきた経験は伊達ではない。
にこりと可愛く笑っているが内心は馬鹿にしている気がする。
不本意だが、今はこれでいいのだ。
前世で読んだ悪役令嬢系は大抵記憶が蘇ったあとに違う行動をして死亡フラグに気に入られる展開になる。
だから私は敢えて前の時と同じように振舞い、婚約者候補から外れることを考えた。
名付けて『完全に嫌われよう!』作戦だ。
悪女感を出さずに関わらないようにすることは簡単だ。
だが万が一という危険がある以上『絶対こいつは嫌だ!』と思わせる必要がある。
そこで重要になってくるのがこのド派手なドレスと傲慢な態度だ。
さあいつでもかかって来い!
気合を入れていると令嬢達の色めき立つ声が聞こえてきた。
現れたな!諸悪の根源!
振り返ると私より一つ年上の金髪に緑がかった金色の瞳の皇太子が姿を見せた。
今はまだあどけなさが残るが、私が18歳の時には帝国一の美形と称されていたほどの人物だ。
令嬢達が色めき立つのも、前回の私が一目惚れするのも理解できる。
だがしかし!今の私にはこの世界で一番の危険人物なのだ!
私はドカドカと他の令嬢達を押しのけて皇太子の前に立ちカーテシーした。
「皇太子殿下にご挨拶させて頂きますわ。私はオリオル公爵の娘のディスフィーネ・フェリシー・オリオルと申します。殿下のご機嫌は如何かしら?」
髪を後ろに払いながら顎を上げて見下ろすような視線を向けた。
本当はもっと丁寧に挨拶しなければいけないのだが、傲慢な子供の設定だからこれで良し!
前回と同じ態度だから殺されはしないと…信じたい…。
皇太子はにこりと微笑んだ。
その微笑みを私は今でも覚えている。
何故ならこの微笑みに一目惚れしたからだ。
だが…これはどう見ても社交辞令だぞ!!
「本日は招待に応じて頂きありがとうございます、オリオル公爵令嬢。楽しんでいって下さい」
この歳で礼儀も所作も完璧とか…。
皇太子って大変なんだな。
席に着く皇太子を眺めながら少し同情的になってしまった。
お茶会が始まり令嬢達は皇太子への挨拶回りに夢中だ。
前回の私は一目惚れした皇太子に付き纏い、挨拶にきた令嬢達を睨んでいたのだが今回はそこまでする必要を感じない。
最初の挨拶で十分嫌われただろうし。
それよりも…。
私は隅に並ぶお菓子に目を向けた。
これ、食べ放題なんだよね。
じゅるりと涎が出てきた。
皇族専属のパティシエが作るお菓子か。
綺麗な彩りで美味しそうだ。
一口サイズに切り分けられたケーキを皿に取り分けてぱくり。
…??
「美味しくない…」
帝国一のパティシエのお菓子だよね?
手抜き?
いやいや。帝国中の貴族令嬢が集まっているお茶会で手抜きはないよね。
だとしたら私の舌がおかしいのか!?
首を傾げていると挨拶も終盤になったのか退席しても良いとのアナウンスが流れた。
もちろんこの場に用のない私は一早く退室した。
帰るため回廊を歩いていると前方にみすぼらしいドレスだが可愛い感じの女の子が周囲を見回していた。
この光景には見覚えがある。
確か前回は化粧室に行く途中で見かけた女の子だ。
皇太子のお茶会に招待されたが遅刻したうえに道に迷ったとかで困っていたんだよな。
みすぼらしいドレスで皇太子に近付くなと怒鳴り散らした挙句に間違った道を教えたんだった…。
前回の自分の行動に反省。
「どうかしたの?」
贖罪の意味もこめて女の子に声をかけた。
「あの…皇太子殿下のお茶会に行きたいのですが道に迷ってしまって…」
「そのお茶会ならそこの道を真っ直ぐ行った先よ。今ならまだ間に合うと思うわ」
「ありがとうございます!」
女の子は可愛い笑顔を咲かせながら頭を下げて教えた道を走っていった。
これで前回意地悪したことを帳消しにしてね。
前回の過ちを心の中で謝罪したのだった。
翌朝。
本日のイベントは皇太子の婚約者候補の決定についてだ。
朝食を取りながらイベントを待っていると父が咳払いをした。
「フィー…。お茶会は楽しかったかい?」
言いづらそうな父の物言いに候補には入らなかったと確信した。
「まあまあでしたわ」
お菓子不味かったし。
「それでな…。婚約者候補なんだが…」
ここまでは前回と同じだ。
この後自分が候補から落ちたと聞かされて激怒して暴れ回ったんだよな。
フォークとかナイフとか投げまくって…それだけで危険人物だ。
「フィーは選ばれなかったんだ…」
私の顔色を窺いながら父が恐る恐る言葉を発した。
娘の顔色を窺うなよ。いや。窺わせている私に問題があるのか…。
私はナプキンで静かに口元を拭った。
「そうですか」
私の反応に父も母も目を丸くした。
自分が一番じゃないと癇癪を起す私が選ばれなかった事に無反応だったからだ。
「いいのか?皇太子殿下のお妃様になれなくても?」
「殿下がお決めになられた事ですから」
「フィー…」
父と母が娘の成長に嬉しそうに手を取り合って涙を流している。
普通の事にここまで喜ばれると自分に対して情けなくなるわ。
「候補から外れてしまいましたし、今後はこの公爵家の継承について考える必要がありますわね」
実は私の本命はこちらにある。
前回は当たり前のように与えられてきた公爵令嬢という地位。
しかし社畜生活を送ってきた私にとって金持ちというのはとても美味しい地位なのだ。
領地でお嬢様三昧の生活を送ろう!
これが今回の目標である。
折角もう一度味わえるお嬢様だ。
この人生でたっぷり味わっておきたい。
「お父様、お母様。私、この公爵家を未来の夫となる方と支えるため、領地の勉強をしようと思いますの。そのためにまずは領地で暮らしたいのです」
勉強という名の遊びである。
領地のことなんか未来の旦那に任せればいい。
どうせ両親は出来る男を探してくるだろうから。
「フィー…お前がそこまで考えてくれていたとは…」
感動再びである。
少し後ろめたい…。
「でもフィーちゃんが皇都から離れるのは寂しいわ…」
「折角フィーがやる気に満ちているのだ。応援してあげようじゃないか」
ご期待に沿えるよう思う存分遊ばせて頂きます。
「それよりお父様。婚約者候補になられたのはヴァロワ侯爵令嬢ですか?」
前回は癇癪を起して聞けなかった情報だ。
「ああ。それとベロン男爵令嬢だ」
男爵令嬢!?
そういえば皇太子には想い人がいるという噂を婚約者の時に聞いたことがある。
確かその後、皇太子の元に乗り込んで怒鳴り散らして追い出されたんだっけ。
なるほど。ヴァロワ侯爵令嬢のマリレーヌはカモフラージュで想い人の男爵令嬢と結婚したいってことか。
つまり私が前回殺されたのは人の恋路を邪魔した罪というところか…そうかそうか…罰、重くない?
読んで頂きありがとうございます。