変化(レオナール視点)
42歳の時、実の息子に殺された。
殺される直前に視えたのはこの帝国の滅亡だった。
次に目覚めた時、13歳に戻っていた。
それは婚約者を決める茶会の日だった。
どうなっているんだ?
確かに私はあの時殺されたはずだ。
内乱を起こした皇太子の手によって。
混乱する頭のまま茶会に出ると前回と同様、ディスフィーネが傲慢さを微塵も隠さず私に挨拶をしてきた。
そういえば私の治世が狂い始めたのはディスフィーネの暗殺からだったな。
彼女はきっと知らない。
自分が死んだあとにオリオル公爵一族が反乱を起こし滅びた事を。
オリオル公爵家とヘルマン公爵家は二大公爵家と言われ代々皇室を支えてきた。
だが皇室はオリオル公爵家を優遇していた。
理由はオリオル公爵家に赤い髪の赤い瞳の者がいる代の皇帝は賢帝になると言われているからだ。
現に祖父の代は赤い騎神のお陰で領土を広げ、近隣各国を恐れさせた。
だが現皇帝の父の代は小競り合いが多く治世も不安定となっている。
だからこそディスフィーネの存在はとても大きいのだ…我儘さえなければ…。
どうせ今回もディスフィーネが我儘を言って婚約者になるのだろう。
それならば最初から婚約者に選んでおいた方が揉めなくて済むかもしれない。
そんな思いで挨拶の対応をしていると終わりの合図が流れた。
この後に起こるのがアンナとの出会いだ。
執務室の近くで道に迷ったアンナと出会い私を皇太子だと知らない彼女の純粋無垢な瞳に好感を抱いたのだが…。
「あ!良かった!まだ大丈夫ですか?」
息を切らせて会場に現れたのはアンナだった。
どういうことだ?
なんで間に合っているんだ?
前回とは全く違う状況に混乱した。
「皇太子殿下。初めてお目にかかります。ベロン男爵の娘アンナ・ブリュエット・ベロンと申します」
アンナがあどけない所作でカーテシーをしているが…それどころではない。
確実にどこかが綻んでいる!
茶会が終わり執務室に戻ると変わってしまった未来について考え込んだ。
アンナが会場に到着するまでは確実に前回と同じだった。
どこもおかしなところはなかった…はず…。
なんせ29年前の記憶だ。
そんなに細かく覚えているわけでもない。
こうなってくると何が狂っているのか確認する必要がある。
今回は最初からディスフィーネを婚約者にしてしまおうと考えていたが、計画を変更し前回と同様に動くことにした。
夕刻に婚約者候補の知らせを出し、朝一で婚約者候補に書面で通達する手配をした。
そして翌日…早々に問題が発生した。
オリオル公爵が…来ない…。
前回は通達する者を止めてディスフィーネを婚約者にしろと朝一で来ていたのだが…。
おかしいのはディスフィーネ?
だが昨日の傲慢さは前回と同じだった。
よく思い出せ。少し遅れているだけかもしれない。
しかし無情にも時間は過ぎていき、宰相候補でもあるアルヴィドが婚約者候補の登城を知らせにきた。
最悪の事態になった…。
私は止む無く2人が待つ部屋へと向かった。
部屋に到着すると毅然とした態度のマリレーヌと居心地が悪そうなアンナがいた。
私は正直この2人とはあまり関わりたくないのだ。
何故ならディスフィーネが亡くなった後、皇太子妃になったのがマリレーヌで世継ぎのために側妃になったのがアンナだからだ。
あの時は純粋なアンナに好感を抱いていたこともあり、世継ぎができないマリレーヌの負担を減らすため私が選んだ側妃でもあった。
だがこの2人のいざこざは尽きる事がなかった。
特に問題になったのは世継ぎの件だった。
先に男の子を産んだのはアンナだったのだが、それに嫉妬したマリレーヌがアンナに毒を盛るという事件が起きた。
私はアンナとようやく出来た世継ぎを守るため、早々に幼子を皇太子に任命したのだ。
これにより皇太子とアンナの守りを強化することが出来た。
しかし再び問題が起きたのだ。
なんと妊娠していたマリレーヌの産んだ子が男の子だったのだ。
しかもよりによって金髪の金の瞳に近い色の子供だった。
初代皇帝が金髪の金の瞳を有しており、似た特徴の子供が皇帝になるべきだという貴族が多い。
そのため頑なに皇太子を変更しない私に貴族達の不満は溜まっていた。
だが最後に内乱を起こしたのは18歳になったアンナの息子である皇太子だった。
帝国に不満を抱いていた元王国民達を率いて内戦が勃発。
それに対抗したのが帝国貴族達だったが、私に不満を抱いていた彼らは敗れた。
アンナによく似た子の勝ち誇った歪んだ顔は今でも忘れられない…。
「殿下。この度は婚約者候補に選んで頂きありがとうございます」
前回の事を振り返っていた私を現実に引き戻したのはマリレーヌだった。
「私も婚約者候補に選んで下さりありがとうございます」
2人の挨拶に何の感情も生まれなかった。
むしろこの場から立ち去りたいとさえ感じていた。
気持ちを落ち着かせるためお茶を啜りふと思った。
そういえばアンナはなぜ茶会に間に合ったのだろうか?
「そういえば茶会の時は少し遅かったようですが、道に迷われましたか?」
心の内を悟られないよう、平静を保ちながらアンナに尋ねた。
「実は少し迷ってしまいまして…。でも親切な令嬢の方に助けて頂いたんです」
親切な令嬢?
首を傾げた。
あの会場のほとんどがアンナよりも階級の高い家柄の令嬢達だ。
アンナの着ていたドレスからも親切にする令嬢などまずいない。
「それは良かったです。その親切なご令嬢はどの家柄のご令嬢だったのですか?」
「家柄は分かりませんが、赤い髪の赤い瞳をした方でした」
ティーカップが手から滑り落ちズボンの上に紅茶をぶちまけた。
「殿下!大丈夫ですか!?」
咄嗟に周りが火傷の心配をしたがそれどころではない。
赤い髪の赤い瞳の令嬢はこの帝国でただ一人、ディスフィーネだけだからだ!
私の記憶が確かならこの帝国にはその特徴の令嬢は一人しかいない。
これは一部の上流貴族と皇室しか知らない秘密なのだが、赤い髪の赤い瞳の人間は代々オリオル公爵家の血を引き継ぐ者に限られている。
初代皇帝の金髪の金色の瞳と同じ理由だ。
そして現在、この帝国にいるその特徴を持つ人物は私が知る限りでは先代オリオル公爵とディスフィーネだけ。
私はすぐに執務室に戻るとアルヴィドにオリオル公爵を呼ぶように命じた。
しかしいつまで経っても公爵が来る気配がなく、こちらから公爵邸に向かおうとした矢先だった。
「殿下が私をお呼びだと伺い参上しました」
遅すぎる!と言いたいところをグッと堪えた。
「ディスフィーネ嬢はお元気ですか?」
私の質問に公爵は冷たい視線を投げかけた。
「なぜ婚約者候補に選ばなかった娘の事を気にされるのですか?」
嫌味で返された!
「それに関しては申し訳なく思っています」
「別に構いませんよ。娘は今、我がオリオル公爵家のことを想い勉強のため領地へと向かいましたから。それもこれも殿下が娘を選ばなかった賜物です」
色々異論があり過ぎてどこから聞いていいのやら!
混乱する私に公爵は満面の笑みを浮かべた。
「選ばなかった娘の心配はご無用です。殿下は選ばれた婚約者候補の方々と仲良くなさって下さい」
そのまま退室していった。
こんなことならディスフィーネを婚約者にしておけば良かった。
力無くソファーに埋もれたのだった。
あれから2年が経ち、私はその間ずっとディスフィーネの動向を追っていた。
と同時にディスフィーネの暗殺と皇太子の内乱についても調べていた。
どちらも未来の出来事だが、兆候を見つける事は可能だ。
ディスフィーネの暗殺について一番怪しいのは皇后にもなったマリレーヌだ。
当時ディスフィーネを殺した剣は私の専属騎士が持っていた物だ。
その専属騎士はディスフィーネ殺害後、死体となって発見された。
マリレーヌを疑う理由はその騎士がマリレーヌの熱狂的な信者だったということだ。
そして皇太子の内乱の方は何かの密約が元王国民と交わされたと考えている。
そうでなければあの規模の内戦を引き起こすことは出来ない。
となると随分前から準備されていた事になる。
実はこれに関しては一つひっかかる事があるのだ。
「ディスフィーネ嬢が領地で散財をしているという噂が流れております」
ディスフィーネに関する噂は悪い噂しかなく、やはり変わっていないのかと落胆させられるものばかりだ。
娘大好きのオリオル公爵が悪い噂をそのままにしているということは、噂が事実であることを物語っていた。
「マリレーヌ様は貴族の令嬢とお茶会を開いたそうですが、それがとても素晴らしいものだと貴族令嬢の間で話題になっております。またアンナ嬢は難民達の炊き出しに参加されるなど平民の間で評判のようです」
これだ。
当時はこの噂を聞きアンナを優しい娘だと称賛していたが、これがあの内乱に繋がっているかもしれないと睨んだのだ。
報告に来たアルヴィドを残し、気晴らしに散歩に出た。
アンナはいつから元王国民と繋がっていたのだ?
内乱が起きた理由は皇太子が「母と自分をないがしろにする帝国を滅ぼし新しく作り変える」と言っていた。
今から人気取りをする必要性は感じないが、これが伏線にはなっているかもしれない。
考えながら歩いていると使用人達の話し声が聞こえてきた。
「先日噂の観光案内に行ってきたのだけど、景色も料理も美味しくてとても良かったわよ」
「私も一度行ってみたいのよね。でもオリオル公爵領でしょ?ちょっと遠くて…」
ディスフィーネがいるオリオル公爵領の話に思わず耳を傾けた。
「確かに。でも一度は行ってみるといいわよ。従業員の接客が凄いから。まるでお姫様みたいな気分を味わえるのよ。中でも一番凄かったのは赤い髪の赤い瞳の女の子。あの子は只者じゃないわ」
興奮する使用人の話に耳を疑った。
赤い髪の赤い瞳の女の子!?
まさかディスフィーネ!?
噂では悪行三昧だと言われているのに?
これは自分の目で確かめなければ!
皇帝に謁見を申し込むため足早にその場を後にしたのだった。
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