甘いキス
ガシャン…ガシャン…ガシャン…。
オリオル公爵邸に鳴り響く怪しい音。
玄関ホールに姿を現したのは…。
「儂、幽霊とかダメなんじゃーーーーー!!」
ガシャン…ガシャン…ガシャン…。
ゆっくりと近付く物体に赤い騎神も形無しだ。
そんな物体の前に勇敢にもブラッドが立ち塞がり…兜を外した。
「お…重い…」
「武装は無意味ですね。今のお嬢様なら一瞬で首を刎ねることができますよ」
なんてことを言うんだ!?
ブラッドの言葉に震え上がった。
「最初の一撃は防げても身動きの取れないお嬢様など動かない的と同じです」
今度は的扱い!?
「ということで今すぐ脱いで下さい」
え?ここで?
甲冑を脱ぎ始めると甲冑とはいえ淑女の脱衣シーンを見てはいけないと男性陣は視線を逸らしたが…。
「あれ?これ、どうやって脱ぐんだ?」
中々脱げない私に痺れを切らしてブラッドを含めた家族総出で甲冑を脱がしてもらった。
「あースッキリした!」
熱いのなんの。蒸し焼きになるところだった。
解放感から身体を動かしているとブラッドが短剣を手渡してきた。
「以前にもお話ししましたが、もし襲われるようなことがあれば逃げる事を優先的に考えて下さい」
ブラッドの護身術講座が始まった。
「馬車の中でしたら、まずは隙をついて馬車から出て逃げて下さい。もし囚われそうになったらコレを使って身を護って下さい」
コレなる短剣を受け取ると真剣に考えた。
「不二子ちゃんスタイルで隠すか…」
太ももにベルトを付けて短剣を固定しようとスカートを捲ると、その場にいた全員に怒られた。
隠していた方が隙を突けるのに…解せぬ。
こうして死地へと向かい出発した。
何故今回だけこんなに警戒しているのかブラッドが尋ねてくるかと思ったが特に何も聞かれなかったのは良かった。
レオが私を殺しに来ると言っても絶対に信じてはくれないだろうから。
それにしてもおかしいな…。
前回を思い出しながら首を傾げた。
前回は皇太子の騎士が伝令を伝えに来るなんてイベントはなかった。
だが今回はレオがわざわざ伝令を寄越してきた。
そしてもう一つ疑問があった。
それは数日前に届いたレオからの手紙には戻るよう書かれていなかったことだ。
こんなに突然帰って来いとは怪しさ満点だ。
1日目は問題なく通過し、2日目の夕刻だった。
そろそろ今夜の宿泊地に到着するかという時に馬車が大きく揺れて止まった。
「総員!武器を構えろ!」
馬車の周囲を護っていたブラッドの合図とともに武器を構える音が響いた。
これは…ついに起こってしまった死亡フラグ!!
外では金属同士がぶつかり合うような激しい戦闘音が。
カーテンの隙間からこっそり外を窺うとオリオル公爵の騎士と皇太子直属の騎士の制服を身に着けた者達が戦っていた。
やっぱりレオは私を殺す気なんだ!
カーテンを閉めて短剣を取り出した。
とりあえずブラッドに言われた通りに逃げることを考えよう。
いつ馬車から出て逃げ出そうか窺っていると、突然「わー!!」とたくさんの大きな叫び声と共に雪崩のような激しい音が遠くから聞こえてきた。
何!?何が起こっているの??
短剣を構えながらノブに手をかけた。
すると辺りが静まり馬車の扉がノックされた。
「フィー」
外からかけられた声に震えた。
ご本人のご登場!!
どどどどどどうしよう!
「もう安全だから出ておいで」
どこが安全だよ!
死亡フラグ真っ只中だよ!
扉が開く前に何とかして逃げなければと辺りを見回すとある物が目についた。
これで隙を作る!
私はある物を持つと扉を蹴破り怯んだレオの顔目がけて思い切りぶつけた!…パウンドケーキを。
あとで期限の感想だけ聞かせて下さい!
そんな思いで馬車から飛び出し逃げ出した。
しかし逃げる私を騎士達が追いかけてくる。
私が何をしたって言うのよ!!
「全員止まれ!!」
レオの指示に私を含めた全員が立ち止まった。
ん?私は止まる必要なくない?
「全員武器を置け!!」
騎士達は武器を地面に下ろして後ろに下がった。
私もつられて短剣を下ろそうとして思いとどまった。
いやいや下ろしちゃダメでしょ!!
再び短剣を構えて騎士達を威嚇した。
「お嬢様!落ち着いて下さい!」
「ブラッドの裏切者!!」
皇太子直属の騎士と共にいるブラッドに落胆した。
「ブラッドも下がれ!」
レオの指示にブラッドが後ろに下がった。
やっぱり皇太子側の人間だったのか!!
短剣を持つ手に力が入った。
レオはハンカチで顔を拭うと一歩ずつ私に近付いてきた。
「近付かないで!本当に刺すから!」
震えながら短剣を前に突き出した。
「フィーが私を刺して安心するなら刺せばいい」
静かでそれでいて冷静なレオに涙が出てきた。
少なくとも今回のレオは私を殺さないと信じていたことに気が付いたからだ。
ゆっくりと私に近付くレオに負けを認めた。
自分に人は殺せない。
「殺したいなら殺せばいい…」
今世を諦めた私の手から短剣がすり落ちた。
レオが私の前に立ち…。
キスをした。
「甘い…」
呆然と甘いキスの意味について考えて一つの結論に達した。
「毒盛られた!!」
私はそのまま卒倒した。
意識を失う私にレオが何か叫んでいたが私の耳には届かなかった。
享年18歳。短い人生だった。
次、生まれ変わったら私の物語でも書こうかな。
タイトルは『悪女、死亡フラグ回避に奮闘す』。
人気出るかな?
「アニメ化!決定!!」
ガバリと体を起こすと見慣れない部屋にいた。
ディスフィーネの記憶も日本での記憶もある。
だがアニメ化決定は夢だと分かり落胆した。
今度は何歳になったんだ?
状況を確認するため部屋を見渡した。
「気が付いた?」
隣から聞こえてきた声に震えた。
まさか殺される直前ですか!?
振り返ると甘い毒を盛った人物が私の顔を覗き込んできた。
「死神!!」
思わず本音を漏らしてしまったのは許して欲しい。
さすがのレオも苦々しい顔になった。
「フィーは死んでないから」
死んでないとはどういうことですか!?
「あの甘いのは毒じゃなくて…フィー忘れたの?私にパウンドケーキをぶつけたこと」
…反芻。うん。ぶつけたな。てへっ。
可愛く誤魔化すとレオが溜息を吐いた。
まさかパウンドケーキをぶつけた罪で処刑とか言わないよね!?
「そもそも私にフィーを殺す動機がない」
「世間で悪女扱いされているからとか」
「そんな理由で殺していたら帝国中死体の山になるよ」
「でも私が我儘だったり傲慢だったりしたら嫌になるでしょ?」
「そんな私的な理由で公爵家の一人娘を殺したりしたら内乱が起こるよ」
嘘つけ。前回はそれで殺したくせに。
訝しそうにレオを見つめるとレオは少し迷った様子でポツリと呟いた。
「私は一度だってフィーを殺そうとしたことはない。昨日の襲撃も…前回の暗殺も…」
それって…まさか…。
レオにも記憶があるって事ですか!?
次話からレオナール視点になります。
なるべく短くなるようにしますのでお付き合い頂ければ幸いです。
読んで頂きありがとうございます。