タイヤのためならば
皇太子が増えた事でタイヤ付き馬車が3台になり良かったといえば良かったのだが…。
空気が重い…。
それは数分前。
皇太子の登場により誰がどの馬車に乗る問題が発生したのだ。
ブラッドはもちろん自分の馬車に乗るため他の男共もそれについていった。
そして残るは2台…。
どちらにしてもなかなかカオスな状況が生まれる。
何故なら皇太子の馬車にマリレーヌとアンナを乗せれば元カレ元カノの修羅場だ。
かといってアンナをいじめ女子と一緒にするのも心配だし…。
「君達4人は仲が良いのだし、フィーとベロン男爵令嬢が私の馬車に乗るといい」
先手打たれた!
これもなかなかのカオスですよ?元仲良し4人組ですから。
しかし誰がこの男に逆らえるだろうか。
言われるままそれぞれの馬車に乗り込んだのだった。
そして今に至る。
隣の男からの圧が半端ない。
「他の令息達と楽しそうにどこに出かけようとしていたのかな?」
あなたの目には令嬢達が映っていないのでしょうか?
「まさか浮気しようとか考えてないよね?」
「浮気するも何も今日は営業ですから!」
私の言葉に一同は目を丸くした。
そうよ!今日の私の最大の目標は『タイヤを売り込む!!』。
これを達成するまでは帰れません!
「ということでヘルマン公爵令息!タイヤ買って下さい!!」
マリレーヌもしくはブラッドの知り合いをターゲットにしていたが、ここにこんな良い顧客がいるじゃない。
思わず悪い顔になってしまった。
「え?嫌だけど」
心底嫌そうな顔で即答された。
この野郎…!
「アルヴィド。買ってあげて」
まさかの援護射撃にアルヴィドは苦々しい顔で私を睨んだ。
勝った!
ついでに今日の『セレブの日』追加料金も請求してやる!貴族用料金5割増しで!
こうして開始早々に契約を取り付けた。
若干力技が発動したがタイヤが売れるならよしとしよう。
目的地に到着するといい匂いが辺り一面に漂っていた。
そう!私が計画したのはセレブ版BBQだ!
タイヤ制作の時に使っていた炭。
これを見て私が思ったのは『七輪あれば肉焼けるんじゃね?』である。
日本の炭火焼焼き肉店を思い出し、あの感動の味をもう一度味わいたいという想いからタイヤ完成後に打ち上げBBQをしようと考えていたのだ。
頑張ってくれた職人さん達も労いたかったし。
残念ながら七輪は作り方が分からず作れなかったが『暖炉や竈門があるなら耐火レンガを組み替えればBBQ用のコンロ作れないかな?』と思い、レンガ職人さん、呼んじゃいました。
レンガ職人さんを巻き込んだプチDIYで完成したレンガ炭火BBQは打ち上げで大好評!
レンガ職人さんと契約して新たな観光案内の目玉として動き出したのだ。
だが『セレブの日』に受けるのかという不安があった。
そもそも調理を外でするという習慣がこの世界にはない。
調理された物を運んで並べるというのが主流だ。
そこでこのメンバーを使って反応をみてはどうかと考えたのだ。
それなのに…予想外の客に緊張の糸が張りっぱなしだ。
『こんなもん食べられるか!!』ってちゃぶ台返しされたらどうしよう…。
シェフがその場で調理したものが運ばれてきた。
外での調理にみんな若干微妙な顔をしていたのでやはりこの世界では難しいかと落胆していた時だった。
まさかの救世主が現れた!
「なるほど。普段では味わえない楽しさと美味しさがあるね。温かい料理をその場で食べられるというのも中々経験出来ないことだからとても興味深いよ」
この人毒見はいいのか?という疑問はさて置き、このコメントで他のみんなもそれぞれ口に運び始めた。
すると口にした瞬間、みんなの目が輝いたのを見逃さなかった。
ちなみにブラッドは打ち上げで経験済みなので抵抗なく食べている。
「想像以上に美味しいですわ」
「確かに殿下の仰る通り普段の食事とは違う感じがします」
やはり炭火の美味さは世界共通!いや、異世界共通なのだ!
救世主様!!
心の中で拝みながら皇太子を見つめると優しく微笑まれて心臓が跳ねた。
これはあれだ。尊い者への敬意の感情だ。決して危険な感情ではない!
食後は乗馬をしようという話になった。
これはロマンスチャンスとばかりに女性が馬に乗り、男性が馬を引いてリードしてはと提案した。
そうすれば自然とペアが出来るわけだ。
各々がペアを作り出発し始めた。
そんな中、私は隣に立っていたアンナに尋ねた。
「ベロン男爵令嬢、乗馬経験は?」
「アンナでいいです。実は初めてで遠慮しておこうかと思っています」
「それはいけないわ!殿下は乗馬が得意ですし、是非ご一緒した方がよろしいですわ!ね、殿下」
「乗馬が得意だってよく知っているね。フィーがそこまで私に興味を抱いてくれていたなんて嬉しいよ」
にこやかに微笑む皇太子に青ざめた。
またやっちまった!この情報は前回の時に知った情報だった!!
最近関わり始めた私が知るわけないじゃん!
「殿下ほどの方ならなんでもこなせると思っただけですわ」
ほほほ…と誤魔化した。
「でも大丈夫だよ。アルヴィドも乗馬が得意だから。ね、アルヴィド?」
キラキラスマイルをアルヴィドに向けるとアルヴィドはため息を吐きながらアンナを連れて行ってしまった。
根暗野郎!私の計画の邪魔をするんじゃない!!
去って行くアルヴィドの背中に怨念を送るも想いは届かず。
「さてフィー。ようやく二人きりになれたね」
皇太子の良い笑顔に死を予感したのだった。
いつ殺されるんだとびくびくしながら皇太子に連れて行かれたのは皇都が見渡せる高原だった。
その景色は圧巻で思わず魅入ってしまった。
「ローディン侯爵令息からここの景色が綺麗だと聞いてフィーと見たかったんだ」
皇太子は風に飛ばされた私の髪を耳にかけながら微笑んだ。
…何?このシチュエーション?
いつもと違う皇太子の雰囲気に胸が高鳴った。
ああ、そうか、これはきっと…。
吊り橋効果だ!!
恐怖のドキドキと恋愛のドキドキは同じだと聞いたことがある!
怖い体験を男女が一緒に行うと恋と勘違いするというあれだ!
つまり私は皇太子に殺されるかもという恐怖のドキドキをまるで恋のように勘違いしているのだ!
納得納得。
結論を立てるとコクコクと頷いた。
そんな私の心の内を知らない皇太子は地面にハンカチを引くと私に座るよう促した。
尻の汚れなど気にしないが…皇太子をチラリと窺うと『地べたには座らせないよ』と笑顔が訴えている。
逆らうことも出来ずハンカチの上にお邪魔した。
「そういえばフィーはどんな異性が好みなの?」
あなた以外です。
と言えたらどんなに楽か。
しかし折角の機会だ。
滅茶苦茶たくさん挙げてやろう!
「そうですね…恰好良くて、優しくて、頭が良くて、紳士的で、統率力と理解力があって、いつも堂々としていて、優しくて…」
あれ?同じ事2回言ったかな?
「とにかく一番大事なのはどんなことからも守ってくれて、私を大事にしてくれる人です」
最後は遠回しに『私を殺さない人』という条件が入っている。
「フィーの好みが私に当てはまっていて良かったよ」
ちゃんと最後聞いてました?
これは『私を殺さない人』ってはっきり言った方がいいのか?
「私の好みは可愛くて、素朴で、純粋で、笑顔が可愛い子」
「まさにアンナですね!!」
目を輝かせて皇太子を見つめると皇太子は変わらない笑顔を浮かべたまま一拍置いたあと新たに追加した。
「あとは赤い艶やかな髪の綺麗な赤い瞳をした女性かな」
凄く具体的になったな。
「それでフィーはいつになったら私を愛称で呼んでくれるの?」
一生無いと誓います。
「フィーが愛称で呼ぶようになってくれるなら私の全ての伝手を使ってタイヤを売ってあげるのに…」
「レオ様!!」
誓いは破るためにあるものだ。
「様はいらないよ」
「レオ!!」
レオは笑顔のまま私に警告した。
「フィー。誰かにおいしい話を持ち掛けられても簡単に返事をしてはいけないよ」
え?何その「お菓子をあげると言われても付いて行ってはダメですよ」的なおかんのような文言は。
私、子供じゃありませんけど?
…タイヤが売れるなら…返事しちゃうかな…?
読んで頂きありがとうございます。