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タイヤを売りたい

 長い足を組み、優雅にお茶を啜る姿はとても神々しい…後ろの死神さえいなければ…。


「そろそろ愛しの婚約者が私の愛を疑う頃だとは思っていたが…来て正解だったようだ」


 疑うも何もそこに愛はありませんよね。


「あの…殿下」

「レオ」

「…はい?」

「殿下ではなくレオと呼んで。私もフィーと呼ばせてもらってもいいかな?」


 嫌ですけど。

 微笑む皇太子に対して眉間の皺が深くなった。


「そういえばタイヤとやらを買おうか悩んでいるのだが…」

「是非フィーとお呼び下さい!!」


 私の愛称ひとつで皇室御用達のブランドになるのだ。

 安いものよ!

 ドンッと胸を叩くと皇太子が吹き出した。

 何がおかしい。


「失礼。フィーが可愛くて…」


 可愛いってどこが?

 首を傾げて考えるも可愛い要素など何一つ見当たらない。

 可愛いというならアンナの方だろう。

 それなのに私を婚約者にするとか…やっぱり何かあったのかな?


「昨夜、ベロン男爵令嬢と何かあったのですか?」

「何もないけど?」

「えっと…男爵家まで送って下さったんですよね?」

「ああ。アルヴィドがね」


 皇太子が送り届けたんじゃないの!?


「私の手紙は読まれました?」

「読んだよ。『誰が』とは書かれていなかったから誰でもいいと思って信頼出来るアルヴィドに任せたんだ」


 オーマイガー!

 まさかそんな落とし穴があったとは!

 撃沈してソファーに顔を埋めた。

 でもタイヤの話はしてくれたんだ…ええ子や。

 それに比べて…。

 チラリと顔を上げると再び優雅にお茶を飲んでいる。


「ベロン男爵令嬢はとてもいい子だと思います」


 不満気に訴えると皇太子の手が止まった。


「フィーはもう少し人を疑う事を覚えた方がいいよ」


 あなたの事は十分過ぎるくらい疑っていますけど?

 ジト目で皇太子を見つめていると皇太子が口の端を持ち上げた。


「寝そべった状態でそんなに熱烈に見つめて…誘っているの?」


 すぐに座り直し姿勢を正した。


「そそそ…そういえば社交界の出入り禁止はやり過ぎではないですか?」


 赤くなる顔を誤魔化すため話題を変えた。


「う~ん…一生でもいいと思ってるんだけど?」


 一生って死活どころのレベルじゃないから。


「私の悪口など今に始まった事ではないですし、私は全く気にしてませんよ」


 というよりここは悪女押しで婚約を考え直してもらう方向に勧めるべきかも!


「それに私は噂通りの悪女ですから悪い噂は名誉な事ですわ」


 悪女面で踏ん反り返りながら答えるも、皇太子はにこやかに返してきた。


「本当の悪女は自分が悪女だとは思っていないと思うよ」


 ぐぬっ!確かにそうだ。

 だって前回は殺される理由が分からずに死んだくらいだし…。


「でもフィーが悪く言われるのは私も本意ではないし、この罰はフィーの優しさに免じて取り消すようにしておくよ」

「ではすぐにでも皇城に戻らないとですね!」


 これで帰ってくれるよね!

 身を乗り出して目を輝かせた。


「大丈夫。一日くらい反省させておけばいいし、今はフィーといる時間を大切にしたいから」


 いつも執務執務と閉じこもっていた奴が何を言う。


「執務でお忙しいのではないですか?」

「…そうだな…それならフィーが私の愛称で可愛くお願いしてくれたらすぐにでも帰ろうかな」


 可愛くって何だ?

 この悪女面で可愛さが出せるのか?

 絶対無理だろ。

 とりあえずダメもとでお願いだけしてみるか?


「えっと…レオ…様。仕事を片付けて欲しいかな~…なんて…」


 恥ずかしい!!

 思わず顔を覆ってしまった。


「…仕方ないから仕事しに帰ろうかな」


 皇太子は伸びをしながら立ち上がるとさっさと部屋を出て行ってしまった。

 うん。間違いない。

 あれは不細工過ぎて呆れられた感じだな。

 まあこれで婚約を後悔してくれるなら…結果オーライか。



 あのあと皇太子は約束通り…タイヤを購入してくれた。

 罰の撤回の件?正直どうでもいい。

 だって私が悪女にされるのは分かり切っていた事だから。


 今、社交界では私が皇太子の婚約者になりたいと我儘を言い婚約者になったという噂で持ち切りだ。

 時期も真相も違うが結局こうなるのか。

 罰の件も皇太子は私に感謝するように言ったらしいのだが世間では私が罰を下せと皇太子に命令したと言われている。

 そんな命令を下せるならまず自分を社交界から追放するわ。

 社交界に出られない令嬢など即婚約破棄になるだろうし、そうしたらすぐにでも領地に帰るから。


 何故こんなに悪い噂が流れているのかは大体察しはついている。

 恐らくマリレーヌとその仲間達の仕業だろう。

 何をしても悪く言われるということは、ある程度の地位と名声のある者が広めていると考えるのが妥当だ。

 婚約者候補だったマリレーヌを不本意だが蹴落とした形になる以上、マリレーヌからしてみたら恥を掻かされたと思っていてもおかしくない。

 名誉を傷つけた詫びとして愚痴ぐらいは受け入れてやろう。

 …と一見器が大きい人のように振舞ってはいるが、内心は世論が悪くなり婚約破棄せざるを得なくなるのを狙っているのだ。


 しかし…ひとつだけ重大な問題があった。

 それは…。


「タイヤが売れない!!」


 そうなのだ!

 正確に言えば2軒は売れた。皇室とローディン侯爵家だ。

 ブラッドの営業はどうなってんだ!?

 いや、まあ、私も人の事は言えないが…。

 改めて自分の友達の無さに打ちひしがれた。


 こうなったらやるしかない!

 皇都バージョン『セレブの日』を!



 まずタイヤの良さを知ってもらうためには実際に乗ってもらわなければ話にならない。

 現在、タイヤを装着している馬車は皇都に3台ある。

 そのうちの1台を除くと使えるのは2台。

 8名様まで乗車可能だ。

 そこで私が考えたメンバーは唯一の知り合いでもあるマリレーヌ、アンナ、反省中の令嬢3人組だ。

 アンナはいい子だから頼めば参加してくれるだろう。

 反省中の3人にはここで恩を返してもらおうか。

 問題は今回のメンバーで一番の大口取引となるであろうマリレーヌだ。

 私の事を嫌っているマリレーヌが参加してくれるかは微妙だが、皇太子の婚約者になれなかったということは新たな婚約者を見つけなければいけなくなったということにもなる。

 そこで高貴な餌として考えたのが…。


「なんで俺なんだよ。殿下に頼めよ」

「だってブラッドは『セレブの日』の常連でしょ?」

「好きで参加していたんじゃないからな。護衛で参加していた事を忘れるな」

「協力してくれないの?」


 残念そうにしょんぼりとするとブラッドが溜息を吐いた。


「人は集められるとは思うが馬車の人数を考えてもあと2名までだろ」

「大丈夫!私とブラッドが御者台に乗ればあと3人はいける!」


 侯爵令息のブラッドなら高貴な餌を集められると考えて頼みに来たのだが、人数にこだわるのには訳がある。

 タイヤを沢山買って欲しいというのはもちろんだが『セレブの日』の醍醐味といえばやっぱり恋の予感でしょ!

 スタッフ唯一の楽しみでもあるカップル成立。

 それを実現させるには同数くらいの異性が必要になる。

 私的にはアンナは皇太子と結ばせたいからこちらのオプションは不参加でお願いしたい。


「公爵令嬢が御者台とか大問題だろ!しかもお前は皇太子殿下の婚約者なんだぞ!!」

「大丈夫!『セレブの日』はフィーネだから」


 親指を立てて自信満々に答えるもブラッドは呆れ顔だ。


「お前の知り合いも来るのに無理があるだろ」


 ブラッドは大きく溜息を吐いた。


「仕方ないから俺の知り合いを御者台に乗せるよ。あとは日帰りで馬車の乗り心地がある程度体験出来てかつ景色の良い場所がないかと?」


 私は大きく何度も頷いた。


「そういえば郊外に皇都が一望できる小高い丘があったな…。あそこなら少し距離もあるし人もあまり来ないからいいかもしれない」

「そうと決まれば早速視察よ!!」


 飛び出す私にブラッドは溜息を吐きながら付いてきてくれた。

 なんだかんだ言っても面倒見がいいよね。



 準備は着々と進み、断られるかと思ったメンバーも噂の観光案内に参加できるのならと誘った全員がOKしてくれた。

 これは多分、高貴な餌に釣られた結果だと思う。

 ブラッド様様だ。

 しかしよくよく考えると中々カオスな面子だ。

 マリレーヌと元マリレーヌ派の令嬢達。そしてアンナをいじめていた令嬢達とアンナ。

 …タイヤが売れればなんでもいいや!



 そして皇都バージョン『セレブの日』がやってきた!

 視察OK!馬車の準備OK!人数…。


「婚約者の私が誘いを受けていないのはどういうことかな?フィー」


 そこにはとってもいい笑顔の皇太子と不愛想な根暗が立っていた。

 2名追加でお願いしま~す。





読んで頂きありがとうございます。

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