怖いものだらけの私
死神…もとい皇太子と戦う準備のため呼び出したのは…。
「よろしくお願いします!先生!!」
苦い顔のブラッドに頭を下げた。
戦う決意をした後、まずは刃物を持つ相手を撃退する方法を身に付けようと考えた。
そこで父に護身術を学びたいと相談したところ、とっておきの先生を用意してやると言われて翌日やって来たのがブラッドというわけだ。
「…俺の護衛じゃ頼りないのか?」
ブラッドの言葉に私は首を傾げた。
「むしろ頼り過ぎていたからこうなってるんだけど?」
今度はブラッドが首を傾げた。
「今まではブラッドが護ってくれていたから護身術なんて考えないできたけど、でもほら、舞踏会でブラッドは私の護衛ができないじゃない。そうなると自分の身は自分で守らなきゃいけないし、背後からこうグサリとこられそうになっても叩き落とせるくらいにはなっておきたいというか…」
身振り手振り交えながら説明する私にブラッドは苦笑いを浮かべた。
「舞踏会でそんな恐ろしいことは起きないと思うけど。皇太子殿下がパートナーなんだし」
その皇太子から身を守りたいんです!!
「とにかく!舞踏会以外でもいつ危険が襲ってくるかわからないし、覚えておいても損はないでしょ?」
「う~ん…まあ…そう…かな?」
「そうなの!それにブラッドが近衛兵になったら今までのようにはいかなくなるだろうから、そうなる前に身に付けておきたいし!」
私の言葉にブラッドが黙り込んだ。
え?何か悪いこと言ったかな?
「ブラッドさん?」
「まあ、確かに四六時中傍で護れるわけじゃないし…いいよ。素手で熊を倒せるくらい鍛えてやるよ」
おじい様と同じ道を歩むつもりはありません。
こうしてブラッドにあらゆる護身術を叩き込まれたのだった。
社交界デビューは16歳以上の貴族令嬢達が「私達、これから舞踏会に参加するんでよろしく!」と皇后に挨拶する日だ。
私も今年のデビューの時期には16歳になっておりその対象になる。
これに関しては前回と同じだ。
問題はその翌日だ。
デビューした令嬢達のお披露目の為に開かれる舞踏会なのだが、こちらはパートナー同伴が必須となる。
そのため自分の父親にパートナーを頼む令嬢も少なくない。
私も当初はそれで考えていたのだが…あの手紙で全てが一変してしまった。
ある意味前回と同じにはなったが…。
「フィー…舞踏会当日なんだが…」
今度は何だ?
言いづらそうな父に皇太子絡みだと分かり覚悟を決めた。
もう滅多な事では驚かないぞ!!
「皇太子殿下が公爵邸まで迎えに来てくれるそうだ…」
「なんで!?」
驚くなという方が無理だ!!
だって会場はあなたの家ですよ!?
わざわざ往復する意味が分からない!
「フィーの初舞踏会にパートナーが迎えに行かないわけにはいけないと言われてしまったよ」
前回は放置でしたけど?
「殿下は余程フィーちゃんの事が気になるのね」
ええ。殺したいくらいにね。
「フィーを婚約者候補に選ばなかったのに?」
そうだ!そうだ!父よ!もっと言ってやれ!!
いや。選ばれても困るけど。
「きっとフィーちゃんの可愛さに気付いたのよ。殿下も男の子だから」
これほど男の子という単語が似合わない相手はいないだろう。
本当に面倒な事になった。
本命の男爵令嬢はどうしたよ?
今こそ真実の愛でしょうが!
こうなったら皇太子が男爵令嬢とラブラブになるように私が一肌脱いであげようじゃないの!!
皇室への挨拶は皇后のみへの挨拶となるため、付き添いは母親や親せきのおばさんが多い。
私はもちろん前回と同様で母が付き添いだ。
公爵家でもある私がトップバッターなのだが…なんか観察されてる…怖い…。
親子揃って頭のてっぺんを観察するのを止めて欲しい。
汗かくわ。
母はさすがというか穏やかに皇后と話をしていた。
前回と合わせて二度目の挨拶となるが、怖いものだらけになったせいか緊張が半端なかった。
前回の怖いもの知らずだった私をある意味尊敬するわ。
そして嫌な翌日がやってきた。
朝から私は念入りにブラッドに教わった護身術の練習に打ち込んでいた。
両親からは舞踏会前に何をやっているんだ?という顔で見られたが、今やらないでいつやるの!である。
そして昼になり舞踏会の準備にとりかかった。
前回はグリグリのロール頭だったが、さすがに今はその勇気はない。
髪型くらいで何か変わるわけでもないし、波ウェーブのゆるふわハーフアップにドレスとセットの髪飾りを付けた。
まあ髪型が可愛くても顔は悪女丸出しだから問題ないだろう。
皇太子が到着したと連絡を受け、一階に下りると先に支度が終わっていた両親が皇太子と挨拶をしていた。
「あら!フィーちゃんとっても可愛いわ!」
うん。髪型が変わったくらいでは何も変わらないよね。
前回と同じ母の反応に心が無になった。
「フィー…大人っぽくなって…」
ええ。前回もそれ聞きました。
そしてあんたは無視でしょ。
皇太子の前に立ちカーテシーをして挨拶したが…無反応…。
やっぱりか…。
しかし顔を上げて目を丸くした。
なんでこの人、顔が赤いの?
真っ赤な顔を手で覆う皇太子に呆然となった。
「まあ!殿下もフィーちゃんに見惚れちゃったのね!!」
止めてくれ!!
「そうなんですか!?殿下!!」
追求するな!!
「殿下!早く馬車に乗りましょう!!」
これ以上ここにいたら大変な騒ぎになりそうだ!
私は殿下の腕を引くと急いで屋敷を後にした。
なんとか魔の手から抜け出した私は馬車の中で一息吐いた。
「その…綺麗だよ…」
え?今?ついでみたいなお世辞は結構ですけど?
「殿下も素敵ですよ」
社交辞令には社交辞令で返すのみ。
それよりも…。
「なぜ今回は私のパートナーになるなどと仰ったのですか?マリレーヌ様にはブラッドがいるからいいですけど男爵令嬢は…」
「ローディン侯爵令息と随分仲が良いようだな」
…?
「それは…」
公爵領で護衛をしてくれていたからと言おうとして青ざめた。
しまった!ブラッドは公爵領では常にフィーネと一緒にいたんだった!
町に出ていない私とはほとんど接点がないじゃない!
「そ…それは…公爵領で騎士をしていたのですからその間は私の部下も同然ですわ!」
これで誤魔化せたか!?
皇太子は読めない顔で私を見据えた。
「そう…私と一緒にいる時に他の男の話をされるのはあまり感心しないな。今日の君のパートナーは私なのだから」
細められた皇太子の瞳にゾクリと背筋が震えた。
何度も頷くと皇太子は表情を和らげた。
蛇に睨まれた蛙の気分だ。
男の話が駄目なら女の話はいいのか?
そろりと皇太子の顔色を窺うと微笑み返された。
今はやめておこう…。
あの一睨みで戦う勇気がごっそりと奪われたから。
それにしてもこの人の地雷ポイントが今一つ分からない。
誰かこの人のやる気スイッチがどこにあるのか教えてくれ。
読んで頂きありがとうございます。