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ニート王子、美しい魔王から話を聞きました

魔王級フェンリルの正体が美女だと分かり驚いて声も出なかった。


癖のある青い長髪は毛皮のようだ。女は服を着ていない。大事な箇所を髪が覆い隠している。エロい女が目の前にいたと言いたいけど、王子の俺がそんな俗物的な表現するのはどうかと思う。とりあえず、妖艶な青い女が目の前にいたってことにしよう。


ニートだけど紳士な俺は裸を直視しないように努めている。チラチラと視線が胸元にいってしまうのは仕方ないよね。


「人間の雄はこれが好きなんじゃろ? 見たいなら見れば良い。触りたければ触っても良いぞ? 我は別段、気にせぬよ」


フェンリルが揶揄うような口調で言ってくる。


触って良いのですか?と思わず飛び付きそうになった俺の手が強い力で握られた。握りつぶされたかと思うほど痛かった。


「このアバズレ。オグナ君を穢さないでください。オグナ君はわたくしのアイドルなんです。誰にもオグナ君は汚させません。天使であるわたくしが守護している限り、オグナ君の貞操は絶対に守ります!」


ロザリアの決意表明を聞いて俺は戦慄した。この天使と一緒にいる限り一生童貞のまま過ごす羽目になる。


「冗談じゃよ。天使の癖に殺気を放つのはよせ」

「冗談に聞こえませんよ。貴女は人間の男が好きであることは知っているんです。人間の男を襲っていることも知っているんです。性的な意味で! 『未来視』で貴女の汚らわしい営みを観てるんです! オグナ君、あれは本当にビッチなんです。騙されてはいけません」

「ヒヒ。そうじゃよ。我は人間の雄が好きじゃ。交尾するのも大好きじゃ。にしも、天使よ。他人の情事をこっそり覗いているとは、良い趣味をしているのぅ」

「み、観たくて観たわけじゃありません! 『未来視』で観れる未来はランダムなんです。オグナ君の前で変なこと言わないでください」


顔を真っ赤にしてロザリアが抗議した。珍しく慌てふためくロザリアの姿は新鮮だった。まぁ、女の子だし、そういうのも興味あるのは当然だよね。でも、天使の恋愛事情ってどうなっているんだろうと気になった。伝え聞く限り、天使は全員女の姿をしているが、天使が誰かと結ばれたという記録はない。


俺が考え事をしていると、ロザリアが仕切り直す様にコホンと咳払いをした。


「貴女がわたくしと対話をしてくださることには感謝致しましょう。わたくしはオグナ・アウラ・ベルグンテルが掲げる人と魔物の共存の道を応援致します。貴女も人が好きであれば、協力してください」

「断ると言っているじゃろ。というか、無理じゃ。人と魔物の共存など不可能じゃ」


気怠げな表情でフェンリルが即答した。女の姿をした魔物はため息を吐いた。悠然とした佇まいから、魔王級と評されるのにふさわしい威厳がある。けれどもいくつもの村を焼き、たくさんの人間を喰らった凶悪な魔狼の姿はそこにはなかった。


「我等魔物は人間への殺意が根底にある。この衝動に逆らうのは難しいのじゃ。我とて、生まれたての頃は衝動のままに人間を殺していた」

「どうして貴女は人を殺さず、この奈落で眠り続けることを選んだのですか?」


思わず俺は気になっていたことを訊ねた。


最強の魔物の一匹である彼女が本気を出して、配下の魔物達を率いればベルグンテル王国ですら蹂躙できる。できるのに彼女は眠っているのが昔から不思議だった。


「人を殺したくないと思ったのは、人間の雄を愛してしまったからだ」


フェンリルが苦笑を浮かべながら言った。


それから彼女は昔話を語り出した。


かつて神々の『遺言』から生まれた魔狼が衝動のままに人間を襲った。いくつもの村を燃やし、数えきれないほどの人間を殺した。


ある日、フェンリルは『神様のスキル』の継承者に戦いを挑まれた。七日間、二人は闘い続けた。力は互角だった。一睡もせずに、ぶつかりあった。飲み食いしている暇もなく、腹が空けば相手の肉を食い千切り、喉が渇けば相手の血をすすった。


「そして気づいたら、我等はお互いに愛し合っていたのじゃ。それから我は人間を殺すことを止めて、あ奴と共にこの奈落で肉欲の限りを尽くしたのじゃ」


ぽっと顔を赤らめ、フェンリルが恥じらうような口調で言った。


はっきり言って意味不明だった。今聞いた中に、恋愛感情を抱けるような要素があっただろうか? 俺がニートで人生経験が乏しい所為で理解できない可能性もあるから、何も言わないけど。


俺の横でロザリアもドン引きした表情をしている。あの、ロザリアが!


俺とロザリアが困惑していることに気づかず、フェンリルは夢中になって話している。


「我はあ奴と一緒にいられて幸せじゃった。だけどのぅ、結論を言うと我は神々の『遺言』には逆らえなかった。人間への殺意の衝動を抑えられなかったのじゃ。気づけば我はあ奴を殺していた」


フェンリルは顔を上げた。


奈落の底から見上げる青いダンジョンは塗りつぶされたように真っ暗だ。


ダンジョンの中で、声が響いていた。


『人を殺せ、人を喰え』


それは神々の『遺言』と呼ばれる声だった。人間への呪詛がパンパンにつまり、魔物を生み出す声が次第に近づいてくる。


「これが理由だ。天使よ。人と魔物は共存できぬ。我も人は好きだ。だが、我がいくら人を愛しても己の衝動を抑えられず気づけば殺してしまう。愛おしい人の雄も、その雄と作った子供も傷つけてしまうのだ。故に我は眠ることにしたのだ。眠り、幸せな夢を見続けるためにの」


『人を殺せ、人を喰え』


『遺言』と共に、無数の魔物が生まれ出た。


魔獣級の雑魚ばかりだが、中には知性を持った魔人級やそれらを束ねる魔曹級らしきランクの高い魔物もいるのが分かった。


突然、フェンリルが口元を吊り上げて嗤った。


「貴様等は運が悪い。殺意の衝動が抑えられぬタイミングで我を起こしてしまったのじゃから。はーっ。オグナは我の好みの雄じゃったのに。もったいないのー」


フェンリルの周囲に青い大炎が発生した。その炎に煽られるかのように周囲の魔物達が吠え始めた。


思わず後ずさりする俺の耳に、ロザリアの声が届く。


「大丈夫ですよ。オグナ君。全て予想通りです。今から、オグナ君にわたくしのレベルをお貸しします。大切に使ってくだいね」

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