ニート王子、魔王の正体を見てしまいました
「オグナ君! どうか見ていてください。目に焼き付けてください。わたくし、オグナ君のためにあいつを倒して見せます」
天使ロザリアはフェンリルへ聖槍を向け、元気よく宣言した。俺とロザリアはスキル『空気になる』の効果を最大限発揮するため手を繋いでいる。強く握られた手から、ロザリアが目の前の魔物に対して決死の覚悟で挑もうとしているのが伝わってきた。
魔王級フェンリルの話はニートの俺ですらよく知っている。
実を言うとある種のリスペクトすら感じている。
神々の『遺言』から生まれた最初の魔物達の一匹。人間への瑞々しい憎悪と、無数の呪詛の中から誕生した最初の魔物達は、他の魔物達とは一線を画す力を宿していた。それこそ神々に匹敵するほどの力を持っていた。人々は最初の魔物達を神話で伝え聞いた魔王のようだと畏れた。
中でもフェンリルは『地獄の業火』と呼ばれる邪神の炎を操ることができた。『地獄の業火』は敵と認めた者の命が消えるまで喰らいつく凶悪な炎だ。神々が死に、終末が始まった当初、フェンリルは配下の魔物を率いて人間を襲っていたらしい。村を『地獄の業火』で燃やし、たくさんの人間を食べたという。フェンリルが生まれた青のダンジョンはベルグンテル王国の近くにあったため、王国もたくさんの被害があったという記録はいくつも残っている。
そんな凶悪な魔物が今では何故か、ダンジョンの奈落に隠居し、ひたすら眠っている。眠りを妨げる者は人間であろうと、配下の魔物でも容赦しない。
その話を多くの者達は青い顔をして聞くようだが、俺は違った。すぐにピンときた。
働かずにダラダラ寝てるってことはフェンリルはニートで俺と同士なんだと思った。
俺も眠ることは好きだ。特に、眠りながら夢を見るのが好きだ。夢は色々なものを見せて、たくさんのことを教えてくれる。まぁ、夢を見るのが好きだと言っても「現実を見ろ」と馬鹿にされるのは目に見えているため、普段は口にしないが好きなものは好きなのだ。そんな訳で、ここ数十年眠り続けているフェンリルに対してニート仲間のような尊敬の念がある。ぜひともニート仲間であるフェンリルとお話したいと思ったことはある。
でも、実物を見てこれと対話できないなぁと思ったよね。山のようにでかいし、威圧感凄いし、滅茶苦茶怖い。そんでもって、フェンリルを倒さないと愛しい俺の部屋に戻り、華麗なニート生活を送れないらしい。
だったら、不意打ちでも何でもして倒すしかないよね? そういう空気だよね?
そんなノリで不意打ちして失敗した俺は、怒り狂うフェンリルを見上げていた。
『我を眠りから目覚めさせるのはどこのどいつだ!』
ロザリアによる神聖魔法【聖火】の一撃をくらった後、目覚めたフェンリルは奈落を振るわせるほどの怒声を上げた。
『空気になる』の効果により、フェンリルは俺とロザリアを認識できない。巨大な頭を左右に振って俺達を探している。その頭の一部で、薔薇色の火が燃え盛っていた。そこはロザリアが【聖火】を灯した槍で叩きつけた箇所である。油の中に落ちた火の如く、聖なる炎は魔狼の青い毛皮の上で燃え広がっていた。
『クソが。天使の火か。あぁああああああああああああ。いってぇ。これじゃぁ、当分寝れねぇじゃねぇか! どこに隠れているか分からねぇが、ぶっ殺してやる』
叫び声を上げながら、大きな口を開く。小さな集落であれば丸のみできてしまいそうなほど巨大な口が青く光った。
『『地獄の業火』』
青く禍々しい炎が放たれた。目の前が真っ青に染まった。
「【突風】」
風と共に、俺とロザリアは上空へと飛び立ち、青い炎から間一髪で逃れた。
真下を見ると大地は青い炎で埋め尽くされていた。
『どうだ? やったか?』
フェンリルは依然として俺達を認識できずにいた。
「オグナ君。もう一度、フェンリルの頭に移動してください」
「分かった。【突風】」
風に乗り、フェンリルの頭上へと降り立った。青い毛並みの中で赤い炎が燃えている場所がある。それは先ほどロザリアが付けた聖なる火だ。
「遊びは終わりですよ。フェンリル」
薔薇色の炎目掛けてロザリアが再度槍を突き刺した。
鏡が割れたかのような音が響いた。槍がぶつかった場所から亀裂がじわじわと広がっていく。亀裂はあっという間に全身に広がった。
ぱりん。
ガラスが砕け散るように、フェンリルの身体が破裂した。
「【突風】」
俺は風を作り、ロザリアと共に宙へと舞い上がった。
フェンリルの巨体が粉々に割れて、青い破片が飛び散っていく。それと共に、今まで感じていた魔王級の威圧ある空気も薄まっていく。
気が付くと地面を埋め尽くしていた【地獄の業火】も弱まり始めた。青い炎の無い場所まで風に乗り、俺達は地面に着地した。
「さて、これからですよ。オグナ君」
ロザリアは鋭い目つきで砕け散った巨狼の跡地を見ていた。
山のように大きかった青い狼の破片は周囲に溶けるように消えていく。
「イヒヒヒヒ。我の義体が壊れるなんてびっくりじゃ。一体全体、何が起こったのじゃ?」
青色の女が立っていた。長く癖のある青色の髪が毛皮のように全裸の身体にまとわりついている。
「ようやく視えたぞ。天使と、もう一人は人間の子供かの? いや、ただの子供ではないの」
女は興味深そうにオグナを見つめながら、ブツブツと独り言を呟いている。彼女にはどうやら俺のスキル『空気になる』の効果が効いていないらしい。
「あぁ、なるほどのう。お主は、『神様のスキル』の継承者じゃな? そうであろう? でなければ義体とはいえ我の感知から逃れられぬ」
「ええ、その通り。オグナ・アウラ・ベルグンテルは『神様のスキル』の一つ『空気になる』の継承者です」
俺の代わりにロザリアが自慢気に紹介してくれた。
恥ずかしくて穴に入りたい気分だった。確かに俺のスキルは、ベルグンテル王国でも4つしかない『神様のスキル』の一つだ。けれども俺のスキルは格が凄いだけで、大して役に立たない。まるで、王子なのにニートな俺みたいだ。
「俺のスキルは確かに『神様のスキル』なんて言われているらしいが役に立たない外れスキルだけどね」
「ふむ、『神様のスキル』は人間には扱えぬモノがほとんどだ。神々が使っていたからと言って、人間にとっても有用であるわけではないからの。そんでもって、スキルも我儘で意地悪なモノが多い。まぁ、お主も苦労しているようじゃな。このダンジョンの上層にも『神様のスキル』が転がっているが、あれもなかなかの人間嫌いで後継者を決めようとしない。はぁ、『遺言』といい神々は厄介なものを残したのう」
「何やらいろいろ知っているようだけど、アンタは誰だ?」
「誰とは、酷いのう。先ほど我に卑怯な不意打ちを仕掛けたくせに。のう、天使?」
女がロザリアへ声をかけた。
「オグナ君。彼女はフェンリルの本体です。神々の『遺言』から生まれた最初の魔物達の一匹。魔王級と畏れられるほど強い力を持ちながら、人間を愛してしまった魔物です」
ロザリアはどこか憐れむような口調で告げた。




