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ニート王子、魔王に不意打ちすることになりました

『殿下、王様になっちゃうってのはどうですか?』


昔、異父姉でありメイドのヒルダが俺に言った。


『殿下にはやりたいことがないじゃないですか? なりたいものもないじゃないですか? それなら、アタシが殿下の進む道を決めちゃいますね。殿下に拒否権はありませんから』


滅茶苦茶な発言に俺は何も答えなかった。


その頃の俺は外が怖くて部屋の中に引きこもり、空気のように消え去りたいと願い続けていた。そう願えば、誰も俺に話しかけることができなくなった。心も空気になったように無に近づき気持ちも楽になった。


こんな空気になることしかできない俺に王様なんて務まるはずがない。


『空気は大事なんですよー。空気がないと人は生きていけないじゃないですか。殿下も自信もってくださいよ。一緒に王様目指しましょうよ』

『空気が王様になれるわけがない』


珍しく俺が声を発すると、ヒルダは嬉しそうに笑う。


『空気だって王様になれますよ。というか、ならないとダメなんです。そうじゃないと、アタシもお母様も報われない』


ヒルダが纏う空気が重くなるのを感じた。彼女は母親の話をする際、どこか危うげな空気を漂わせる。


『ねぇ、殿下ぁ。生きることってのは地獄なんですよ。生きている限り、どこもかしこも地獄。地獄から出ようと必死に藻掻いて、ようやく抜け出せたと喜んでも、実際のところ新しい地獄に辿り着くだけ。だったらさぁ、どうせならアタシは殿下と一緒に一番酷い地獄を見てみたいと思うわけなんですよー』

『王様を目指すことは地獄なのか?』

『当然じゃないですか。もしかすると殿下の兄弟を殺さないといけないかもしれない。王様になったらなったで、壊れた世界と向き合わないといけない。人類が絶滅するのは分かり切っている中で、無駄に頑張らないといけない。地獄じゃないですか?』

『どうしてわざわざ、より大変な地獄を選ぶ必要がある?』

『だって、そこにしか殿下の生きる道がないからですよ。というか、殿下だって分かってるんじゃないですか? 殿下は兄弟から嫌われちゃってます。それこそ命を狙われそうなほどに』


兄上達が俺のスキルを危険視しているのは察していた。誰にも気付かれずに暗殺、盗聴、侵入などが俺にはできる。警戒するのは当然だろう。


そんな空気を肌で感じ、無害であることをアピールするために自主的に部屋に閉じ込もったのだ。『無限牢獄』と呼ばれるスキルによって作成された部屋に。


『無限牢獄』はベルグンテル王国にある4つの『神様のスキル』のうちの1つだ。好き勝手に空間を創るスキルによって俺は閉じ込められていた。まぁ、部屋の中には何でもあるし快適だったから全く問題なかったけど。


『……』


再び黙り込む俺に、ヒルダは陽気な空気を纏い直し、王になるための作戦を話し出す。


俺はヒルダの荒唐無稽な話を聞き流していた。


俺が王になることを誰も望んでいない。


俺に求められているのは、部屋の中で静かに閉じ込められていることだ。


けれども、空気を読んで求められていることをしているのに、一向に嫌な空気が漂っている気がするのは確かだ。


(どうしたら、空気がよくなるんだ?)




×××




「なぁ、ロザリア。俺は空気を読むのが得意な方だと思っている。空気を読んで、自分を押し殺して周りに合わせて今まで生きてきた。まぁ、その結果、いろいろあってニートになってしまったけど」


俺はロザリアと手をつなぎながら話しをしていた。ロザリアは恍惚とした表情で俺の手を握っていた。鼻息が荒くて少し怖い。ちなみに俺が声をかけると、すぐに真顔に戻る。


「オグナ君は頑張っています。凄く頑張っています。わたくしは知っていますよ」

「自分なりに頑張ってきたつもりだけど、いつも嫌な空気がなくならないんだ」


空気を読んで行動しているのに。


皆が望むことをしているはずなのに。


誰も褒めてくれない。別段、褒められたいわけじゃないけど、周囲に嫌な空気が漂っているのは好ましいものではない。


「空気を変えてみてはどうですか?」

「空気を変える?」

「はい。オグナ君が自分自身で好きなように空気を変えてしまえば良いのです。周りが何を言おうと、何を思おうと関係ありません」

「なるほど。その発想はなかった」

「オグナ君らしい空気が世界に漂うことを祈っています」


そう言ってロザリアは目の前で眠る巨大な狼を睨んだ。魔王級認定された魔物フェンリルである。


フェンリルはスキル『空気になる』の効果によって相変わらず俺達に気づけない。


今から俺達が行うのは不意打ちだ。卑怯だと言われるだろうが、致し方ない。だってこうでもしないと魔王級を倒せないのだから。


「早速、わたくしのレベルを貸してオグナ君のレベルを上げたいところですが、それは最後の手段です。まずは、わたくしがフェンリルを攻撃致します。申し訳ないのですが、オグナ君にはわたくしのサポートをしていただきます」

「うん。分かった」


ロザリアが槍を天に向けて掲げる。目をつぶり、祈る様に魔法名を口にした。


「聖なる火よ、薔薇の如く咲き誇れ。神聖魔法【聖火】」


槍の穂先から神々しい火が灯る。神聖な火が近くで発現しても、フェンリルが目覚めることはなかった。これも『空気になる』の力のお蔭であるが、スキルの恩恵を最大限発揮するためにロザリアは俺と手を離すことができないのが難点でもある。


「それでは始めましょう。オグナ君。お願い致します」

「初級風魔法【突風】」


俺達の背後から力強い風が生まれた。


『空気になる』と組み合わせ、追風の効果を最大限に高める。手を繋いだままではあるが、フェンリルへと急接近した。


「世界を壊す害獣さん。苦しんで死んでくださいな」


鈴の音がなるような綺麗な声が響く。風に流されるままに空中へ飛びあがり、ロザリアが神々しい光を放つ火の槍をフェンリルの頭目掛けて突き刺した。


がつん。


まるで固い鉄の盾にぶつかったような鈍い音と共に、ロザリアの槍は弾かれてしまった。


『ぎゃぁああああああああああああああああああ』


フェンリルが目覚め悲鳴を上げた。


「【突風】」


即座に俺は逆風を作る。俺とロザリアは作った風に乗り、フェンリルから距離を取った。


「やっぱり、わたくしの力ではダメのようですね。ですが、オグナ君に良いところを見てもらうチャンスなんです。頑張れ! わたくし!」


ロザリアが薔薇のように笑みを咲かせて、槍を構えなおした。

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