ニート王子と凸のダンジョン⑤
「嬉しいわ、オグナ。わざわざ危険を犯して私に会いに来てくれるなんて」
帝国の皇女イルミは目を輝かせて、近づいて俺の右手を握った。
「私に食べられに来たのでしょう? それとも、私を殺しに来たのかしら? ねぇ、どっち?」
イルミは親しげな雰囲気で物騒な質問をしてきた。どうしたらその二択の質問が飛び出てくるのか理解しがたい。
俺はため息混じりに首を振った。
「どっちでも無いよ。君を救いに来た」
「スクイニキタ?」
耳慣れない外国語を復唱するようにイルミが俺の言葉を繰り返した。
「この帝都は凸のダンジョンの侵略を受けているのは理解しているだろ? 凸のダンジョンは普通のダンジョンとは全く違う。いくら君達超人でも大きな被害を被ることになるだろう。俺達は凸のダンジョンの侵略から超人達を救いに来たんだ」
「ふふ。相変わらずオグナはお馬鹿なことを言うわね。神話主義者らしい考え方。あまりに私の考えと相容れなくて愛おしさすら感じてしまうわ。だけど私はそんな張りぼての優しさなんかじゃ満たされないの」
イルミが俺の手を離す。
哀れむような目をして、諭すように超人となった皇女が口を開く。
「人は人を救うことなんてできないわ。人は他人を救えない。自分自身を救えるのは自分だけよ。人は常に世界と対峙し、戦い続ける。生き残るためには超人となってスキルを増やして、スキルを磨き続けるしかないのよ。故に私は望む。より多くのスキルを! より強いスキルを! だから、ね、オグナ。私と殺し合ってくれないかしら。オグナの中にある『神様のスキル』より私のスキルの方が優れていると証明したいの。それができないのなら、『神様のスキル』で私を殺して頂戴な。そうしてやっと私は満たされる。オグナも超人である私を殺したいし、殺されたい。そうなんでしょ?」
イルミの長台詞を俺の脳は理解できなかった。
何を言っているか分からない。超人とは脳の構造が違うのかもしれない。
それでも何とか頑張ってイルミに回答しようと頭をひねっていると、俺の努力を鐘の音が遮った。
カーン、カーン、カーン
凸のダンジョンの侵略を告げる音が高らかに鳴り響く。
俺のスキル『空気になる』がおぞましい気配を3つ感知した。
「残念だけど、オグナと殺し合うのは後にしないといけないみたい。魔王が現れたらしいの。お父様から魔王退治が最優先だと怒られてしまったわ。ささっと魔王を倒してくるから、少し待っていて頂戴な」
近所に買い物にでも行くと言わんばかりの軽い口調だった。
「ちょっと待てよ。凸のダンジョンは他のダンジョンと比べると魔物の質も高ければ、量も多い。いくら超人でもまともにぶつかり合うのは危険だ。と言うか勝ち目が無い。俺は凸のダンジョンの最も有効な対策方法を知っている。まずは俺の話を聞いてくれ」
「ふふん。オグナは怖がりね。でも強い魔物と戦えるのは私にとって願ったり叶ったりだわ。だって、強いスキルを手に入れるチャンスだもの」
「くそ、脳筋が」
話を聞かない猪突猛進皇女に頭を抱えていると、メイドのヒルダが「来ちゃったようですねー。作戦は大丈夫でしょうかー?」と呑気に呟くのが聞こえた。
何が来たかは、聞かずとも気配で分かった。
霧の中から、恐ろしい気配を纏った三体の魔物が現れた。
「俺様は魔物の神に仕えし魔王。魔王アスラである。ふはははははは。此度の獲物は、神に捧げる贄として上等そうではないか。そう思わぬか? 魔王テムジンに、魔王リリスよ」
真ん中にいた八面六臂の魔物が豪快に笑いながら両隣に呼びかけた。
アスラの左にいた青い狼男は、魔王テムジンと言うらしい。
テムジンは下卑た笑みを浮かべ、涎を垂らした口を開いて言う。
「魔物の神の贄にするだと? あのお人形にお供物なんかしても意味ねえよ。それよか、俺達で楽しもうぜ。折角女もいるんだ。たまには人間の女とやるのも愉しそうだぜ」
ギャハハハハハ。
テムジンが品の無い笑い声を上げた。その卑しい目はメイドのヒルダに注がれていた。
一方、魔王リリスと呼ばれた魔王は女の姿をしていた。彼女は一言も喋らずに睨むようにイルミを見据えている。
三体の魔王を目の当たりにして、イルミは「なるほど」と声を漏らした。
「魔王三体。確かに、これは私でも少しキツイわね。ところで、これは怖気付いたらとかでは決して無いのだけど、さっきオグナは凸のダンジョンの対策方法を知っていると言ってたわね。それを聞いても良いかしら?」
「凸のダンジョンの対策は、時間切れになるまで逃げるか、隠れることだよ。俺の『空気になる』を使えば楽勝だと思ったんだけどね」
凸のダンジョンとは、世界と異界が衝突し、最も濃く、最も強く重なりあった場所が混ざり合い、異界の魔物がなだれこむことで結果的にダンジョン化してしまう現象のことである。
異界は魔物の神が君臨する魔物の世界であり、弱肉強食の異界で生き残っている魔物はどれも手強いのは当然だろう。
おまけに、何億といるであろう魔物達が一斉にマヅダールに流れ込もうとしているはずだ。無論、出入り口は限られているため、全ての魔物がこちらに来るわけでは無いが、今回ダンジョン化してしまった帝都は現在至る所に魔物が現れているだろう。
そんな危機的状況のマヅダールを救う一番の方法は実は意外と簡単なはずだった。
「世界と異界が離れるのを待つわけね。ねぇ、その作戦、今からでもいけるわよね?」
イルミが俺の意図を読んで、質問をしてきた。
俺は『空気になる』を使っているのに、俺達を凝視する三体の魔物を見て答える。
「たぶん、無理だと思う」
「役に立たないわね。アンタ、何しに来たのよ」
何故かイルミにキレられた。理不尽すぎる。
さっきまで強い魔物と戦えるのは願ったり叶ったりとかイキってた癖に。まぁ、気持ちは分かるから指摘はしないけどね。
ツンツンとヘルナが俺とイルミをつついた。
彼女は慈愛に満ちた表情をしながら、メモ帳を広げた。
『wwwwwww』
煽るように幼いシスターが草を生やしていた。




