ニート王子と凸のダンジョン④
霧で覆われた帝都マヅダールに、鐘の音が鳴り響く。
カーン、カーン、カーン
それは、凸のダンジョンと呼ばれる転移型のダンジョンが出現した際に発せられる。
神出鬼没なダンジョンによって、滅ばされた人間の国は7つあり、最も人類が被害に遭っていると言っても過言ではなく、最も攻略難易度の高いダンジョンであると言われている。
マヅダールの片隅で、小さな小さな亀裂が虚空に入っていた。
亀裂の中から鐘の音が響いている。
鐘の音がマズダールに波紋を広げていく。
カーン、カーン、カーン
鐘の音に揺さぶられ、霧に塗れたマズダールの街並みに波紋が走る。
カーン、カーン、カーン
鐘の波紋を浴びる度、地面が、建物が、風景が書き換えらていく。
「ダンジョンと呼んではいるが、並のダンジョンではないのは確かだな」
整然とした街並みが荒々しい樹海と混ざり合うように書き換えられていく様子を一つ目男が観察していた。
「凸のダンジョンとは、世界の住人が勝手につけた名だが、実際のところ、これはダンジョンでは無い。これは、別の世界だ」
男は断言した。
異なる位相で無数の世界が存在し、世界は星のようにぐるぐると回っているのを男は知っていた。
本来、異なる世界達はぶつかること無く、ぐるぐる回っているのだが、神が死んだあの日から世界の軌道が逸れた。
結果的に、世界はとある世界と10年周期でぶつかり合うことになってしまった。その世界は魔物が支配する世界であった。
世界と世界がぶつかり合い重なり合っている間、二つの世界は混ざり合う。
そして別の異世界の住人達である魔物達がこちらへとやってくる。
まるで突撃するように転移しては消えていく魔物達と、その世界のことを人々は凸のダンジョンと呼んだ。
「人を殺せ。人を殺せ。人を殺せ」
ぶつぶつ呟きながら、魔物達が世界に降り立った。
魔物達は誰もが青い肌をした人型の魔物だった。
魔物達の前に一つ目男が単身近づいていく。
「遠路はるばるようこそ私の国に。魔物の皆様。私の名前はツアストラ・イル・イドラ。イドラ帝国の皇帝であり、世界の守護者にして世界の『目』の役割を担っております。私は皆様の来訪を歓迎致します」
慇懃無礼な態度で一礼した。
「人間だ。人間は殺さねば。魔物の神に誓って!」
魔物達がツアストラに殺意をギラギラと放ちながら近づいていく。
ツアストラは肩をすくめた。
「もう少し会話を楽しみたかったのですが、致し方ありませんね。それでは皆様、私の霧を堪能してくださいな」
声を最後にツアストラの姿は霧の中へと消えていった。
魔物達はツアストラを追って霧の樹海を歩くが、一向にツアストラどころか人間一人見つけ出すことができない。
どういう訳かグルグルと同じところを歩き回っている。
「この霧は何だ? 妙な力が宿っているようだ」
魔物が霧を睨み付け言った。
「正解よ。この霧の中にいる限り、誰もが皆、お父様の掌の上。例え、『空気』になってもこの霧からは逃れられないわ」
少女の声が響き、霧の中から漆黒の少女が現れる。
少女の名前はイルミ・レム・イドラ。
「さぁ、魔物達。出し惜しみ無く、お前達のスキルをお見せなさい。そしてスキルを私達に献上なさい」
イドラ帝国の皇女にして、魔王のスキルを取り込むことに成功した最恐の超人である。
「スキル『アダム』【技術的特異点】」
イルミが魔王アダムの奥義を唱える。それは味方の力を魔将級レベルまで底上げする強化だ。霧の中からイルミの部下が一人現れた。部下はイルミの力で巨大化して魔将級タロスへと変身した。
「魔将級の魔物だと? そんな馬鹿な」
タロスを見て、魔物達は慌てふためいていた。
魔物達のクラスは明らかに高くは無い。魔人級ばかりだった。
タロスが右足を振り上げ、魔物達へと振り下ろす。
「魔物の神よ。使命を果たせず死にゆく我らを許し給え」
潰れる瞬間、魔物達は祈るように言った。
「凸のダンジョンの魔物も大したことないわね。折角新しいスキルが手に入ると思ったのに、期待外れだわ。オグナもそう思わないかしら?」
イルミはとある場所にウインクした。
ウインクの先には、『空気になって』様子を伺っていた少年オグナ・アウラ・ベルグンテルが立っていた。
「イドラ帝国がピンチになったところに颯爽と現れて、カッコよく助かる作戦が台無しですねー」
オグナの右隣にいたメイドが肩をすくめながら言った。
『叔父様、どんまいです(笑』
左隣にいた幼いシスターがメモ帳を広げてオグナに見せた。




