ニート王子と凸のダンジョン②
王子とは何ぞや?
国のトップに君臨する王様の子供なわけで、贅沢三昧で、皆からチヤホヤされているものだと思われる人もいるかもしれない。けどね、現実は違う。
ベルグンテル王国の第五王子である俺は、パンパンになった荷物を背負い、ヨロヨロとした足取りで歩いていた。
「ねぇ、ヒルダ。せめて自分の荷物は自分で運んでくれないかな? 何で王子の俺がメイドの荷物持まで持たないといけないんだ?」
「そうは申されましても、アタシはか弱い女の子ですからー、そのような重たい荷物は待てっこありませんねー。あぁ、箸よりも重たいものが持てない無力な自分が恥ずかしいですー」
『勇者』のスキルを持ち、ベルグンテル王国一の剣術の使い手であるメイドはいけしゃあしゃあと言い放った。
今日のヒルダは機嫌が悪く、王子の仕事だと言って三人分の荷物を押し付けてきた。
ツンツン、と俺の右腕がつつかれた。
右隣には、シスターの格好をした10歳前後の少女が申し訳なさそうな顔をして歩いていた。
少女の名前はヘルナ。
巨人族の末裔と噂される一族のエリートで、スキル『祈る』の使い手である。
ヘルナはメモ帳を開いた。
「orz」
土下座の絵文字だ。彼女は現在声を出すことができないらしく、コミュニケーションは筆談で行っている。
ヘルナと俺の関係性は少し複雑だ。
俺にとってヘルナは、今は亡き第三王子ウトガルド兄さんの娘だ。俺が叔父で、ヘルナは姪。俺はまだ15歳だけどね。
ヘルナにとって俺は父親を殺した叔父という認識だ。
実際のところ俺がウトガルド兄さんを殺したわけではないが、世間には第五王子オグナが第三王子ウトガルドを殺したと大々的に公表された。そのように公表するよう仕組んだのは第二王子イカロス・アウラ・ベルグンテルだと言う。何だかイカロス兄様が良からぬことを考えている気がするのが引っかかるんだよね。
ヘルナは公表された内容を信じ、俺を恨んでいるようだ。彼女に初めて出会った際に、手紙を渡されている。
『オグナ叔父様へ
オグナ叔父様には、反乱を起こしたウトガルア族をかばってくださったことに感謝しております。ウトガルア族の反乱は失敗に終わりましたが、巨人の王ロギン様の贄となり、ロギン様の慈悲で蘇ったことで、どうやら憑き物が落ちたようです。己の神話を取り戻し、巨人族の子孫であるウトガルアは運命を受け入れることができました。もはやウトガルア族がベルグンテル王国に反旗を翻すことはありません。ですが私は違います。私は、叔父様がお父様を救ってくださらなかったことを恨んでおります。八つ当たりであることは百も承知ですが、私は貴方を許しません。いずれ、復讐させていただきます。どうか、この私の想いだけは知っておいてください
ヘルナ・ ・ウトガルアより』
手紙を読んでから彼女に視線を向けると、姪は悪意の無い慈愛に満ちた瞳をしていて戸惑ってしまった。
手紙の衝撃的な内容や、ヘルナのミドルネームが空欄になっていたことなど気になることがあったけど訊くことができなかった。
いずれにしろ俺を恨んでいるヘルナにいつ復讐される分からないため距離を置いた方が良いのは事実だ。
それなのに、天使ロザリアが凸のダンジョンで役に立つから絶対に連れて行くべきだと主張したことにより、ヘルナの同行が決まってしまった。
気まずい旅になると思っていたけど、ヘルナは俺を気にかけてくれるし、協力的であった。
もともとヘルナはベルグンテル王国の神話研究員として働いていたが、過労死してしまった過去がある。根は真面目なのだろう。働きすぎないよう注意した方が良いかもしれない。
ちなみに、ヘルナも巨人の王ロギンの力によって生き返ったらしい。おまけにヘルナは巨人の王から特別視されているみたいで、『巨人の巫女』と呼ばれているとかなんとか。
「ヘルナは気にしなくていいよ。年下だし、女の子だしね」
さすがに10歳の少女に重たい荷物を運ばせるのは可哀そうだ。
フォローを入れると、ヘルナは少し考える仕草をした後、俺の後ろの回り込み、下から荷物を持ち上げてくれようとしてくれた。
良い子だ。
復讐者とは思えない献身っぷり。もしかしたら、俺はヘルナからの手紙を読み間違えたのかもしれないとすら思ってしまう。
「ヘルナさーん。殿下を甘やかさないでくださよー。殿下には労働者の気持ちを学んでもらわないといけないんですからー。というか、ヘルナさん、殿下は仇だって教えてくれたじゃないですかー。どうして殿下を助けるんですかー?」
ヒルダに指摘され、ヘルナは一旦荷物を運ぶのを中断し、再びメモ帳に書き込み始めた。
『おじ様があまりに情けなくて手伝ってしまいました。ですが、もう手伝いません。私は闇堕ちした『巨人の巫女』ですから』
メモ帳にはそう書かれていた。
しかし、ヘルナは何だかんだで、俺に水を飲ませてくれたり気遣ってくれた。
「ところで殿下、ロザリアさんに運んでもらっている時、ロザリアさんに引っ付いてデレデレしていませんでしたかー?」
ヒルダがジト目で俺を見ていた。
俺達は現在、イドラ帝国とベルグンテル王国の国境付近にいる。国境までは、天使であるロザリアに運んでもらった。ベルグンテル王国の王都から国境までの距離は約100キロ。
イドラ帝国の帝都マズダールはベルグンテル王国の国境を越えたすぐ先だ。というか帝都マズダールをグルリと囲む高い壁そのものが国境なのだ。
帝国は広大な土地を持つ国であるが、5年前、神話主義を未だに推し進めるベルグンテル王国を説得するという名目のもと、わざわざ帝都をベルグンテルとの国境ギリギリに遷都させている。頭おかしいよね。
緊張状態である帝都が近くあると思うと普段は憂鬱な気分になるが、今回ばかりは近くて助かったという思いが強い。時間は有限。移動時間は極力少ない方が良いね。
まぁ、ほとんどロザリアが空を飛んで頑張ったんだけどね。
まずロザリアはラグナの街にいたヘルナを拾ってから、ベルグンテル王城に戻り、俺とヘルナを連れて空を飛んでここまで運んでくれた。
その後、ロザリアは魔王フェルの教育があるからと言って帰ってしまった。
「ひょっとして、ロザリアさんの胸を無断で触ったりしていませんよねー?」
「していないよ」
強く否定する。
ロザリアに運んでもらう際、俺はロザリアの背中に負ぶさり、ヘルナはロザリアに抱きかかえられた状態で運んでもらった。ヘルナがいる状態で胸を触ったりしようなんて思わない。確かにチャンスはあったけど、王子はセクハラなんてしません。
あとそれから、ヒルダは重量オーバーだと言われてロザリアに運んでもらえず、三人分の荷物を背負い、走って国境まで来た。時速100キロは確実に出てたよ、このメイド。
国境で汗ひとつかいてないヒルダと合流した時、彼女の顔は笑ってたけど俺を見る目は笑ってなかった。
ヒルダの機嫌が悪いのも仕方ない。王子である俺が三人分の荷物を運ぶのも仕方ない。
「ヒルダとヘルナにお願いがあるんだ。そろそろ、スキルを使うから俺の手を取ってくれないか。手を繋いでくれた方がスキルの効力が上がるんだよね」
「あー。話を逸らしましたねー。怪しいですねー。まぁ、手はつながせてもらいますけどー」
ヒルダ、ヘルナと手を繋ぎ歩き出す。
その先に、帝都マズダールの壁が立ちはだかった。
長い壁の中で、唯一出入り口となっている門の前には、5人の門番が立っていた。
門番達は不用心にも俺達に視線を向けることは無かった。
門番たちが仕事をさぼっているわけではない。俺のスキル『空気になる』で俺達の存在感を空気にしているのだ。
門番達に気づかれることなく、俺達は国境を越え、イドラ帝国の帝都マズダールに潜入することができたのだった。
「さて、ロザリアさんの話では凸のダンジョンが現れるまであと10時間ほどありますが、それまでどうしますかー?」
門をくぐり、ヒルダに質問された。
「寝よう」
睡眠は大切です。
ロザリアから凸のダンジョンが現れると告げられてから大忙しだった。皆、まともに寝てないのよ。ロザリアに空を飛んで運んでもらっている時だって、俺は風魔法で支援していたんです。少しは休ませてください。
「却下でーす。凸のダンジョンが現れるまで、やれることはいくらでもあるんですからー。頑張りましょうねー。あ、ヘルナちゃんは休んでくださいねー。宿を取るので、そこで休んでいてください。休むのも仕事のうちですからー」
「俺も休ませてよ。俺は王子なんだ。偉いんだ」
「あのですねー、王子というのは国民の奴隷なんですよー。偉くもなんとも無いんですよー」
メイドが口にした。
王子の俺に君の立場でそれを言うのはどうなの? 不敬罪って知ってる?
色々言いたいことはあったけど、国民の奴隷である俺は何も言い返せなかった。
どうやら、王子とは奴隷の別の呼び方のようです。
今度、部下からパワハラを受けていると相談してみようかなとか思う今日この頃。




