オオカミ少年かく語りき⑬
『冥王』ロギンの【重力操作】によって重力が反転し、人や建物が空に吸い込まれ始めた頃。
人間と人間が造った人工物が【重力操作】の効果対象となっており、海や大地などの自然はもちろん、巨人や魔物に対しては重力は反転していない。
世界から人間と人間が遺した痕跡のみが一斉に排斥されていく。
一部の、特殊なスキルを持つ者達を除いて。
「ぜぇ、ぜぇ。あはっ。アタシは『勇者』、ですからねぇ。そう簡単に、世界から、退場しませんよー」
勇者ヒルダは金色の渦に包まれながら、全力疾走した後のような呼吸をしていた。
金色の渦、勇者の加護が【重力操作】を弾いているのだ。
『疾く。疾く。平家の栄光を取り戻すのだ』
ヒルダの周囲には不可視の亡霊達が憑りつき彼女の耳元で喚き散らしていた。その言葉のままに惜しみなく彼女は力を使い続けていた。
「【草薙剣】、よ。『平家』の、水底を、世界に、満たしなさい」
小規模であるが黄金の洪水が発生し、正面で相対する巨人達に浴びせかけた。
「随分と、出力が下がったな」
並みの巨人達は光の洪水に押し流されるが、巨人の四天王であるスリュムは手に持った巨剣で洪水を薙ぎ払い打ち消した。
「限界のようだな。俺は強い奴と永遠に戦い続けるために、『冥王』ロギンに仕えている。なかなか愉しめたぞ小さき者よ。だがそろそろお前にも飽きてきた。貴様を殺して、次の強者を探すとしよう。さて、俺の部下達よ。あの勇者の娘を食らえ。小さき者を淘汰せよ」
スリュムが命じる。
すると黄金の光に押し流された巨人達が【永遠回帰】の効果で回復し立ち上がり、ヒルダ目掛けて我先にと走り出した。
「ぜぇ。ぜぇ。ぜぇ。ぜぇ。あー、くそぉー。アタシもここまでですかねぇー」
足が、腕が動かなかった。【草薙剣】を地に突き刺して身体を支えることで立っているのが精一杯だった。
『平家の栄華を! 黄金の輝きを! 世界に見せつけろ!』
『平家』の亡霊達が膨大な呪詛を送り込んでくる。しかし、剣を振るう体力は残っていなかった。
もうここまでか、とさすがに観念した瞬間。
『諦めるのはまだ早いよ』
どこからか、少女の声が聞こえてきた。『平家』の亡霊の声とは違い、その声には禍々しさが無かった。
『私の名前は弟橘媛。貴方の前世のようなもので、日本武尊の妃だった女』
朦朧とした頭の中で、少女の声が響き渡る。『平家』の亡霊達の声は、少女から逃げるようように遠ざかっている。
『私はタケルのために、海の神の生贄となった。後悔してないわ。だって、私はタケルを愛していたし、タケルの夢のために命を捧げられて誇らしく思っているもの。貴女にもこの気持ちはわかるでしょう? でもね、生贄になるしか選択肢がなかった無力な自分自身のことは嫌だった。次生まれ変わったら、タケルと肩を並べて、いいえ、むしろタケルよりも強くなって護ってあげるんだって思ったの。だから、ね。私達はここで死ぬわけにはいかないでしょう?』
「ええ。その通りですねー。アタシは、生きて、生き抜いて、オグナのもとに行かなくてはなりません。オグナを守らないといけませんからねー。例え、亡霊になってでも、オグナの元に!」
血を吐きながらヒルダが決意を口にする。
すると前世だと名乗る少女が呆れたような口調で言う。
『だーかーらー、死んじゃったら意味ないでしょ』
「けれども、アタシはもう限界なんですよー」
『私が力を貸してあげるわ。今まで、力を貸してあげれなくてゴメンね。でも、貴女も悪いのよ! 『平家』の亡霊と天使ミカエルの言いなりになってばかりで、私の言葉に耳を貸そうとしてくれなかったんだもの』
「?」
『私の影響力何てほとんど無かったから仕方ないけど、反省して欲しいわ。けれどもこれからは違う。オグナ・アウラ・ベルグンテルがタケルと集合的無意識で出会ったことで、私の貴女への影響力も増したみたい。それでは、私の力を貸しましょう』
弟橘媛が宣言した後、清らかな魔力がヒルダから湧き上がり、全身を駆け巡る。
そして、彼女の身体に収容できなかった分の魔力は、青く光る魔力となって身体の外に放出される。その魔力は青い筋となり、光り輝く『勇者』の加護に加わった。
『これは『海神の巫女』の奥義【生命の水】。少しは、体力が回復したでしょう?』
「これなら、まだまだ戦えそうですね」
ヒルダの身体に力が戻りつつあった。
【草薙剣】を振りかぶり、ヒルダが叫ぶ。
「さぁ、『平家』の皆様。貴方達の無念を! 呪詛を! 怒りを! この【草薙剣】に注ぎ込んでくださいなー」
ヒルダの言葉に応じて、『平家』の亡霊達から膨大な呪詛が送られる。【草薙剣】で呪詛を『勇者』の加護である黄金の光に変換していく。
だが、あまりに膨大な呪詛を変換できなかった分が、黒い魔力となって限界する。
黒い光の魔力は、吸い寄せられるように『勇者』の加護に合流する。
黄金の光と、黒い光と、青い光が勇者を中心に渦巻く。
3つの光の中で、黒い光が最も量が多く、青い光が最も量が少なく、黄金の光はその中間であった。
3つの光が渦巻く様子を見て、『平家』の亡霊達が囁いた。
『我らの家紋だ』
ヒルダが纏う『勇者』の加護は『平家』の家紋に選ばれたとある蝶のようにも見えた。
「勇者の加護:バージョン【揚羽蝶】」
ヒルダは小さく呟いた後、地面を蹴った。
撃ちだされた砲弾の如く、ヒルダが巨人の軍勢に突撃した。
【揚羽蝶】の羽のようにも見える渦に巨人達が触れた瞬間、音も無く巨人達はバラバラに切断されていた。
悲鳴一つ上げることすら巨人達にはできなかった。
何が起こったのか理解できぬ間に斬られていた。
たった一つだけ、理解できたことがある。
彼らに付与されていた【永遠回帰】が斬られていた。
【永遠回帰】の力を失った巨人達は生き返ることなく、細切れにされ果て無き砂漠へと散っていく。
巨人達にとって不幸なことに『冥王』ロギンは現在ライルに力を奪われている真っ最中で、死にゆく彼らに【永遠回帰】を再び付与する状態に無かった。
無残に散っていく部下を視ながら、スリュムが歓声を上げた。
「ふはははははははははは。最高だ。小さき者よ。もっと、もっと俺を愉しませろ」
スリュムが巨大な剣を振りかぶる。スリュムの体中から黄金の光が発せられた。それは『勇者』の加護であった。
「俺は巨人の四天王の一人スリュム。スキル『勇者』を操る巨人の勇者である」
スリュムは元々、天界の王の一人であり、原初の勇者と呼ばれた存在であった。
天界において『勇者』の力で富も栄誉も得たが、スリュムは平和な天界に飽き飽きしていた。
穏やかな暮らしよりも、永遠に強者と戦い続けることを望んだ。
強者とは神々のことである。
スリュムは神と戦いたいがために天界から地に降りて、ロギンの盟友となったのだ。
原初の勇者の加護を纏ったスリュムの剣が、ヒルダの【揚羽蝶】とぶつかり合った。
二つの力は拮抗していた。
「ふはははははははははは。小さき者よ。貴様の『勇者』の使い方はまるでなっていない。その剣で『勇者』の加護を無理やり生み出しているようだが、そんな小細工をしないと『勇者』の力を使えないならば、貴様は勇者失格だ」
スキル『勇者』の最も代表的な力は勇者の加護と呼ばれる黄金の光を操る能力だ。
勇者の加護を纏うことで、あらゆる攻撃から勇者を守る。
勇者の加護を放つことで、あらゆる敵を切り刻む。
勇者の加護は攻防一体の能力なのだ。
しかしながら、勇者ヒルダは己単体で勇者の加護を生み出すことができない。聖剣【草薙剣】の力を借りて何とか加護を発動させることができている。
勇者としては、失格であるとヒルダ自身が理解している。
「本当の『勇者』を知り、そして死ね。小さき者よ」
スリュムが放つ勇者の加護が膨れ上がり、ヒルダの【揚羽蝶】が押され始めた。
その時、天からナニかの咆哮が轟いた。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
天から現れたのは、灰色の風の龍。
オグナ・アウラ・ベルグンテルが創り出した極大風魔法【神風】である。
【神風】は灰色の暴風を伴い地上へとやって来た。
灰色の風が、ヒルダの背中を押す。ヒルダの中で『海神の巫女』が歓喜しているのを感じた。
ヒルダが放つ勇者の加護も膨れ上がる。
「はははは。最高の逆風じゃないか。この逆風に俺は打ち勝ってやる」
スリュムが恍惚とした表情で宣言した。逆境を愉しむ性はスキル『勇者』を持つ者特有の反応であろう。スリュムも、ヒルダも同様にこの戦場を愉しんでいた。
「これは神の風。此度の戦いにおいて、神風は『平家』に吹いたようですねー。アタシの勝ち確定でーす」
ヒルダがクスリと笑いながら答えた。
余裕の表情のヒルダをスリュムは睨みつける。
「俺が貴様のような勇者もどきに負けるわけねぇだろ」
「ええ。勇者としてアタシは負けているのでしょうねー。ですが、アタシは負けませんよ。何せ、アタシはオグナの」
言葉を切り、ヒルダは【草薙剣】に全神経を集中させる。
ヒルダが創り出す勇者の加護:バージョン【揚羽蝶】がスリュムの加護を押しのけ、その触覚が巨人の首元に触れた。
「姉でメイドで平家な勇者で、そんでもって前世は殿下の正妻でしたからー」
音も無くスリュムの首が斬られた。同時に、彼に付与されていた【永遠回帰】も切断した。
斬られたスリュムの首が宙を舞う。
「いやいや。色々盛りすぎだろ」
呆れたような呟きを最後に、スリュムの首も胴体も【揚羽蝶】によって細切れにされ、彼の破片は風に流されていった。




