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オオカミ少年かく語りき⑫

5年前。


俺が王城で引きこもりをしていた頃。


正確には、兄である第三王子ウトガルド・アウラ・ベルグンテルのスキル『無限牢獄』に幽閉されていた時の話だ。


「『無限牢獄』に閉じ込められた者は、心を蝕まれ死に至る。俺様は、お前様を『無限牢獄』で殺すつもりで閉じ込めている」


『無限牢獄』の中で『空気』になっている俺に対して、ウトガルドは俺にそう言った。


「俺様の目的は、ラグナの民の地位向上。そのためなら何だってやる。今も昔もこれからも。俺様の目的のためには、お前様たち(兄弟)は邪魔でしかない」


ウトガルドは俺に、アウラの血を引き継ぐ5人の王子は殺しあう運命にあるのだと教えてくれた。


「だがどうやら、『空気になる』お前様には、俺様の『無限牢獄』の効果は薄いらしいな。多少、精神に悪い影響を与えることはできているようだが、一向に死ぬ気配がねぇ。なぁ、お前様は何のために生きている? 叶えたい願いはあるのか?」


肩をすくめながら、ウトガルドが訊ねた。


その頃の俺は、ただただ己の心の中から湧き上がる声と戦っていた。


『スキルを磨け! スキルを磨け! 力をつけて、国を救うのだ!』


そんな想いが俺を追い立てた。けれども、俺は動こうとせずに、『空気』になっていた。


世界中では、俺以外の人間達が今日も生きるために必死になって己のスキルを磨いている。


自堕落な俺では、もう追いつくなんてできっこない。


『ならば、生き恥をさらし続けるのではなく、いっそのこと死んでしまえ!』


今思うと、この幻聴こそ『無限牢獄』の効果の一つだったのだろう。


「なぁ、お前様は何のために生きている? 叶えたい願いはあるのか?」


ウトガルドがまた訊いてきた。


あまりにしつこくウトガルドが聞いてくるものだから、珍しく俺は『空気』になることを止めた。


「うるせぇ」


その言葉はウトガルドに向けたものであり、同時に自身の心に向けた言葉でもあった。


「うるせぇよ。俺の願いは良質な睡眠だ。俺の睡眠の邪魔するな」


意味不明なことを口走る俺を見て、ウトガルドは鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見せた後、くくくくくと押し殺したような笑い声を漏らした。


「なら、どうやったら安眠できるか考えろ」


ウトガルドに言われ、目から鱗が落ちた気がした。


それから、彼に言われた通り、安眠するための対策を講じた。


「ウトガルド兄さん。良質な睡眠のために、良質な娯楽が必要です。ですが、『無限牢獄』には何もありません。なのでウトガルド兄さんが遊んでください。いずれ殺しあう仲かもしれないけど、それまでは仲良くしましょうよ。ウトガルド兄さん」


そんなことを頼むと、ウトガルドは妙な顔をしながらも、俺の相手をしてくれた。


そんな日々を過ごしているうちに、幻聴も消えていた。もしかすると、ウトガルド兄さんは途中から俺を殺そうとしてなかったのかな? とか妄想したりするんだよね。


ウトガルド兄さんは俺に対して一見塩対応だけど、必要最低限なことは伝えるようにしてくれていた。俺にとっては厳しい兄であり、家族だった。


ま、ウトガルド兄さんがどう思っていたか分からないけどね。


××××××××××××××××××××××××××××


果て無き砂漠に突き刺さる神槍【グングニル】の柄の真上に俺とロザリアは降り立った。


ライルはヘラヘラとした笑みを浮かべ、ウトガルドは憮然とした表情で俺達に視線を向けている。


「殿下は恵まれていますよね。王子として生まれただけでなく、『神様のスキル』も持っている。あははははは。貴方みたいな人間、大っ嫌いです。貴方は僕がきっちり殺してあげますね。それでは、出し惜しみせず、最終決戦と行きましょうか。さぁ、地の底から天へと手を伸ばせ、『冥王』ロギン」


不気味に笑いながら、ライルが叫ぶ。


その言葉に応じて大地が震動した。果て無き砂漠の砂は風に舞い、その中から巨大な緑色の巨人が咆哮を上げて現れた。


身体はどの巨人よりも大きいが、半身は腐り果て、もう片方は火傷の跡が痛々しく残っていた。


二つの目だけは腐敗も焼跡無く、ギラギラとした光を放っていた。


「ふむ。目覚めたはずのロギンが姿を見せないと思っていたら、永い眠りの中で身体が腐っていたせいですか。まぁ、火傷は先ほど僕が放った「火の雨」のせいでしょうけど。それでも、大掃除する力は残っているみたいですね」


『冥王』ロギンの表情は虚ろだった。まるで人形のようだ。


「『冥王』ロギンよ。手っ取り早く、世界(ティストラ)から人間を退場させなさい」


ライルが命じた。


ロギンが顔を引き裂かんとばかりに、口を真横に開く。


『天に堕ちろ』


ロギンの声が世界(ティストラ)に轟いた。


瞬時に、世界が逆転した。


ぐるり。


重力が消えたと思ったら、真上から身体全身を引っ張られた。


見えない手が天から伸びて、空へ引っ張られる。


「それでは、人間の皆さま。さようなら」


ライルの声が聞こえた。


俺とロザリアは空へと吸い込まれていく。


見る見るうちに、ライルやロギンの姿が遠ざかっていく。


「巨人には【重力操作】の効果が出ていないようですわ。人間と、人間が造ったものが【重力操作】の対象となるように条件を付けて抽出しているようですわね」


ロザリアが状況を分析していた。


気付けば、空のあちこちに人や建物が空に飛んでいた。


「重力を反転させ、天へと落とすとはなかなか面白い考えですね。天界に人間は辿り着くことはできません。天に堕とすということは、実質、底の無い崖に落とすようなものですわね」


ロザリアが感心したような口調で解説してくれた。


「ロザリア。何とか、できないのか?」

「ええ。何とかできますとも。わたくしと、オグナ君が力を合わせれば」


銀色の翼を翻すと、俺とロザリアは虚空で静止した。


大地を見上げると、ギラギラと光るロギンの目が双眼鏡のように俺に向けられていた。


「ロギン様のスキル『冥王』の力は主に二つになりますわ。【重力操作】と【永遠回帰】。重力を反転させているのは、【重力操作】によるものです」

「ロギンを倒せば、この【重力操作】は消えるんだよね」

「いいえ。ロギン様を倒しても無意味です。【永遠回帰】によって、ロギン様は回復し続けます。どれだけ傷つけても、永遠に」

「それじゃあ、どうすればいいんだ?」

「ライルさんを殺すしかありませんね」

「ライルを殺す?」

「ええ。現在、ロギン様を操っているのはライルさんです。そして、ライルさんは世界にご自身が『ロギンだ』と嘘を吐き、世界はその嘘に騙されました。ライルさんを殺すこと=ロギン様を殺すことになりますわ。ライルさんを探しましょう」


ロザリアの言葉に、俺は思考が硬直した。


ライルを殺すことに抵抗があった。


向こうがどう思っているか知らないけど、ライルのことを俺は友人のように思っている。


ライルが何故、巨人の力を使って人間を排除しようとするのか知りたかった。


「ライルを殺す必要は無いんじゃないか?」


ライルと話せば、何とかなるんじゃないかと思う自分がいた。


「甘いなぁ。俺様の弟様はよぉ」


突如、俺の目の前に人影が現れた。


その人影は俺の兄でもある第三王子ウトガルドだった。


空間を自在に操る『神様のスキル』『無限牢獄』の力で、ウトガルドはここまで飛んできたらしい。


ウトガルドは俺へと手を伸ばしている。


その掌から小さな時空の歪みが発生していることに気づいた。


「っ。ヤバい。【剣風】」


ひゅ。


俺は短剣を取り出し、空気を切る。風の刃がウトガルドに放たれた。


「さて、こっちは兄弟喧嘩でもしようぜ。【グレイプニル】」


ウトガルドがその御業を口にした途端、目の前で風の刃が跡形も無く消え去った。まるでそこに何もなかったかのように。


俺とロザリアは風魔法【剣風】の反動で、ウトガルドから距離を取ることに成功していた。


「【グレイプニル】は二度と出れない異次元の牢獄へと飛ばす御業ですわね」

「あれを食らうと不味い。とにかく、逃げてくれ。【剣風】」


俺が再び、短剣を振り、風の刃を放つとウトガルドの姿が消えた。


「【グレイプニル】」


背後からの声を聞き、俺も即座に魔法を唱える。


「【突風】。ロザリア。俺の風に乗れ」


俺が造った風魔法を浴びて、ロザリアの飛行速度が上昇する。


今まで俺達がいた場所に、時空の歪みが現れ、消えた。


「【グレイプニル】」


今度は、俺の真横にウトガルドの姿があった。


「【突風】」


風の軌道を変え、俺とロザリアは風に流され、【グレイプニル】から逃れた。


その後も、ウトガルドは俺達の周囲に現れては【グレイプニル】を放ち、俺達は即座に反応してその御業から逃れた。


「俺様の人生は、集合的無意識への反逆の連続だ」


熾烈な鬼ごっこをしている最中、ウトガルドの言葉が響いた。


「集合的無意識は、ラグナの民を、巨人族を忌み嫌い、世界(ティストラ)から排斥していることを理解していた。その未来を変えようと、馬鹿みたいに足掻いた。娘を巻き込んで、娘を見殺しにしながら理想を掲げて走ったが、結末への道は変わる気配がまるでない。俺様には運命をひっくり返すことはできないらしい。けどなぁ、諦めるわけにはいかねぇんだわ」

「兄さんは、ベルグンテル王国を滅ぼすことが目的なのか?」

「違う。俺様は中立だ。けどなぁ、このままラグナの民が、巨人族が世界(ティストラ)に排斥されるのを黙って見ているわけにもいかねぇ。そのために、俺様は『巨人殺し』に協力したんだ」

「意味わかんねぇよ。『巨人殺し』はどう見ても、ベルグンテル王国を、いや人類を滅ぼそうとしているだろ? このままじゃ、ベルグンテルもラグナも無くなってしまう」

「お前様に理解してもらおうと思っちゃいねぇよ。お前様も俺様のことを理解しようとするな。所詮、俺様達アウラの血を引く兄弟は殺しあう運命にあるんだ。己が正しいと思うことを信じ、己の心の思うままに、俺様()を殺して傲慢に突き進め。お前様の元になった日本武尊(ヤマトタケル)のようになぁ」


時空の歪みに俺は触れてしまった。歪みの先に、満面の笑みを浮かべるウトガルドの顔があった。


【グレイプニル】に捕らわれた。


俺の身体が歪みへと引っ張られる。


「ウトガルドォおおおおおおおおおおおおお」


野太い叫び声が響き渡った。


肉を裂く音がした後、焦げ臭い匂いが漂ってきたと思ったら、時空の歪みが消えていた。


ウトガルドの頭から胴にかけて赤い一本の線が走っていた。それは斬撃の跡だった。


「さすがに、無理しすぎたかねぇ。けどまぁ、俺様は役目を全部終えた。次は、お前様の番だぞ。寝てる暇なんて無いかもしれないがなぁ。やるだけやってみな。オグナ」


しっかりとした口調でウトガルドが言った後、ウトガルドの目から光が消えた。


力を失ったウトガルドの身体は『冥王』ロギンの【重力操作】の力を受けて、天へと堕ちていった。


「ふん。吾輩に似て、馬鹿な子孫だ」


ウトガルドを斬った巨人が虚空に立っていた。


真っ赤な身体をした巨人は、憐れむように天へと落ちるウトガルドを見下ろしていた。


「吾輩の名は、巨人族の四天王スルトである。此度の戦いには、吾輩の子孫であるウトガルドの暴走を止めるため参戦した。吾輩には、貴様達人間と争う気は微塵もない」


スルトはため息交じりに、呟いた。


言葉通り、スルトから敵意を感じなかった。


「吾輩は、馬鹿な子孫を供養しなくてはならぬ。吾輩も天へと堕ちることにする。吾輩ならば、天界へ到達できるであろう。もともと吾輩達四天王は天界が故郷であるからな」

「天界を裏切って巨人ロギンに味方した天界の王が4人いたと聞いていましたが、事実でしたか。であれば、裏切り者を天界に住む天使(お姉さま)達は決して許さないと思いますよ」


唐突に、ロザリアがスルトに言った。


スルトは鼻を鳴らして答えた。


「無論だ。だが、神の血を引くウトガルドの供養はしてくれるであろう」

「それは、そうでしょうけど」

「であれば、何も問題あるまい。吾輩も巨人となった身だが、生まれ故郷は天界である。天界を一度見てから死ねるならば本望である」


そう言い残し、スルトは天へと堕ちていった。


「ままならないものですね」


いつも元気なロザリアがため息交じりに言う。


俺が状況についていけず、首をかしげていると、ロザリアはぱっと笑顔の華を咲かせた。


「申し訳ありません。オグナ君。先ほどの話の続きをしましょう」

「さっきの続きってのは、ライルを殺すこと?」

「はい」

「どうしても、ライルを殺す必要があるのか?」

「世界を救うためには、ライルさんを殺さなくてはなりません。ですが、わたくしはオグナ君のファンです。オグナ君が叶えたい夢を、応援させていただきます。オグナ君の思い描く未来()のために、わたくしの全てを捧げます。わたくしのレベル、存分にお使いください」


ロザリアの身体が光の粒子となる。天使の光は俺の中に入り込んでいく。


『オグナ・アウラ・ベルグンテルのレベルアップが完了しました』


スキル『空気になる』の声が頭の中に響いた。


オグナ

レベル 138【仮】

固有スキル

『空気になる』

派生スキル

『風魔法』極大

『剣術』極大

『神聖魔法』極大

『鑑定』極大

『未来視』

『天使召喚』

『スキル簒奪』

『全知』

エトセトラ、エトセトラ。


レベルが上がったのを確認した俺は、最大最強の魔法を唱えた。


「極大風魔法『神風』」


俺の周囲に灰色の竜巻が発生する。竜巻は細く、細く、圧縮されていき、灰色の竜へと転じた。


灰色の龍と一体になった俺は、地上を見上げる。


おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


龍は咆哮を上げ、『冥王』ロギン目掛けて走り出した。


大災害級の嵐を伴いながら『神風』は、巨人の軍勢に、果て無き砂漠に直撃した。


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