オオカミ少年かく語りき⑩
愛って何だろう?
そんなことを僕はずっと考えていた。子供の頃からずっと。
愛とはすばらしいものらしい。
愛されたいと願っていた。
愛し合っているはずの両親はいつも喧嘩ばかりしている。
愛し合っているはずなのに。少なくともかつては愛し合っていたはずなのに。どうしてあの二人は今、あんなにも仲が悪いんだろう?
嘘でも良いから、仲良くしてほしいなぁ。
嘘でも良いから、僕を愛してほしいなぁ。
嘘でも良いから、と僕は願い続けている。
どんだけ病んでいるんだよ、と自覚はある。
でも、だからどうした。
病んでいて結構。
×××××××××
僕の父である英雄ティールは『神様のスキル』の使い手だった。
その名は『巨人殺し』。
巨人を屠る強大な力で凶悪な魔物を倒してたくさんの人間を救ったらしい。
『巨人殺し』について、おそらく僕は誰よりも知っている。
『巨人殺し』には意思があった。ティールがまだ生きていて、僕達が青のダンジョンで暮らしていた頃、『巨人殺し』によく話しかけれらた。
『魔法の言葉を教えてあげよう。『大神が来た』。そう叫べば、ティールとフェンリルの喧嘩を止めることができる。オージンを知ってる者はもちろん、オージンを知らない者も、オージンが来たと知ったらパニックになるはずだ。それほどオージンは凄い神様なんだ。まぁ、本来君レベルの『嘘』ではあの二人を騙すことなんてできないけど、今回は俺が力を貸してあげよう。大神オージンが遺したスキルである俺が、君の『嘘』を真であると保障しよう』
優しそうな声で、そいつは僕に『嘘』を吐くコツを教えてくれた。僕はそいつの言葉通り、喧嘩する両親の前で、『大神が来た』と叫び続けた。
『巨人殺し』が力を貸してくれたこともあり、二人は簡単に騙された。騙された二人は慌てふためき喧嘩どころではなくなる。
喧嘩を止められた僕は、調子に乗り何度も何度もその魔法の言葉を唱えた。
そうしていつしか、魔王フェンリルは僕の『嘘』が解けなくなった。フェンリルは僕と、僕の父ティールを大神オージンだと思い込むようになってしまった。
『ティールは大神オージンの子孫でその尊い血を色濃く継いでいる。娘の君も同様だ。君達は大神オージンに最も近いからね』
『巨人殺し』は愉しそうな声で解説してくれた。
『魔王フェンリルは『人間を殺せ』という神の『遺言』に逆らえない。そして、人間側の神様である大神オージンは、フェンリルにとって最優先で殺さないといけない対象になるんだよねぇ』
フェンリルは僕に本気で襲い掛かった。どんなに怒っても、神の『遺言』に『人を殺せ』と命じられても『家族』に向けて放つことは無かった『地獄の業火』が放たれていた。
成す術なく立ち尽くす僕をティールは庇って『地獄の業火』に燃やされた。消えぬ炎を浴びたティールは死ぬ間際、フェンリルに致命傷に近い攻撃を叩き込み、正気に戻した。
『あははははははは。やっとティールが死んだよ。これで俺は自由だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。ひゃっほおおー』
『巨人殺し』の甲高い声が響いた。
それから『巨人殺し』は僕を新しい宿主として指名したが、僕は拒絶した。
『もうお前の言いなりになるもんか。僕は僕の力で生き抜いてやる』
『巨人殺し』に向かって心からの叫びを吐き捨て青のダンジョンの一室に捨てたのは、随分前の出来事。
そして現在。
僕と、『巨人殺し』が宿った右腕は、大地を取り巻く世界蛇【ヨルムンガンド】の口の中に向かって落下している最中だ。
『ねぇ、ねぇ、どんな気分? この俺の力に頼らず生きていくって吠えてたじゃん。なのにさぁ、何も成し遂げられず、居場所も作れず、新しいスキルも持っていない。今まで、何してたのぉ? 俺だったら恥ずかしくて死んじまうね。というか、このままだともうすぐ死んじゃうんだけどね』
『巨人殺し』の声が聞こえた。その声は右腕から発せられていた。ちなみに右腕は亡き父ティールのものだ。父の右腕は、僕に手を伸ばすように手のひらを広げていた。
『選択の時だ。このまま何もできずに、巨人族に殺されるか。それとも俺のスキルを継承して、世界を救った英雄となるか。っていうか、考える必要無いよね。俺を継承する一択だよね?』
愉しそうな声に、僕は答えない。
正直、『巨人殺し』を信用できない。
『こいつは嘘を吐いて僕を騙そうとしている』のだと『嘘吐き』の僕は感じている。
『あはははは。俺を警戒しているのかい? 俺はこんなにも善良なのにどうしてそんなに身構えるのか理解できないなぁ。でも、安心してくれよ。俺は君を気に入っているんだ。酷いことするわけねぇじゃん』
嘘だ。騙されるな。
こいつの口車に乗ったせいで、ティールは死ぬことになった。
『酷い言いがかりだ。思い出してくれよ。俺はいつだって君の味方だったんだぜ。何せ、ティールとフェンリルから救ってやったんだから』
『巨人殺し』の言葉は鈍器のように僕の頭を揺らした。
『ティールもフェンリルも君のことなんてこれっぽっちも愛していなかった。覚えがあるだろ? 青のダンジョンでの生活を思い出せよ。ほとんどネグレクト状態だっただろ? 虐待もされただろ? でも、仕方ないよ。だって君は半分人間で半分魔物。魔物のフェンリルにとっても、人間のティールにとっても、何故か一緒にいるだけで無性に腹が立つ存在。それが君だ。どんなに頑張っても、どんなに願っても、この世界に君の居場所は無く、愛されることも無い』
嘘だ。
僕の居場所は僕が造る。それに、今は、オグナが。フェリがいる。仲間がいる。居場所がある。
『オグナと、フェリだっていつか君を疎ましく思うようになる。オグナは人間で、フェリは魔物だからね。そして君はそのどちらでも無い。君は嫌われる。これは決定事項だ。心の底では理解しているだろ?』
反論できなかった。
僕はオグナとフェリとは違う。世界で唯一の魔物と人間のハーフだから。味方などいない。そんなことは分かっている。
でも、そんな状況をはねのけるために、僕はオグナが掲げる『人と魔物が共存する世界』に協力しているのだ。
……まぁ、本当にそんなことできるなんて微塵も思っていないけど。
オグナとフェリのことは好きだ。けれど、いつか二人は僕を裏切るかもしれないとビクビクしている自分もいる。
正直、二人といるのも辛いと感じていた。
僕はため息を吐いた。
『ようやく決心できたようだね。随分と時間がかかったけど、まぁ、許そう。君のことを俺は何でも知っているからね。こうなることは分かっていた。さぁ、俺に手を伸ばして』
『巨人殺し』の言葉の通りに、僕は自身の右腕を伸ばしてしまった。『巨人殺し』が宿る腕に向かって、手のひらを広げる。
互いの手のひらをパチンと合わせた。
『これで、継承の儀は終了だ』
頭の中で巨人殺し』の声が響いた。そして、いつの間にか父の右腕は消えていた。
『これで君は『神様のスキル』の使い手だ。この世界はスキルが全てなんだろ? 力のあるスキルを持っていれば勝ち組なんだろ? だったら君は今この時から、勝ち組だ。さぁ、愉しもうぜ。もう、無理に吐きたくない嘘なんて吐かなくても大丈夫。吐きたい嘘だけ吐けば良い。そして君の望みを偽ることなく、嘘吐くことなく、声を上げて主張しようぜ。あはははははははははは』
『巨人殺し』の笑い声が脳内で響き渡る。
「『嘘を吐く』ことも『隠蔽』する必要も無い。望みを口にし、欲しいものに遠慮することなく手を伸ばせ」
いつしか脳の中で繰り返される言葉が僕の口から漏れていた。
今までの僕と何かが違う気がした。
思考が冴え、感覚が研ぎ澄まされているのを感じる。
時間も止まっているのかと思うほどに、進み具合が遅い。
相変わらず死に向かって自由落下している最中だが、不思議と焦りは無い。
空から大地を見下ろす。
果て無き砂漠中にいた巨人の軍勢は、断崖絶壁の真上にあるラグナの街を目指し、崖をよじ登っている。
既に崖を上り終わった巨人はラグナの街を踏み荒らし、街の中心に建つ『雨の塔』に近づき攻撃している。その先頭にいるのは、巨人族の四天王のスルトであると僕は理解していた。
「『雨の塔』には、第三王子ウトガルドが住んでいたな。ウトガルドの母親はスルトの血筋を引いてたとも言っていたし、スルトの目的はあの第三王子か。というか、あの『雨の塔』って神器だよな。スルトの攻撃でもびくともしないんだなぁ。なかなか使える神器のようだ。あれを使って巨人を滅ぼすのもありだなぁ」
ぐるぐると思考が回転する。そして何故か、『雨の塔』を見ただけでその神器の使い方が理解できた。
再び果て無き砂漠を見渡す。
「うん? あそこの青い火柱は何だ?」
果て無き砂漠で、儀式でもしているのかと思ってしまうほどに盛大な火が天に向かって上がっていた。
「フェリか」
僕の妹であり、魔将級の魔狼は【地獄の業火】で巨人族の四天王フォル二を燃やし続けている。
フォル二は『冥王』の【永遠回帰】を浴びることで、再生し続けているが、青い炎は再生速度を上回る勢いでダメージを与え続けている。
「フェリはマジで未知数だな。彼女のスペックは今の僕でも鑑定できない」
フェリは巨人族に善戦しているようだった。妹が無事のようで少し安心する。とはいえ、【永遠回帰】の力の効果がある限り、フェリが完全に勝利することは無い。【地獄の業火】は【永遠回帰】を燃やすことはできないのだ。
そしてもう一つ、災害級の被害をもたらしている戦場がある。
「勇者ヒルダはどうだ」
黄金の津波を発生させ続けている少女に視線を向ける。
ヒルダが繰り出す光の波に、巨人族の四天王スリュムは細切れにされるが、【永遠回帰】の効果で再生してしまう。再生しても、ヒルダは再び光の津波を放つが、明らかに彼女の肉体は疲労していた。
ぜぇぜぇと息を吐きながらも、目を欄欄と輝かせ、「平家の地獄を! 平家の水底を!」と何度も何度も憑りつかれたように叫んでいる。
気合は十分そうだが、体力的に彼女はそろそろ限界そうだ。
空の上を見上げると、眠りこけるオグナ殿下をお姫様抱っこする天使ロザリアが笑顔の花を咲かせながら僕を見下ろしている。
「未来視の天使ロザリアか。どこまで未来が観えている? 何故、僕に『巨人殺し』を渡したんだ?」
僕に『巨人殺し』を渡した天使の思惑を想像してみたが、狂っていると評判の天使様の考えなど分かろうはずもない。
「おいおい。オージンの気配を感じるぞ」
真下からユミルの声が聞こえた。
世界蛇【ヨルムンガンド】と同化したユミルは僕を睨んでいた。
その表情が滑稽で僕は心の底から笑いたくなってしまうが、何とか堪えた。
「ええ。そうですよ。当然でしょう。だって、『僕はオージンなんですから』。『オオカミが来ましたよ』」
出鱈目な『嘘』を言った。
するとユミルの目が一瞬虚ろになった後、すぐに目を見開く。
脳が『嘘』に騙された者特有の見慣れた表情だった。
「あ、ああああああああ。な、なんで、ここにオージンがいるんだぁ?」
完全に騙されたユミルが僕を見て叫ぶ。僕のことをオージンだと認識していた。
『『神様のスキル』を継承した君は、神様だって騙せるのさ』
『巨人殺し』の声が頭の中で響いた。
『巨人族に俺の力を見せてやろうよ』
声に従い、僕は右手を【ヨルムンガンド】に向ける。頭の中で『雨の塔』を思い浮かべながら唱えた。
「世界樹よ、我が槍となり世界を貫け。『巨人殺し』奥義【グングニル】」
雨の塔と呼ばれ、現在ラグナで使われているその建物はかつて『巨人殺し』の神オージンが世界樹を喚び出し、要塞型に加工した創造物である。その真の名前こそ【グングニル】。
その【グングニル】を新しく僕は創造する。
ラグナに建つ雨の塔よりも巨大で、要塞の要素を一切省き、敵を貫く槍の機能のみに特化した【グングニル】が創造される。世界を貫くための槍を、僕のすぐ目の前の空間に浮遊させた。
【グングニル】に、『巨蛇を突き穿て』と命じた。
世界樹を加工した槍が、轟音と共に撃ちだされた。
「嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。誰か、こんなの嘘だと言ってくれええええええええええええっ」
絶叫が上がるが、【グングニル】が【ヨルムンガンド】を貫くと、叫びは途絶えた。
『巨人達よ。立ち上がれ。我が【永遠回帰】に手を伸ばせ。【永遠回帰】に手を伸ばす限り、貴様たちは永遠だ』
地の底から、巨人族の王ロギンの声が響き渡る。
【永遠回帰】の効果で【ヨルムンガンド】の再生が始まる。
「永遠に再生するってのは厄介だな。だったらやっぱり、元凶をどうにかしないとね。世界樹よ。火の雨を呼び起こし、世界を燃やせ」
【グングニル】全体が熱を帯び、深紅に染まる。
大地に突き刺さる槍の先端に熱が集中する。
それは神話の時代、巨人の国を跡形も無く焼き、果て無き砂漠へと変えてしまった御業。
【火の雨】である。
【火の雨】が大地に射出される。その狙いは、大地の中に潜む巨人『冥王』ロギンである。
『ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
【火の雨】に焼かれ、ロギンから苦悶の雄叫びが上がる。
『『巨人殺し』の攻撃は巨人に対して効果は抜群だぁー。そんでもって、クリティカルヒットもいただきましたぁ!』
『巨人殺し』がはしゃぎながら実況する。
ロギンがのたうち回ったのことにより大地、否、世界が揺れた。
揺れが収まると、世界がまるで静止したかのようにもの音一つしなくなった。
先ほどまで煩いほど鳴り響いていたロギンの声も、【永遠回帰】の効果も消えていた。
僕は【グングニル】の真上から大地を見下ろす。
コツ、コツ。
背後から足音が聞こえた。
「ふん。【永遠回帰】はロギンが操る御業。ロギンが眠りにつけば、その御業を操る者がいなくなる。【火の雨】でロギンを気絶させるとは見事だな」
そこに坊主頭の男、第三王子ウトガルド・アウラ・ベルグンテルが立っていた。
彼が所有する『神様のスキル』『無限牢獄』は空間を自在に操ることができる。空間を飛び越え、ここにやって来たようだった。
「とはいえ、この程度ではロギンはすぐに目覚めるだろうがな」
ウトガルドが断言する。
そんなこと僕も理解しているし、対策も考えている。
今から一番の大仕事を始めようとしていたのだ。
「ウトガルド殿下は、ここに何の用ですか? 殿下のような高貴な方にこんなところは似合いません。早く安全な場所に戻られた方が良いですよ」
邪魔だから出ていけと念じながら言った。
ウトガルドは肩をすくめた。
「そう邪見にするな。俺様はお前の味方だ」
「味方?」
「ああ。俺様は『集合的無意識』の中で『巨人殺し』と同盟を結んでいる。ここまで全て俺様と『巨人殺し』の計画通りだ」
ウトガルドが余人には理解できない言葉を使っていた。
僕にはウトガルドの言葉が理解できてしまった。
『あぁ。そうだよ。全てはこの俺『巨人殺し』の計画通り。ウトガルドは俺達の味方さ。少なくとも、このラグナから出るまではね』
『巨人殺し』が言う。
「ふん。良いから、さっさと始めろ。世界をひっくり返すぞ」
ウトガルドが僕に催促した。
僕は大きく息を吸ってから、世界に向かって叫ぶ。
「『僕こそが、巨人族の王『ロギン』だ。永遠を求める者よ。人を憎む者よ。僕の【永遠回帰】に手を伸ばせ』」
僕の嘘に、世界は騙され、世界は僕を『ロギン』だと仮認識する。
ロギンが気絶している間に、ロギンの力を奪うこと。それが僕が成そうとしている大仕事だった。
こうして僕はロギンのスキル『冥王』をじわじわと略奪していく。
それから僕は巨人達に呼びかけ、世界を壊せ、滅茶苦茶にしろと命じる。
「世界をひっくり返そう。あはははははははは」
『あはははははははははははははははははは』
僕は笑う。涙を流しながら笑う。
これこそが僕が望んでいたことだ。
『そうだよ。もうこの世界はお終いだ。詰んでいる。だから一回全部ひっくり返さないと。さぁ、世界よ。集合無意識の異相へ反転しろ』
無意識にのまれろ、世界よ。
思い知れ。僕の怒りを。
「うるせぇなぁ。折角、面白い夢を見てたのに、邪魔しやがって」
真上から少年の声が聞こえた。
その声に僕は胸を高鳴らせた。
オグナ・アウラ・ベルグンテルだ。彼は天使に抱っこされながら、僕を鋭い視線で見つめていた。
その視線に覚えがある。ティールがフェンリルに向けていたものとそっくりだ。
「ようやく起きましたか。オグナ殿下。おはようございます。そして大変、申し訳ありませんが、僕は今からオグナ殿下の敵になります。生きて帰す気はありませんので、思うまま死んでください。それから最後に一言、言わせてください。ニートの殿下のことなんて大っ嫌いでした」
オオカミ少年の僕はオグナ殿下にそう告げた。




