オオカミ少年かく語りき⑦
父親は英雄ティール・オージン・ウルフヘズナ。
母親は魔王フェンリル。
僕が青のダンジョンで暮らしていた時、両親はことあるごとに殺し合っていた。
今考えると、あの2人にとって殺し合い、互いに喰らい合うことこそが最上の愛情表現だったのかもしれない。
でもまぁ、子供にそんな男女の機微と言うかプレイは理解できない。
だって「殺してやる!」が愛の言葉なんだよ? 獰猛に笑いながら血が出るまで殴ったり、噛みつくのがスキンシップなんだよ? 理解できる?
幼い僕は2人の殺し合いを止めたくて、よく嘘を吐いた。
「大神が来た。大神オージンが来た」
初めて吐いた嘘だ。
大神なんて意味は知らない。
フェンリルとティールの会話の中に時おりそのワードが使われ、何故かはっきりと記憶に残っていた。
神様が死んだ世界で、そんな嘘に何の力も無いはずだけど、その嘘を聞いた途端、フェンリルとティールはたちまち正気に戻った。
二人は「大神が我等を罰しにやって来た」と大慌て。結局すぐに嘘だとばれてしまったけどね。
大神のことは二度と口にしてはいけない。そんな嘘は二度と吐いてはいけないと叱られた。
こっぴどく怒られたが、結果的に二人の殺し合いを止められて、気分は晴れ晴れとしていた。
嘘を使えば魔王と英雄の戦いを止めることができたからね。嘘で、何だって出来ると思ってしまった。
だから僕は嘘を吐いた。
嘘を積み重ねて、幾度も報いを受けたけれども。
それでも僕は嘘を吐く。
「大神が来た。狼が来た。オオカミが来た」
父ティールは僕の嘘が元凶で、フェンリルに殺された。
大神オージンの血と、『神様のスキル』を受け継いでいたが、人間としての老いもありフェンリルに殺された。
「大神が来た。狼が来た。オオカミが来た」
母フェンリルは怒り狂い、我を失い僕を襲うようになった。
「大神が来た。狼が来た。オオカミが来た」
青のダンジョンから逃げ延び、人間の国に潜入し、ライルと出会ったけど、彼も僕の嘘が遠因で死んだ。
もう嘘は引き返すことができないくらい膨れ上がっている。
こんな嘘塗れの居場所は、この世界のどこにも無い。
正直、生きてても良いことなんて無い。死んだら楽になれるんだろうなぁと思う時もある。
けれども、時々、夢見てしまうのだ。
もう少し頑張れば、と。
××××
「俺達巨人は神々にたくさん嘘を吐かれて、散々な目にあってきた。というか、何で、嘘を吐くの? 理解できないんだけど。嘘なんか吐いたってすぐにバレるのは明白だろ? 嘘吐いて、得られるモノに大した価値なんてないだろう? 嘘を吐けば、生涯罪悪感を抱えることになる。そんなの想像しただけでしんどいんだけど。それなのに、何故お前は嘘を吐く?」
巨人ユミルが問う。
僕はヘラヘラ笑いながら答えた。
「世界平和のためですよ」
その言葉に嘘偽りは無い。けれど、ユミルは忌々しそうな表情を浮かべる。
「巫山戯るなよ。ああ、やはりお前はムカつくな。まるで大神オージンと話してるみたいだ。そう言えば、お前、どことなくアイツの名残があるな。オージンの子孫か」
あたかも昔の同級生の名を口にするかのような口調だった。
大神オージンとは、神話の始まりから登場する古参の神様だ。彼は女神アウラが生まれた頃に隠居状態に入ったため、ベルグンテル神話にはほとんど登場しない。
数少ない大神オージンの神話から察するに、非常に力の強い老神で、主君である女神アウラを溺愛していたらしい。
女神アウラが神々の中でも高い地位を維持できたのは、大神オージンの後ろ盾があったからと言われているほどだ。
「私はオージンの子孫ではありませんよ」
「嘘だな。お前はオージンの血を引いている。それも悪いとこだけ受け継いでいるみたいだ。そんな嘘吐きは、きっちり殺さないと」
ユミルは突如、己の手首を切った。赤い血が地面に垂れ落ちる。
ドクン
赤い血が大地に吸い込まれた瞬間、脈動した。
ボゴボコと土が蠢き、巨大な何かを作る。
「俺のスキルは『混成』。俺の血と、大地を混ぜ合わせて新たな巨人を生み出すことができる」
土は人型となり、その表面は肌色へと変化していく。
ボコボコボコ
土の塊から目が、鼻が、耳が、口が生成されていく。
「あああああああああああああああ」
生まれたばかりの巨人が口を開け、発声練習でもするかのように産声を上げた。
「俺の『混成』で無限に巨人を造り、ロギンの『冥王』で不死を永遠に付与させる。どうだ? 最強の組み合わせだと思わないか?」
「そうですかねぇ。巨人の兵士と言っても、一体一体の質はそこまで高くないですよね。多くが魔曹級。貴方も、見たところ魔将級と言ったところですよね。巨人の軍勢というから、その多くが魔王級に近いのかと思っていましたが」
「ふん。俺達巨人は魔物でも神でも人でも天使でもない。お前達の物差しで測られるのは腹立たしいがなぁ。それでも、俺達巨人は人間よりも優秀であることは事実だ。全ての巨人は魔曹級以上の力を持っているが、人間の中に魔曹級の力を持つ者がどれだけいる?」
魔曹級は魔物の位として、上から3番目。
魔曹級に対抗できる人間なんて、1000人に一握りしかいないと言われている。
「人間は俺達巨人の下位互換。悪いが、世界にお前達人間の居場所はない。俺達巨人が蹂躙するからな。さぁ、我が新しき子よ。我が子ヴィリよ。忌々しき嘘吐きを踏み潰せ」
「嘘吐き。嘘吐きは悪い奴。嘘吐きは殺さないと」
あああああああああああああああああああああ
巨人ヴィリが絶叫を上げて、右足を上げて僕を踏み殺そうとする。
「『私は人間じゃありません。ただの狼ですよ。貴方達巨人の敵ではありません』」
スキル『嘘吐き』を発動して、巨人ヴィリの脳を揺さぶる。
「スキル『嘘吐き』だな。騙されないぜ。俺は、お前が嘘吐きだと知っている」
新たに生まれた巨人が笑いながら告げる。
そうだよねぇ。
『嘘吐き』のスキルを所有していると分かっている場合、嘘は効果を無くしてしまう。
おまけに、目の前のユミルのスキルのクラスは魔将級。高ランクのスキル持ちに『嘘』は通じない。
新たに生まれた巨人なら騙されてくれるかなぁと思ったんだけどねぇ。クラスは魔曹級っぽいしね。
でも、目の前の二人に嘘が通じないなら、仕方がない。
作戦変更だ。
「潰れちゃえ」
巨人ヴィリが右足を振り下ろす。
ドスン。
僕は何とか、巨人の攻撃を避けながら、大声を出す。
「『狼が来たぞ』」
その嘘はユミルと、彼が生み出した巨人には通じない。二人は僕が嘘吐きだって知っているからね。
「『狼が来たぞ。魔狼の王フェンリルが来たぞ』」
こんな嘘も勿論通じない。
「捕まえたぁ」
がしり。
巨人の右手に僕の身体は握りしめられた。
「『魔王、フェンリルが、き、たぞ。きょ、じん、をくい、ころす、ために』」
ギリギリと締め付けられる痛みに耐えながら、僕はスキル『嘘吐き』を使い続ける。
というか、考えてみたら、永い眠りから覚めたばかりの巨人達は、魔王フェンリルのことなんて知らないだろう。
魔王フェンリルは神が死んだ終末に生まれた魔物だから。
「なぁ、嘘吐きよ。お前は半分人間で、半分魔物。ギリギリ人間じゃないって考え方もできる。もしも金輪際、嘘を吐かないと約束できるなら、見逃してやってもいいぜ」
ユミルのせせら笑うような声が届いた。
今の状況を脱するには、破格の条件に思えた。ただ、『嘘を吐かない』と約束するだけで命が助かるのだから。
「そ、れは、断る」
絞り出すように、僕は言ってしまった。
「あ? 何でだ? 意味不明だな。嘘を吐かないだけで、命が助かるんだぜ? それともお前は死にたがりか?」
「死に、たがり、かもしれない」
「ふーん。なら、丁度いいな。死んどけ。嘘吐き」
「それも、嫌だ」
「はぁ? 死にたがりなのに? 死にたくないの?」
「まぁ、ね。私には、どんなに、努力しても、きっと、この世界に、私の居場所はない。そんな、場所は、無い。知っている。死にたくなるのは、当然、だろ」
「だったら、死んどけよ」
「それでも、私は、夢を見てしまう」
「夢?」
「は、はは。私は、馬鹿だから、どんなに、酷い、状況でも、都合の良い夢を、見て、しまう。私の嘘を、認めて、くれる場所を造れる、と」
「そんな場所は無いよ」
「知って、いる。でも、夢見て、しまったんだ。いや、夢を見せられたんだ。あの馬鹿、ニート王子に」
「どうやら、もう頭がおかしくなったらしい。おい、ヴィリ。さっさと、その嘘吐きを殺せ」
ユミルが命令すると、巨人ヴィリの握力が増す。
僕は絶叫するように、『嘘』を吐き出す。
「『大神オージンが来たぞ』」
こんな嘘も、二人の巨人には通じない。
けれども、『嘘』は波紋のように広がり、巨人の軍勢の耳から脳へと入り込む。
広大な果て無き砂漠中に跋扈する巨人全てに『嘘』は届かなくとも、数人の巨人はその『嘘』を聞いてしまう。
そして、その中の一握りは『嘘』に騙され、口を揃える。
「「「大神オージンだとぉ?」」」
その呟きには、恐れが混じっている。
「あの、『巨人殺し』の大神オージンがいる? 確かに、奴の気配を感じる! 奴が生き帰ったのか? いや、そもそも奴は死んでなどいなかったのか? 奴ならあり得る!」
一人の巨人が叫び、その恐れが伝播する。
「「「大神がやってきたぞ。逃げろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」
巨人達が阿鼻叫喚と化す。
「うん? 巨人がこっちに走ってくる? 何で?」
僕を握りしめていた巨人ヴィリが不思議そうに言う。困惑したヴィリの掌の力が弱まっていた。
「邪魔だぁああああああああああああああああああああああ。早く、早く、逃げろぉおおおおおおおおおおおおおお。大神がやって来たぞぉおおおおおおおおおおおおおお」
巨人の波がヴィリに迫る。
「え? え? え? 大神? 何それ? よく分からないけど、ヤバい感じがする。逃げなきゃ」
ヴィリが巨人の波に呑まれ、その波の一員として走り出す。
その際、僕は掌から放り出される。
受け身を取りながら、僕は地面を転がる。
「やはり、お前はオージンの子孫だったか」
僕を見下ろすように、ユミルは立っていた。
彼は苦々しい表情をしていた。
「オージンは、最強のスキル『巨人殺し』と、エクストラスキル『嘘吐き』を持っていた。俺達巨人はオージンの恐ろしさを知っている。そんなオージンの血を引き、そのスキルを持つお前の嘘だ。多くの巨人は騙されちまうだろうよ」
僕はヘラヘラと笑いながら、立ち上がる。
気づけば、服装もボロボロだ。
そんな僕を見て、ユミルは目を細めた。
「お前は、女か?」
あらら。バレてしまったよ。色々都合が良かったから男のふりしてきたのに。
「いいえ。私は、男ですよ」
澄ました顔で、僕は嘘を吐く。
正直、ユミルに女とバレるのは、どうでもいいが、あの馬鹿王子だけには、僕が女だと知られたくない。アイツだけには。
「ま、いいや。嘘吐きは俺がここで殺す。我が子達は、お前の嘘に騙されて、どっかに逃げ出しちまったようだが、そのうちお前の嘘に気づくだろう。残念だが、お前のやったことは無駄になるな」
「無駄にはなりませんよ。だって、この状況なら、貴方を倒せますからね」
ユミルの能力は把握した。ユミルの『混成』は厄介だが、それが発動してから完成に至るまでに時間が必要だ。
また、近くをうろついていた巨人も消え去った。
ここでユミルは孤立無援。
「は? お前が俺を倒す? そんなことできるわけねぇだろ」
「ええ。そうですね。私にはできません。でも、私の王子にはそれが可能なんですよ」
「私の王子?」
怪訝な表情をするユミルに向かって、僕は馬鹿にするような声で言う。
「見えないんですか? 感じないんですね。貴方は、その程度なんですね」
調子に乗ってマウントを取っているけど、実は僕も彼が常に見えていたわけではない。ずっと僕とフェリと三人で旅してきたんだけど、彼は空気のように存在感を消してしまうから。まぁ、フェリは見えてたようだけど。
こほん、と咳払いをしてから僕は予め決めた合言葉を口にする。
「"ニート王子のスキル『空気になる』は役に立たないって本当ですか?"」
それは、僕の主人であり、旅仲間であり、ベルグンテル王国第五王子と決めた合言葉。
オグナ・アウラ・ベルグンテルがスキル『空気になる』を解き、巨人の討伐に参戦する合図である。
「中級風魔法」
虚空から少年の声が聞こえてきた。
「剣風」
風の刃がユミルを切裂いた。
「やっと、俺の出番か。もうちょっと、空気になっても良かったんだけどなぁ」
灰色の少年、オグナ・アウラ・ベルグンテルは眠そうな声で僕に近づいてくる。
「というか、ライル。ケガ大丈夫?」
何気ない言葉に、僕の心が躍る。
チョロいなぁと思うけど、仕方ないよね。
というか、何で、こんなの好きになっちゃうかなぁ。
馬鹿でニートなのに。
でも、好きになってしまったのだから仕方ない。
オグナの見せてくれる夢に向かって、僕はただ走り、嘘を吐き続けるのだ。
もう少し頑張れば、きっと僕の嘘は報われるかもしれないから。




