オオカミ少年かく語りき④
「大地が揺れたよ。お兄ちゃん」
フェリがそんなことを言ったが、僕は何も感じなかったため首を傾げた。
「泣いて、叫んで、喚いている。みっともないね」
くすくすくすと彼女は一人で笑っていた。少し不気味だ。後で注意した方が良いだろうかと悩んでいると。
「どうしてお二人は巨人に挑むんですかー?」
勇者ヒルダが、僕とフェリに訊いてきた。
僕達はその時、ヒルダと食事をしていたところだった。彼女は領主である第三王子ウトガルド・アウラ・ベルグンテル殿下が、領主としての仕事をほとんどせずに地方の有力者達に統治を任せていることをさんざん愚痴った後、ふと思いついたかのようにその疑問を口にした。
「アタシは人間で勇者ですからね。勇者らしく人類を救うために巨人とも戦います。巨人が目覚めようと目覚めまいと、どうせ間も無く人類は滅びますが、世界を、人類を救うことが一応アタシの役目ですからねー」
でも、貴方達は違うでしょ? 言外には出さないがそう言われた気がした。
僕は魔狼と人間のハーフで、フェリは魔狼。
「今回の任務は巨人から人類を守り、世界を救うものなんですよねー。失礼ながら、お二人は安全なところに逃げた方が良いのでは?」
最もな問いかけだ。
ひょっとするとヒルダは僕達のことを疑っているのかもしれないと思った。そもそも勇者は魔物を討伐するために存在しているというのが一般常識だ。勇者が魔物を信用できないのも当然だ。
僕はスキル『嘘吐き』を発動させる。
「『幼い頃から『神様のスキル』を手に入れて、ベルグンテル王国の将軍になりたい』と願っていましたから。今回の任務は出世して将軍に近づくチャンスなんです」
「『王国の将軍になりたい』ですかー。アタシに『嘘』は通じませんが、全部が全部、嘘ではないようですねー。実在したライルから引き継いだ夢ってところでしょうかー?」
含みのある口調で、僕が嘘でひた隠しにしている事実を言い当てる。
『『神様のスキル』を手に入れて、ベルグンテル王国の将軍になりたい』と夢見たのは、本物のライルだった。彼は青のダンジョンから飛び出し、行く宛の無く捨て犬のような僕を拾って衣食住を与えてくれた。
ライルはことあるごとに『私は将軍になる』と豪語していたが、ある日、若くして命を落とした。死の寸前、ライルは僕に名前と彼の夢を託した。
故に、『僕』がライルであるという言葉は全くの『嘘』はではなくなった。更に僕は『ライル』の戸籍も手に入れ、名実共にライルとなることができた。
ライルには感謝している。
『『神様のスキル』を手に入れて、ベルグンテル王国の将軍になりたい』という願いは、僕にとって義務のようなものだ。まぁ、青のダンジョンにあった『神様のスキル』は僕と相性が悪かったから、オグナ殿下に渡してしまったけど、今でも『神様のスキル』を手に入れることと、ベルグンテル王国の将軍になることは諦めていない。
けど、『僕』が心の底から願っているわけでもない。
「違うでしょ。お兄ちゃん」
フェリが割り込んできた。
「お兄ちゃんはフェリのために巨人に挑むんだよ」
「ふーん。妹思いの良いお兄さんを持てて、フェリちゃんは幸せだねー。それで? フェリちゃんはどうして巨人に挑むのかなー?」
ヒルダが尋ねると、フェリは愉しそうにぶちまけた。
「フェリは魔物の神様になるの! 神様になるためには、たくさんの試練を乗り越えないといけないんだよ。せっかく目の前に美味しそうな試練があるのに、挑まないなんて勿体ないでしょ?」
どうして山に登るのか? そこに山があるから。みたいなノリで、神様が死んだ世界でフェリは吠える。
「フェリは魔物の神様に。お兄ちゃんはフェリの神官に。お姉ちゃんのフェルは魔物の王様。それがフェリ達三兄妹の目標なんだよ!」
フェリは不敵に笑いながら、ヒルダを見据えていた。
ヒルダは「そうきましたかー」と呟いた。
勇者である彼女はしばらく黙り込んだ。しばらく黙考した後、僕とフェリに笑いかけた。
「納得しました。それでは、改めて。共に巨人から世界を守りましょう。ライル君。フェリちゃん」
それから僕達はヒルダに案内されながら、ラグナの南へと歩き出した。
南に行くにつれ、建造物が消えていき、視界に果て無き砂漠が広がっていく。
歩きながらヒルダは彼女が知っている情報を教えてくれた。
「結論から言いますねー。巨人の王を目覚めさせたのはおそらくゲイル・ユミル・ウトガルアという人物でーす」
勇者ヒルダは断言した。
ゲイルという名は聞いたことが無かったが、ユミルという名は知っている。神話に登場する巨人族だ。
「ゲイルは巨人ユミルの子孫達の代表です。ユミル遺跡を管理しているんですよねー。念のため、四天王の子孫達について復習しましょうかー。巨人の四天王『フォルニ』、『ユミル』、『スリュム』、『スルト』。その子孫達が現在名ばかりの貴族としてラグナで認められているのは知っていますよね?」
『フォルニ』の代表はシギン・フォルニ・ウトガルア。『フォルニ』の子孫はラグナの東側に位置するフォルニ遺跡を拠点にしていた。
『ユミル』の代表はゲイル・ユミル・ウトガルア。『ユミル』の子孫はラグナの南側に位置するユミル遺跡を拠点にしていた。
『スリュム』の代表はノルド・スリュム・ウトガルア。『スリュム』の子孫はラグナの西側に位置するスリュム遺跡を拠点にしていた。
『スルト』の代表はヘルナ・スルト・ウトガルア。『スルト』の子孫はラグナの北側に位置するスルト遺跡を拠点にしていた。
『神名』持ちの4人の名と其々の拠点についてヒルダは教えてくれた。
ベルグンテル王国の王族や名門貴族は神や巨人の子孫であると公言している。その中でも尊き血とスキルを継承した者達は、神話の登場人物の名前、所謂『神名』を受け継ぐのが伝統だ。王族だと女神『アウラ』。貴族の代表例だと、『オージン』なんてのがある。
ラグナの名門貴族は巨人の四天王の『神名』を受け継いでいた。
「ユミル遺跡にて、とある儀式が行われ、巨人の王を目覚めさせたと未来視の天使が言ってたんですよー。まだ完全に目覚めていないところを見ると、おそらく儀式はまだ現在進行形で行っているはずです」
未来視の天使とはロザリアのことだろう。僕はまだ会ったことは無いが、オグナ殿下やフェリから話を聞いたことがある。美しいが、頭のおかしい天使らしい。
ちなみに僕が『嘘吐き』を所持していることに気づいたのもロザリアだ。未来視でロザリアは僕がスキル『嘘吐き』を所持していることを知り、オグナ殿下に伝えたらしい。
そうやって個人情報を勝手に覗いて流出させるのはやめていただきたいんだよね。ただでさえ僕のスキル『嘘吐き』は、『嘘吐き』を所持していることを知っている者には通用しないって制限があるからね。
まぁ、高ランクの固有スキルの持主に対して『嘘吐き』は効果を無くす。高ランクの殿下や天使にバレても問題無いっちゃ無いんだけど、このご時世、個人情報はきちんと扱って欲しいなと部下である僕は思ってしまうわけです。
「ゲイルをひっ捕らえて、拷問して口を割らせましょう。どうですかー? 簡単なお仕事ですよねー?」
物騒な発言をした後、ヒルダは足を止めた。
目の前に真新しい石造りの巨大な建物が建っていた。城のように大きい。
「ここがユミル遺跡でーす」
遺跡と呼ぶからには古い建造物を想像していたが、壁に使われた石は年季を感じさせなかった。まるでつい最近建てられたと言われても信じてしまいそうだ。
遺跡は果て無き砂漠とラグナを隔てる崖の境界に建っていた。背後には、果て無き砂漠が海の如く広がっているのが見える。
入口には門番二人がジロジロと僕達を観察していた。
ヒルダは営業スマイルを貼り付け、門番に近づき言った。
「どうもー。勇者で第五王子オグナ殿下のメイドでーす。ここで巨人を目覚めさせるための儀式を行ってますよねー。分かっているんですよー。ちょっとお話を聞かせてほしいので、ゲイル・ユミル・ウトガルアを出してくださいなー。世界平和のために、ご協力お願い致しま~す」
門番にそう告げたが、さすがに相手にされなかった。
「突然来て、この女は何を言っているんだ?」
「第五王子? ニート王子のことか? 俺達の税金を返せ」
強面の男達に囲まれても、ヒルダは臆することく言う。
「100数えますねー。100秒以内にゲイル・ユミル・ウトガルアを出してくださいねー。いーち」
「フェリも数える! にー」
「さーん」
「よーん」
ヒルダとフェリが順番に声を出して数えだす。
「こんなことして大丈夫ですか?」
僕が恐る恐る言う。
「大丈夫ですよー。だってアタシは勇者ですから。不法侵入から窃盗、器物破損などなど大抵のことは、世界平和のためだと言い張れば許されるんですよねー」
とんでもな理屈を口にする。さすがの僕もびっくりだ。
「何事だー」と人がわらわら集まってきた。ほとんどが白い修道服を着ていた。
「勇者でーす。世界を救うために来ました。巨人を目覚めさせようとする不倶戴天、世界の敵を早くアタシの前に出してくださいなー。あと50秒だけ待ってあげますねー。早くアタシの前に突き出さないとー、貴方達も世界の敵と判断致しまーす。粛清致しま~す」
「俺に何の用だ?」
一人の男が前に出て言った。真っ黒い神父の恰好をした男だった。
「俺はユミルの子孫。ゲイル・ユミル・ウトガルアだ」
神父は『ユミル』の子孫達の代表の名を口にした。
「初めまして。アタシはヒルダ。勇者でオグナ殿下のメイドです。本日は、貴方達が巨人を目覚めさせようとしていると聞き、止めに来ました」
「ふん。言いがかりだな。俺は知らん」
「オグナ殿下の情報網を甘く見ない方が良いですよー。殿下は未来視の天使に取りつかれていますからねー。貴方達の未来もまるっとお見通しらしいんですよねー。観念して早くゲロってくださいなー」
「ふん。だから知らんと言っているだろ。十分な証拠を持ってから出直して来い」
「ま、そりゃそうですよねぇ。認めてくださらないのが普通ですよねぇ。ですがロザリアさん曰く、時間も無いようです。もう、強行突破で全員捕まえて拷問しましょうかー。ライル君はどう思います?」
そう言ってヒルダが何故か僕に視線を寄越した。
んなこと僕に訊くなよ!
そう思ったが、このまま脳筋のヒルダに任せていたら大変なことになる気がした。
咳払いをして、一歩前に出る。
「まぁまぁ二人とも落ち着いてください」
「君は誰だ?」
「私はライル。オグナ殿下に神話研究員として雇われています」
「ふん。全くもって、オグナ殿下というのは、噂以上の人物のようだね。君達のような無礼な部下を見ていたら想像に難くない」
「失礼致しました。ですが、聞いてください。『私達は貴方達の味方です』」
スキル『嘘吐き』を使用する。
ゲイルの目の焦点が一瞬ずれるのを見逃さなかった。脳が『嘘』で揺さぶられたのだろう。
「味方?」
警戒した表情で訊ねられた。
僕は偽りの笑みを張り付けて頷く。
「『ええ。その通りです。これから儀式を行うのでしょう? 協力しに来たんです』」
「なんで第五王子の部下が俺達に協力するんだ?」
「『オグナ殿下はベルグンテル王国が嫌いなんです。巷ではニート王子だとか言われていますが、事実ではありません。殿下は幼い頃から牢獄に閉じ込められ、ずっと王国を恨んでいました。そんな噂も聞いたことありますよね。貴方達ウトガルアと同じなんです』」
適当な嘘を吐く。ちょっと無理やり過ぎたかな?と反省していると、ゲイルは予想外の反応を示した。
「なるほど。確かに、第五王子は『神様のスキル』を所持しているという理由で幽閉されているって噂は聞いたことがある。ならば第五王子とも手を組むのもありなのか?」
ゲイルが真剣な表情で検討し始めた。
巨人族の子孫であるこの神父はおそらく『祈る』系のスキル持ちだろう。どうやら『祈る』系のスキル持ちと、僕の『嘘吐き』は相性が良いみたいだ。簡単に騙されてくれる。
別の嘘でゲイルから情報を引き出そうとしたその時。
「ひゃく数えたよー。ヒルダお姉ちゃん」
フェリが大声を出した。
ヒルダがどこからともなく聖剣を取り出していた。彼女は大量の魔力を聖剣に送り込んでいた。
「『平家』の亡霊の皆様ぁ、怨念の渦を全力で送ってくださいなぁ。この【草薙剣】で『平家』の怨念を輝かせて差し上げますからぁー」
聖剣を抜き放つと、黄金の渦が現れる。
剣を振りかぶり、一振り。
黄金の津波が発生した。
「あははははははははははは」
何かに憑りつかれたようにヒルダが嗤い出した。
津波はゲイルや門番達を呑み込んだ後、遺跡に襲い掛かる。
くすくすくすくす。フェリは荒れ狂う津波を見て何が楽しいか笑っている。
「ヒルダお姉ちゃん。楽しそう。フェリもやっていいかな?」
「これ以上やるのはダメだよ。さすがにゲイルさんが可哀想だ」
「可哀想じゃないよ。だって、ここの人たちはもう人じゃないもん」
フェリが薄笑いを浮かべて、勢いを失っていく光の津波を見ていた。
津波が崖から果てなき砂漠へと滝のように落ちていく。
黄金の水が引く。無傷のユミル遺跡がそこにはあった。
ゲイルや門番、他の信徒のような格好をした者達も皆、無傷であった。
「酷いなぁ。人間を辞めていなかったら死んでいたよ」
元居た場所でゲイルは祈るように膝をついてい。他の者達も祈りの格好をしている。
あたかも『祈り』が通じて奇跡が起き、津波から彼等を救ったかのようにも見えた。
「なるほど」
先ほどまで狂ったように笑っていたヒルダがピタリと笑うのを止めて、ゲイルに視線を送る。
「貴方、『超人』ですね」
「正解だ。イドラ帝国の協力者から『超人』になれる薬を貰ったのさ。この屋敷の全てが『超人』だ」
ゲイルは不敵に笑う。
『超人』とは、ベルグンテル王国と緊張状態にあるイドラ帝国が生み出したスキルのことであり、そのスキルを持つ人物も超人と呼ばれている。
「もうすぐ巨人が目覚めるってのに、タイミングが悪いなぁ。まさかこんな形でバレるなんてよぉ。あれ? でも問題ないのか?」
ブツブツとゲイルが独り言を呟きだした。その目は虚ろで、焦点が合っていない。その表情を僕は見慣れていた。
「ええ。何も問題有りません。だって、『僕達は貴方達ウトガルアの仲間なんですから。今のは、ちょっとした腕試しです。おめでとうございます。貴方達は腕試しに合格しました。共に手を取り合い、巨人の目を覚ましてあげましょう』」
『嘘』をゲイルの脳へと送り込む。彼がぼんやりとしていたのは数秒だった。元の神父の顔に戻り、僕達にしっかりとした視線を向ける。
「ならば問題無。君達も手伝ってくれ。もうすぐイドラ帝国の協力者が来るんだ。彼が巨人を目覚めさせるための知識と、『超人』になるための薬を与えてくれたんだ。今日は儀式の最終日で準備することが一杯なんだ。あぁ、忙しい、忙しい」
神父は騙された者特有の顔つきでそう言って、踵を返して遺跡へと歩いて行った。
「なるほど。イドラ帝国ですかー。今回の件は、彼等が関わっているとなると、ちょっと厄介ですねぇ。ここはひとまず力ずくでいくのは中止にして、ライル君のスキルの力で様子を見ることに致しましょうかー」
神父の言葉を聞き、ヒルダが呟いていた。
ごごごごご
一瞬、大地が揺れた。それはすぐに収まったが、それは酷い揺れ方をしていた。
「相変わらず地の底で馬鹿みたいに叫んで暴れてる」
嘲るようにフェリが足元を見て言った。
誤字報告下さった方ありがとうございます




