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ニート王子、ダンジョンの奈落で天使に出会いました

絶対にダメだと言われると崖に近づきたくなってしまった。

ヒルダの目を盗み、奈落を覗き込んだ時、囁くような小さな声が聞こえた気がした。


『人を殺せ。人を喰え』


地獄から沸き上がるような低い声に、びっくりして思わず足を滑らせた。


「あっ」


間の抜けた声は誰にも届かず、こうして人知れず俺は奈落へと落ちてしまった。


『人を殺せ。人を喰え。人を殺せ。人を喰え』


奈落へ近づいていくほど、声は明瞭になっていく。怨嗟のこもった響きに俺は圧倒されて悲鳴の一つも出なかった。


ボヨーン


青色の底に到達すると、巨大な風船にぶつかったような感触があった。ゴムのような地面に跳ね返されながら、俺は態勢を整えて着地する。地面はフワフワの毛皮のような感触をしていた。


気づいたら、低い声は聞こえなくなっていた。


俺は青色の光に照らされた森の中にいた。周囲には樹齢千年以上はするだろう樹がいくつもそそり立っている。枝からは青色の葉が生い茂っており、その葉から青色の光が眩しいと思えるほど放たれていた。


死んであの世に逝ってしまったという訳でもないようだ。どうやら弾力性のある地面のお陰で助かったらしい。


と言うか、この地面動いてないか? いや、確実に動いている。よくよく考えたら獣のような唸り声がずっと聞こえるし、獣臭いし、これって地面じゃなくて魔物なんじゃ?


「あぁ、フェンリルじゃん。こいつ」


最古の魔物の一匹フェンリル。魔物の格は最も高い魔王級。


長年のニート生活の中で無料で使用できる図書館を俺は重宝していた。図書館には頻繁に入り込み、魔物の図鑑を読み漁っていたこともあり、魔物の知識は豊富なため一目で分かった。


うちの王城よりも巨大な体躯を持つ魔狼の上に偶然にも落ちてしまったらしい。幸運なことに魔物は俺に気づいていない。空気のような存在感しかないことがこんなところで役に立つとは。


「世界を壊す害獣さん。わたくしが手ずからぶち殺して差し上げましょう」


耳に心地よい軽やかな声が森に響いた。前方からだ。フェンリルの背中を移動し、頭へと移る。


眼下には薔薇のように美しい少女が立っていた。赤い髪は燃えるように揺らめき、深紅の瞳は爛々と輝いている。服装は白を基調としているがところどころに薔薇の刺繍が散らばっている。


「聖なる火よ、薔薇の如く咲き誇れ。神聖魔法【聖火】」


少女は槍を祈るように天へと掲げた。背丈以上もある長い槍で、その穂先には赤い火が灯っていた。飛び散る火の粉は花びらのように舞っていた。その立ち姿は聖火を手にした聖女を彷彿とさせた。いくらボンクラな俺でも少女が只者ではないと一目で理解できた。


『こざかしい。『地獄の業火』』


フェンリルが口から禍々しい青い大炎を放つ。村の一つくらい焼き尽くせるほどの巨大な炎の塊だ。


神聖な火を灯した槍を振るい、少女が青い炎を叩き切る。槍が触れた瞬間、青い炎が消し飛んだ。


「あっついですねぇ!」


少女が悪態を吐いた。よく見ると彼女の左肩に青い火が燃え移っていた。青い火は少しずつ鎮火していくが、少女は苦悶の表情を浮かべている。


どうやらフェンリルと少女が戦闘をしている真っ最中のところに俺は落ちてしまったらしい。少女は遠目にもボロボロの状態で、フェンリルの身体には傷一つない。少女に勝ち目はないのは明らかだ。


「まぁ、あの子が死んでも俺には関係無い。そもそも俺はニートで、スキルも自他共に認める役立たず。誰かを助けるなんて現実的に不可能だ。でも、ここで俺があの子を見捨てたらヒルダは怒るんだろうなぁ」


俺はやれやれと呟く。頭の中では俺の専属メイドであり、姉の姿が浮かぶ。彼女は『お母様との約束ですから』と面倒くさそうな表情を浮かべつつも、いろいろなことを教えてくれた。王子なのに役立たずなスキルを授かったことが恥ずかしくて引きこもっていた俺をヒルダは外へと引っ張ってくれた。


暗い部屋の中で引きこもっていた俺にヒルダが、ヒルダ姉さんが言ったことは今でも耳に残っている。


『かわいい子が困っていたら、チャンスだと思ってください。ピンチを救ってハートを射抜けば、ニートの殿下でも童貞捨てられると思いますよー』


いや、この言葉は違うか。何か真っ先にヒルダの名言の中から思い浮かんだけど、これは違う。王子たる俺にふさわしいものではない。他にもヒルダからもらった大切な言葉はたくさんある、はずだ。すぐに思いつかないけど。


「まぁ、いいや。ヒルダから女の子には親切にしなさいって言われているし。役立たずなスキルでもどこまでやれるか分からないけど、頑張ろう」


魔狼からジャンプし、少女のもとへと降り立つ。


「どうも、初めまして俺はオグナ」


挨拶すると少女は忽然と姿を現した俺に対して驚き、赤い目を見開いた。燃えているような赤い髪の上には金色の輪が浮かんでいることに今さらながら気づいた。


「え? どこから現れたのですか? というか貴方は」


少女が困惑した様子であんぐりと口を開けている。その反応に少し驚いた。俺のスキル『空気になる』は常時自動発動している。このスキルの所為で俺を認識できる者は本当に少ない。今回のダンジョン探索に選ばれたベルグンテル王国の精鋭たちですら、ライルを除いて俺の姿も声も捉えることができなかった。


考えごとをしていると、急かすように背後から魔物の唸り声が聞こえる。


「さて、お互いに色々訊きたいことはあるだろうけど、まずはこの状況を何とかしないと。ねぇ、君はまだ生きていたいかな?」

「い、生きたいに決まっています。わたくしには、まだまだやり残したことがたくさんあるんです」

「よし分かった。君を助けてあげよう。俺の手を取ってから、名を教えてくれ」

「手を? わたくし如きが貴方のお手を? そ、そんなはしたないことできません」

「まぁまぁ、騙されたと思って」


緊張感のない会話をしている内に、フェンリルが悠然とした足取りで近づいてくる。


魔王級の力を持つこの魔物であるが対処は難しくない。フェンリルは縄張りから出ることは滅多にない。故に縄張りに近づかなければ良いのだ。逆に言えば、縄張りに入ってしまったが最後。フェンリルは己の縄張りへと無断で入り込む者を決して許さない。


フェンリルが近づいてくるだけで、押しつぶされそうなほど圧力が増していく。


「むむむむむ。これは貴方の取引に早くのらないと不味いですね。分かりました。助けてください。わたくしの名はロザリアと申します」


そう言って、少女ロザリアが俺の手を取った。


『固有スキル『空気になる』の効果対象を増加。天使ロザリアに『空気になる』効果を付与』


「ちょっとの間、黙っていてね」


ピタリとフェンリルが止まった。先ほどまで凝視されていた視線がそらされ、きょろきょろと周囲を見渡した後、不思議そうな様子で帰っていった。


「さっきは助けてくれてありがとうね。狼さん」


フェンリルにお礼を口にするが、その声もスキルの力によって空気化され届かない。


現在、俺とロザリアは『空気になる』スキルによって存在感が消えている。言ってしまえば、透明人間になったようなものだ。ちなみに音も匂いも知覚できないよう空気化される。


俺もロザリアの手を引いて、走り出す。しばらく走っていると森から青い光が少しずつ消えていく。森の光はフェンリルから発せられた青い炎によるものだ。十分にフェンリルから距離を取る。青い光が光が弱くてなったところで俺は立ち止まった。


「俺と君の存在をスキルの力で空気化した。空気になった俺達を見つけることは誰にもできないんだ」


影が薄い能力がこんなところで役に立って喜ぶべきか、悲しむべきか。


ロザリアは何故かキラキラとした目で俺を見つめていた。というか食い入るように見てくる。


「やっぱり、見間違いありません。貴方はベルグンテル国王のオグナ・アウラ・ベルグンテルで間違いありませんよね?」

「俺を知っているの? というか俺は王じゃなくて王子だけど」

「知っていますとも。わたくしはずっと昔からオグナ君を『未来視』で観てきましたから。まだ王位を継承していないようですが……」

「『未来視』? 君は一体」


ロザリアが顔を近づけ、花のような笑みを咲かす。


「わたくしは天使ロザリア。オグナ君の大ファンです。お会いできる日をずっと願っていました」

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