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オオカミ少年かく語りき③

その絵は見ていると不安定な気持ちにさせられた。


「シュルレアリスムって言うんだって。お兄ちゃんは知っていた?」


その絵の前で、フェリに質問された。


茶色の液体の上に、猫耳娘(ウトガルド殿下作)が立っている絵だった。


猫耳女はやたら目が大きく、ちょっと下手だと思った。まぁ猫娘も酷いが、問題なのは茶色の液体だ。


茶色の液体は巨人の顔らしい。身体が溶けているが、よく見ると溶けかけの目玉、鼻、耳、口らしきものが描かれていた。


「もちろん知っていたよ。私は世界一賢いからね」

「ふふふふ。さすがはフェリのお兄ちゃん。ちなみに、シュルレアリスムっていうのは、地球と呼ばれる異世界の表現活動らしいよ。夢や無意識の世界を絵画に表現するんだよね」


フェリはクスクスと笑いながら、殿下に教えてもらった知識を披露してくれた。チキュウなんて異界のことも、シュルレアなんとも知らなかったが、僕はそんなことは当然知っていたと言わんばかりの顔で頷いてから、もう一度絵に視線を向けた。


絵の下にタイトルが記載してあった。巨人伝説、と。


ラグナの巨人伝説はベルグンテル王国内において知らぬ者はいない。巨人が登場する神話を義務教育中に聞かされるからだ。


ベルグンテル王国初等部で下記のような昔話を何度も何度も繰り返し唱えさせられた。


「むかし、むかし、せかいがはじまるまえ


みなみにきょじんがすんでいた


きょじんはやまよりおおきいが、なにもしらず、みにくく、ごうまんだった


むかし、むかし、せかいがはじまるまえ


まんなかにめがみがすんでいた


めがみはちいさいが、かしこく、うつくしく、こころがきよらかだった


むかし、むかし、せかいがはじまってすぐ


きょじんはめがみをてにいれるため


めがみのせかいにやってきてあばれだした


めがみはせかいをまもるため、ひのあめをふらせてきょじんをやっつけた


きょじんはちのそこへとにげ、えいえんにせかいにでてこなくなった」


これは巨人と女神アウラの戦争についての話だ。


アウラを中心とした神々が巨人を討ち、巨人の国ウトガルアに空から火の雨を降らせて跡形も無く消し去ったらしい。


ウトガルアの跡地は現在、果てなき砂漠と呼ばれている。


アウラが火の雨を放つために拵えた軍事拠点はラグナだと言われている。


それを証明するように、ラグナ周辺からは古代の遺跡が発掘され、神器も数多く発見されている。


発見された神器の中で最も有名なのが、『雨の城』と呼ばれる神器だ。一見普通の石の塔のように見えるこの神器はラグナの中心に聳え立ち、領主であるウトガルド・アウラ・ベルグンテル殿下と彼に付き従う部下達が暮らしている。


その城の広い一室に僕達は来ていた。


部屋の壁の至る所に猫娘(ウトガルド殿下作)の絵が飾られ、部屋の床の上にはウトガルド殿下の部下達が座り込み、「締め切りに間に合わない、締め切りに間に合わない」と呟きながら一心不乱に絵を描いている。


異様な光景だった。


「他の絵も見て、たくさんお話聞いてくるね!」


そう言ってフェリが飛び出した。


「身勝手だな」


丸坊主の男が吐き捨てた。


男は部屋の中心に一つだけ置かれたソファーに座っていた。


「これから俺様がじきじきに巨人伝説について教授してやるって言うのに。不敬だが、まぁ良い。許そう。俺様は健全なロリコ●だからな」


男も鬼気迫る表情で猫娘の絵を描いていて、僕には視線をよこさない。


「それでは、巨人について俺様が知っていることを話してやろう」


男の名はウトガルド・アウラ・ベルグンテル殿下。ベルグンテル王国の第三王子である。


「無能どもは分かろうとしねぇが、神話の中に登場するような巨人族は存在しなかったんだよ」


第三王子は自国の神話を否定する。


「全部が全部、嘘っぱちだと言わねえが、少なくとも神話に出てくるような山よりも背の高く、知能の低い巨人なんて生き物はいなかったはずだ。そもそもベルグンテル神話は王家の正当性を国の内外に示すために作られた法螺話だ。王国に都合良く、巨人について編集されている。歪められた神話の所為で、巨人の血を引くと言われるラグナの住人達は虐げられてきた。全くもって忌々しいことになぁ」


吐き捨てるように、ウトガルド殿下が言った。


ラグナには巨人族の血を引くとされる者達が存在する。彼らはウトガルアと呼ばれた。


「学校教育で神話を教えられる際に、巨人は悪者だった体で教えられる。巨人の血を引き、その血を誇りに思うウトガルア姓の奴らからすると腹立たしいことこの上ねぇよなぁ。お前もそう思わねぇか? オオカミ少年のライル君よぉ」


ウトガルドが絵を描きながらチラリと僕へと視線を寄越した。オオカミ少年というのは僕のことらしい。


「殿下のおっしゃる通りかと思います」


下手なことは言わず、同意する。


「俺様の母親は巨人スルトの子孫だった。スルトは巨人族の四天王の一人だったらしい。スルト、フォルニ、ユミル、スリュム、この4人が巨人の四天王と呼ばれ、その子孫達はラグナで強い権限を持っている。お前が会ったシギンもその一人だ。あー、それから言い忘れてたが、シギンはヤリマ●だから気を付けた方がいい。俺様の部下で漫画アシスタントのフレイルも誑かされておかしくなっちまったからな。話が脱線した。話を戻すぞ。ベルグンテル王はウトガルアを忌み嫌いつつも、その血とスキルに可能性を感じていたらしい。俺様の母親はベルグンテル王に強引に結婚させられ、この俺様ウトガルド様が生まれた。無茶苦茶な理由の政略結婚に母親は病んで死んだ。死ぬ寸前まで、ベルグンテル王国の悪口を子守歌のように聞かされたな」


げんなりとした口調でウトガルド殿下は言った。彼は女神アウラと巨人族の血を受け継ぐ稀有な存在だ。ラグナを貶めるベルグンテルと、ベルグンテルに不満を持つラグナ、二つの視点を持っていた。


「神が死んだ終末の世で、巨人伝説なんて信じているなんて馬鹿みたいか? でたらめな神話なんて忘れて同じ国の仲間同士仲良くやろうぜと思うか? だが、ダメなんだ。ラグナはベルグンテル王国の一部になっても未だに溶け込めない。その理由は、血筋にある」

「血筋ですか?」

「女神アウラの血を、ウトガルアの血が敵視している。俺様には両方の血が流れているから分かる。これは理屈ではない。もはや呪いだ」

「しかし、今までラグナはベルグンテルに敵対するどころか、不満の一つ漏らさず、国の一部として機能していたように思いますが」


ベルグンテルはラグナを取り込み、千年以上経っている。その間、ラグナにおいて反乱などは一切なかった。


「臥薪嘗胆を実践していたのだ。慇懃に従うふりして、虎視眈々とベルグンテルに反旗を翻す時を待っていたのさ」


うんざりした様子で、ウトガルド殿下が言った。


「巨人族ってのは女神アウラと敵対していた一族のことを指していたんだろう。彼らは世界の南を支配する者達だったと俺様は思っている。相当強かったんだろうし、ベルグンテルは卑劣な方法で彼らを殺したのだろうよ。だからベルグンテルは本当の歴史を隠し、ベルグンテル神話なんて嘘の神話を作った。だけどラグナの住人達は、本当の神話を忘れることなく克明に覚えていて、ベルグンテルを恨んでいる。今までずっと心の底で恨みながら巨人が目覚める日を待っていた」

「待っていた?」

「あぁ、そうだ。待ってたんだ。つい最近まで」

「もう、待っていないのですか?」

「巨人の王が目を覚ましたからな」


あっさりとウトガルド殿下が言った。


話をまとめると、伝説の怪物が現代に目を覚ましたらしい。しかもその怪物はベルグンテルに恨みを抱いている可能性が高い。


「とはいえ、まだ完全に目覚めていない。覚醒していたら今頃世界が壊れているだろうからな」

「どうして、巨人の王が目覚めたと分かったのですか?」


「集合的無意識のそこら中で悲鳴が上がっている。果て無き砂漠で、巨人の王が目を覚ましたってさ。あまりに悲鳴の声が大きくて、現世にまでその声が漏れてきている。俺様なんか、その声の所為で頭がおかしくなりそうだ」

「集合的無意識?」


殿下の話の中に現れたワードが分からず質問した。


「人間の奥底にある世界のことだ。まぁ、集合的無意識の声を聴けるのは現状、アベル兄様と第五王子様くらいだろうがなぁ」


何やらよく分からないことを言われたが、これ以上質問はしなかった。


「オオカミ少年よ。お前が調べているその巨人の名は、お前が挑むその巨人の王の名は、ロギン・ウトガルア。神話の時代においてウトガルア国の王を務め、通称『冥王』と呼ばれた神殺しだ」


お前の手に世界の命運がかかっているのだ、とウトガルド殿下が告げた。


「どうして私が選ばれたのですか?」


さすがに問わずにいられなかった。話を聞くに、下手すると国家存亡に関わる重大な任務だ。それなのに、嘘を吐くしか能の無い僕に何故重要な任務が回ってきたのか。


ウトガルドは指を三本上げた。


「人手が足りないってのが一つ。皆、イドラへの対策で忙しい。特にアベル兄様と俺様は文字通り寝る暇もない。暇なのはお前達、第五王子様派閥だけだ」


ウトガルドが言う。


確かに、現在の世界情勢は穏やかでない。超人主義を掲げる隣国イドラ帝国とはいつ戦争が起こってもおかしくないと実しやかに囁かれている。ベルグンテル王国の中枢の仕事量は考えただけで寒気がしてくる。


その点、ニート王子オグナ殿下の部下で神話研究員の僕は遊んでいるようなものだ。


でも、漫画ばかり描いているウトガルド殿下も暇そうに見える。まぁ、これは口にしない方が良いだろうから言わないけど。


「あとは、こんな荒唐無稽な話を信用してくれる奴はいないのが二つ目の理由」


どうやら自覚はあったらしい。僕ですら王子の前だから我慢しているが、巨人が目覚めると言われても半信半疑だ。


ウトガルド殿下がフェリを一瞥する。


「最後に今回の任務では、最低でも準神級以上のスキルを持ってないと話にならん。そこのオオカミ娘も魔将級の魔物だと聞いているからな。お前達は、今回の任務に必要なスキルを満たしている」


一般的に、魔王級は神様のスキル、魔将級は準神級のスキルに匹敵すると言われている。


「俺様からは以上だ。後のことは、メイドから話があるだろう。何か質問はあるか?」

「ウトガルド殿下は、どちらの味方ですか?」


どちらとは、ラグナとベルグンテルを指していた。僕の意図を察し、殿下は顔を歪めた。


「俺様はどちらの味方でもねぇよ。ましてや、敵でもねぇ」


吐き捨てるように言い、それっきり殿下は漫画と向き合い黙り込んだ。


気まずい沈黙に身を任せていると、フェリが戻って来て殿下の絵を見て言った。


「ここにある絵ってどれも下手くそだね。猫耳の女の子の服も可愛くないし。それに頭に猫耳があるのに、顔の左右にも人間の耳がついているのって変だよね。100点中、10点くらいの絵って感じかな。ウトガルド殿下も、お兄ちゃんもそう思うでしょ?」


無邪気な声でフェリが言った。


ウトガルド殿下の額に青筋が浮かんだ気がしたが、怒鳴らず静かな声で言った。


「不敬だな。だが許そう。俺様は健全なロリコ●だからな」


僕達はお礼を言って部屋を出た。塔の中を歩いていると、見覚えのある少女が立っていた。


メイド服を着た金髪の少女は僕達へと手を振った。


「どうもぉー。お久しぶりですねー。ライル君。それから、初めまして、フェリちゃん」


第五王子専属メイドのヒルダであった。

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