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オオカミ少年かく語りき②

前回はラグナの関所の門をくぐったところまで話したね。


簡単にラグナの紹介をしようか。


ラグナは1000メートル以上もある崖の上にある。南に位置する断崖絶壁の真下で、果て無き砂漠が海の如く波打っている。崖の最も高い位置に平場が広がり、そこに街を形成していた。


ラグナにはウトガルアという一族が太古の昔から住んでいて、今も人口の多くがその一族で占められている。ウトガルアを名乗る彼らは一説によると巨人族の末裔らしい。


ウトガルア以外の住人は、王国中央から派遣された領主とその部下達だ。


まず領主に挨拶しに行こうとすると、フェリが地図を広げ出した。


「フェリが領主のお城まで案内する!」


ところが10分後、フェリは地図を回してから首を捻った。


「どっちが北だろう?」


地図の中で迷子になってしまったようだ。見方を教えてあげようとしてもフェリは頑なに拒否し、地図を渡してくれない。


「フェリが案内するの!」


その一点張りだ。


途方に暮れていると、女性がこちらへやって来た。


「どうかされましたか?」


年齢は二十代後半くらいで、背が高い綺麗な人だった。


「領主様の城に行きたいのですが、道に迷ってしまいまして」

「それなら私が案内してあげますね」


女性の厚意に甘えることにした。フェリは少しむくれていたけどね。


「私はシギン・フォルニ・ウトガルアと申します」

「私はライルと言います。こっちはお手伝いのフェリです」


簡単な自己紹介を行ってからシギンの後をついていった。シギンと歩いていると行き会う人々が親しげに声をかけていた。ウトガルアをまとめる顔役のようなことをしているのだと彼女は教えてくれた。


「ライル君達は、ラグナにどのような用件で来たんですか? 正直なところ、ラグナはあまり評判が良いところではありませんから、気になりまして」


警戒するような顔つきをシギンはしていた。僕は安心させるように笑みを浮かべながら答える。


「巨人伝説を調べにきたんです」

「わざわざラグナまで巨人伝説を調べに、ですか? ひょっとして、ライル君はベルグンテル王国の神話研究員ですか?」


ベルグンテル王国神話研究員とは、ベルグンテル王国から神の遺物の研究、収集、保守、運用に従事することを認められた者達のことを指す。


仕事内容は神話研究と地味だが、温故知新を体現するベルグンテル王国内において、この職務の重要度は高い。


「ええ。一応」


オグナ殿下に直接雇われてから、殿下は僕が動きやすいようにと、ベルグンテル王国神話研究員という肩書をくれた。正直、そんな肩書いらなかったんだけどねぇ。


「シギンさん。巨人伝説について何か知りませんか?」

「残念ながら、大昔のことですから私も詳しく知りません。巨人は私達ウトガルアの祖先で、とても邪悪な存在だったということしか。私のような一般人は今を生きることに必死で、神話研究をしている暇などありませんからね。お力になれず申し訳ありません」


予想していた答えなので落胆はしなかった。オグナ殿下からも領主が巨人について手がかりを掴んでいるから、まず領主に会うよう指示されていた。


「ライルさんは中央から来たというのに、巨人族の末裔である私に自然な態度で接してくれるんですね」

「巨人族の末裔と言ってもただの迷信でしょう。今のご時世、重要なのは家柄よりもスキルです」

「そうでもありませんよ。今の世はスキルの時代ですが、血筋は重要です。高貴な血筋から有能なスキルを持つ子供が生まれるのは事実ですから」


ベルグンテルの王族がその代表例だ。王族は誰しも女神アウラの血を引き、準神級以上のスキルを持って生まれる。


「現に私達の一族からは、前時代的な固有スキル持ちばかり生まれますから」

「前時代的なスキル?」

「ええ。私達ウトガルアの多くは固有スキル『祈る』を持って生まれます。神が死んだ世界で祈ることしかできない私達は役立たずと思われても仕方ありませんよね」

「そんなことはないでしょう。『祈る』ことで貴女達は神器を自由自在に操れると聞いてますが」

「確かに『祈る』ことで神器の声を聴き取り、神器を上手に動かすことができます。ですが、神器なんて練習すれば誰でも上手に操作できるようになります」

「いえいえ、神器の声を聴き取ることで、多くの神器を発見して、ベルグンテル王に寄付したとも聞いてます。そんなに謙遜しなくても」

「ふふふふ。そう言ってくださると嬉しいです。巨人族の血を引く無価値な私達ですが、神の血を引くベルグンテル王の役に立っていられることだけが喜びですから」


シギンが笑みを浮かべて言った。


それから彼女はフェリへと笑顔を向けた。


「フェリちゃんはまだ幼いのに、お兄ちゃんのお手伝いをしていて偉いねぇ」


珍しく黙り込んでいたフェリに、シギンが声をかけた。


「……」


フェリは声を出さず、マジマジとシギンを見つめ返していた。


道案内の役を取られてむくれているのかと思ったが、彼女の顔には薄笑いが浮かんでいた。


「巨人族のお姉ちゃん。嘘を吐くのが下手だね。言っておくけど、フェリに嘘は通じないよ?」


愉しそうな声音でフェリが言うと、シギンの表情が固まった。


沈黙を破るように、男の声が響いた。


「俺の女に手を出してるのは、どこのどいつだぁ?」


ベルグンテル王国軍の軍服を着た男が前方から歩いてきた。


大柄で短髪の男は遠慮なく僕達へと近づいてきた。


シギンがため息を吐いた。


「フレイル殿。何をしているのですか?」

「見回りだよ。俺は真面目な王国兵だからなぁ。そんで見回りをしていたら、俺の女に変な虫が付き纏ってたから駆除しに来たんだよ」

「言っておきますが、私は貴方の女ではありません」

「はん。ウトガルアの癖に生意気だなぁ。祈るしかできない無能の癖に。いつも言っているだろ? 無能なお前は、優秀な俺の女になるのが賢い生き方なんだよ。お前は無能だが、身体だけは俺好みなんだよなぁ」


フレイルはウトガルア一族を下に見る発言をしたが、シギンは言い返さなかった。巨人族の末裔と呼ばれる彼女達は、神話主義を重んじるベルグンテル内において差別される傾向があった。故に、ウトガルアはラグナに閉じこもるのかもしれない。


「おい、そこのガキ」


フレイルの目玉が僕へと動く。


「俺は王国軍ラグナ守備隊隊長フレイル・オージン・ウルフヘズナ。ここの領主様の右腕だぜ」


ベルグンテル王国のウルフヘズナ家は、多くの英傑を出してきた名門で僕も耳にしたことくらいはあった。かつて魔王フェンリルと互角に戦った英雄ティール・オージン・ウルフヘズナが最も有名だ。


「初めまして。私はライルと言います」


名乗ると、フレイルは不機嫌そうな目で僕を睨んでいた。


「ライルだと? 『統率』スキルのライルか。お前、青のダンジョン攻略でオグナ殿下の足を引っ張って、軍を追放されたらしいなぁ」


一カ月前、僕は『統率』スキルを持っていると『嘘』を吐き、青のダンジョン攻略におけるオグナ殿下の補佐(実質的リーダー)に選ばれた。嘘を吐いたのは悪いと思っているが、決して足は引っ張ていない。


確かに、オグナ殿下が魔王フェンリルを討伐した。だが僕がいなければ、青のダンジョンで『神様のスキル』を手に入れることはできなかっただろう。


殿下に僕の嘘を看破されていなければ、軍を抜けることもなく、むしろ出世していただろう。


「あひゃひゃひゃひゃ。『統率』スキルを持つエリート様がこんなところで何をしている?」

「オグナ殿下の命令でラグナの巨人伝説を調査しに来ました。まずは領主様に挨拶をしに行こうとしていたところです」

「嘘を吐け。お前なんかをオグナ殿下が使うわけねぇだろ」

「これが証拠です」


オグナ殿下の書状を見せたが、一蹴された。嘘を吐いても信じてもらえるのに、本当のことを言っても信じられないというのは悲しくなる。


「そんなものいくらでも偽造できる。こともあろうにオグナ殿下の名を使うとは、頭の悪い奴だ。悪い奴は懲らしめねぇとなぁ。二度と悪いことできないように、教育してやる。固有スキル『剛力』発動」


ボコっと音が響き、フレイルの肉体が膨れ上がった。


巨体の割に俊敏な動きでフレイルは僕との距離を詰めた。膨れ上がった身長は僕の2倍以上ある。


真上から拳が降ってきた。背後に飛び、回避した。


空を切った拳が地面にぶつかり、大きな穴が開いた。まともに食らえば一溜りもない。


「あひゃひゃひゃひゃ。どうだ俺の力は? お前の『統率』ではどうしようもねぇだろ?」


フレイルの実力は本物だ。魔曹級の魔物と同等の力はあるかもしれない。いつものように本来のスキルを隠しながら戦えば僕に勝ち目は無い。


出し惜しみしている暇は無い。


スキル『嘘吐き』を発動し、この場を切り抜けるために言葉を呟く。


「『狼が来たぞ』」


スキルの力を纏った言葉が、フレイルの耳に入り込む。


瞬間、フレイルの身体がびくりと震えた。


目を見開き、僕の背後を凝視してから唖然とした顔つきで言う。


「狼だ。狼がいる」


どうやらフレイルの脳は僕の嘘に騙されたらしい。


スキル『嘘吐き』は真実に近い嘘ほど、脳を騙せる確率が上がる。今回は魔狼の息子である僕とフェリがいるため、『狼が来たぞ』という言葉は全くの偽りではない。真実を多く含んだ嘘は、スキルの力で影響力を増す。フレイルの脳は狼の幻影を見ているはずだ。


「『よく見ろ。ただの狼じゃない。魔狼だ。しかも魔曹級だ。魔曹級の魔狼の群が来たぞ』」


間髪入れず更なる嘘を脳へと送り込む。


「魔狼だ。魔狼がこんなところに。しかもただの雑魚じゃねぇ。魔曹級の魔物が何匹もいやがる!」


もはやフレイルは僕を見ていなかった。幻影に呑まれ、一人慌てふためている。


「『お前は餌だ。魔狼の餌だ。魔狼の群が餌に襲いかかるぞ』」

「う、うわぁあああああああああああああああああああああ」


突然、フレイルが絶叫した。


体中の空気を出し尽くしたのではと思えるほど叫んだ後、白目を剥き倒れた。


「『あれ、どうしたんだろ? いきなり、フレイルさんが倒れたぞ。疲れていたんだろうなぁ』」


白々しい嘘を吐きながら、スキル『嘘吐き』を使用し、周囲の人々の認識を歪曲させる。


成功率の高い嘘をばら撒くことができた。人々はスキル『嘘吐き』の影響を受けた者特有のボンヤリとした表情をしている。僕がフレイルにスキルを使用したという真実に辿り着く者はいないだろう。


ぱちぱちぱちぱち


その時、真上から拍手の音が聞こえた。


見上げると、空にうっすらと少女の絵が浮かんでいた。髪は緑色で、頭に猫耳が生えている。その少女の絵が動き、拍手をしていた。


少女の絵が手を下ろし、口を動かした。


『俺様は第三王子にして、ラグナの領主を務めるウトガルド・アウラ・ベルグンテル様だ』


可憐な少女とは正反対の低い男の声が響き渡った。


『ライルとフェリ、だったか。お前達のことは門番のアギョウとウンギョウから報告は受けていたんだが、どんな奴か気になってフレイルの暴走を黙認しちまった。悪かったな。でも、まさかフレイルを倒しちまうとは驚いた。寝ているフレイルは放っておいて良いぞ。俺様のスキルで病院に送ってやる。というか、もう既に送り終えた』


殿下の言葉を聞いた後、フレイルが倒れた場所へと視線を戻した。そこには誰もいなかった。


『シギン・フォルニ・ウトガルアよ。巨人の巫女よ。お前も道案内、大儀であった。ここから先は俺様自らこいつらを案内してやる。お前は本来の職務に戻って良いぞ。もう、こいつらの評価は終わっただろう?』


ウトガルド殿下の言葉にシギンは頷いた。


「ライル君、フェリちゃん。どうか死なないでね」


シギンは不穏な言葉を残して立ち去った。


『さて、これを見よ』


空に浮かんでいた少女の絵が消え、替わりにラグナの地図が映し出された。


『今、貴様達がいるのはこの赤い点で、俺様の城があるのは中心の一番大きな建物だ。ここに辿りつけたならば、貴様達に巨人伝説の秘密を教えてやろう』


ウトガルド殿下の作った地図は非常に見やすかった。


「フェリが道案内する!」


元気よくフェリが僕の手を掴み、空を見上げながら歩きだした。


それ以降、フェリが道に迷うとウトガルド殿下がさりげなく助け舟を出してくれた。口調は偉そうだが、根は優しい人なのかもしれない。


色々トラブルはあったけど、ラグナの領主であるウトガルド殿下の城へと辿り着くことができた。


さて次は、『神様のスキル』の一つ『無限牢獄』の持ち主、ウトガルド・アウラ・ベルグンテル殿下と会った時の話しをしようかな。

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