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ニート王子、音のダンジョンを破壊しました②

(今日はボクの復活祭だ。太るのを気にせず、オグナも食べちゃおう。前菜も美味しそうだし)


オグナを殺して食べることを決めた"それ"は、背後に控える天使と勇者を品定めした。両方ともご馳走だった。


「相対して分かりました。貴方は失敗作ですね。神の記憶と身体を手に入れただけのパチモン。ふふふ。貴方如きがオグナ君を食べるなんて」


まるで"それ"の声が聞こえてるとでも言う様に、ロザリアが噴き出すように笑った。


狂っていると集合無意識内で噂の守護天使。


天使の分際で人類の救済ではなく、オグナのため「人と魔物の共存する世界」の実現へと向けて働く恥じさらし。彼女はオグナのためならば迷うことなく神にですら槍を向けることをためらわない。


そして彼女が造り出す【聖火】に触れれば神ですらただでは済まないだろう。


【聖火】はロザリアの魂の火を原動力としている。彼女が魂の火を【聖火】に送り続ける限り、その火は全てに噛みつき塵一つ残さず燃やし尽くす必燃の炎として顕現し続ける。


(だが、魂の火が足りない)


ダンジョンを燃やし尽くせるほど、ロザリアは【聖火】を現界させ続けるのは不可能であった。簡単に言うと火力不足なのだ。


「ええ。わたくし一人では無理であることは承知しております。ですが、貴方の邪魔くらいは簡単にできましてよ」


槍を掲げ穂先に【聖火】を灯し、翼を広げて上空へと舞い上がる。赤い尾を残して駆け上がるその姿は、打ち上げられた花火のようだった。


「大輪の火華よ、天を照らすが如く咲き誇れ。神聖魔法【大聖火】」


ダンジョンと外界の境界線にてロザリアが祈る様に唱えた。


巨大な火の華が暗い上空に咲いた。


薔薇色の火の華は太陽のように天空で燃え上がり、ダンジョンを天から浄化していく。


大輪の華から、花びらが舞い散る様に【聖火】がこぼれ落ち、ダンジョンへと降り注ぐ。聖なる火は『神歌』をも喰らいつき【歌】に込められた呪詛の効果を打ち消していく。


(くそっ。この火力は何だ? あの天使、ここで命を燃やし尽くすつもりか? だが焦るな。ボクの身体はこのダンジョン全て。どの山より高く、どの森よりも広いんだ。このダンジョン全てを無に帰さない限り、ボクは消滅しない)


"それ"はダンジョンの頭上へと意識を伸ばし、【ダンジョン管理者】の権限を使い【大聖火】による浸食を修復していく。


天使と"それ"が互いに全霊の鍔迫り合いをしている中、呑気な呟きを"それ"は聞き逃さなかった。


「『アマテラス』? 何ですかそれ? はぁ、異界の太陽神ですか。あの炎が『アマテラス』みたいなんですかー。 はぁ、へぇ、そうなんですか」


オグナの三歩後ろに控えていた護衛の勇者が、頭上を見上げながら一人ブツブツと呟いていた。


あの勇者は面倒な存在だと"それ"には直ぐに分かった。


何せ彼女は『平家』と呼ばれる異界の(つわもの)達の末裔だ。


『平家』はこの世界においても、再び繁栄の華を咲かせんと画策している。彼等の動き方は"それ"にも把握するのが困難であった。


『平家』の末裔達は蛇の如く水面下で密かにうごめいている。『平家』の死者達は怨念となり末裔達に憑り付き力を送っている。


また、『平家』の末裔には集合的無意識を介して近づくことができなかった。『平家』の死者達が邪魔してくるのだ。


(『平家』達は何をしでかすか分からない。だが奴らは所詮負け犬の集まりだ)


諸行無常の響きの中で退場していった敗北者など、神である《ヘファイストス》の前では畏れるに足らず。


相変わらずヒルダはブツブツと呟いている。恐怖で気が狂ったのだろうか。


「あの火を見て、『ヘイケ』の皆様も元気が出てきたんですかー。はぁ、浄火を浴びて活性化するとは不思議ですねー。でもまぁそう言うことなら、惜しむことなく力を貸してくださいねー」


目に見えぬ何か、怨霊としか例えようのない強い思念体がヒルダへと群がる。亡者達がヒルダの腕を、足を、首を、髪を、肩を掴みのしかかっているのを"それ"は幻視した。


『この水底から救ってくれ。この水底は地獄だ。救え。救え。救え。栄華を再び手にし、我等をこの水底から、この地獄から救うのだ』


それが『平家』の叫び。叫びはヒルダの身体の中に吸い込まれるように入り込んだ。


禍々しく積み重なった呪いは、憑りついた者を誰であれ勇ましい者へと変貌させる。その変貌をこの世界ティストラでは『勇者』のスキルと呼んだ。


「あはっ。やっぱりこの世はどこもかしこも地獄ですねぇ。『ヘイケ』のご先祖様方、どうせ地獄から抜け出すことなんてできませんよ。救われることなんてありません。ですから、この地獄を楽しみましょう。折角ですし、この世でのうのうと生きる皆様にアタシ達『ヘイケ』の地獄をおすそ分けしてあげましょう」


『平家』の亡者達を引きずりながらヒルダが笑う。


「水底から目を覚ませ。『聖剣』解放」


亡者達から送られる魔力に耐えられず『聖剣』【クサナギノツルギ】が突然、ぱきんと音を立て弾けた。『聖剣』の加護が消え、金色の光の渦がどす黒く濁っていく。


「我等の地獄で、この世の地獄を塗り替えなさい。【ヤマタノオロチ】」


その名を口にした瞬間、ヒルダは漆黒の光に包まれた。漆黒の光は渦を巻き、水嵩を増していく。


黒い渦の中から大蛇が生まれた。蛇の頭は八つに分かれ、八方に解き放たれた。


蛇は迫り来るアームを食い千切り、それを取り込み巨大化した後、また頭を八つに分けていく。


八方で同時に、蛇の頭は再び八乗増え、更に八乗増え、また更に八乗増えていき、気付けばダンジョンは大蛇で埋め尽くされていた。


(何だ、これは? 黒い海のようじゃないか)


"それ"が驚愕したのは言うまでもない。


(こちらも奥の手を使おう)


音響兵器による超音波の中に呪詛を最大限混ぜ、更に【滅びの歌】の音量を最大に上げる。


大量の超音波と呪詛を浴び、大蛇達の動きが停止した。


(これでボクの勝ちだ)


「いや、お前の負けだよ。これだけ消耗しているんだ。そろそろ意識を保つのが限界のはずだ」


少年の声が響き渡る。


声を合図とするかのように、【滅びの歌】が途切れた。


(ん? 音が止められた? これは空気の振動が停止したのか?)


はっとオグナへと意識を移動させた。


オグナは空中で、揺らぐことなく何もない空気の上に立っていた。


彼は封じられたはずのスキル『空気になる』の奥義【完全空気化】を発動していた。


即座に"それ"はオグナのステータスを『鑑定』で確認した。


オグナ・アウラ・ベルグンテル

レベル35(仮)

固有スキル 

『空気になる』

派生スキル

『剣術』上級

『風魔法』上級

『天使召喚』

『神聖魔法』初級


「ロザリアのレベルを20程借りた。俺のレベルが35になったお蔭で『スキル封印』を破らせてもらった」


停止した空気の中でオグナの声だけは辺りに響き渡る。天使の権能の一つに、他者に自分のレベルを貸与するものがあることを"それ"は神の記憶の中にあったことを思い出した。


『空気になる』をイルミが封印した時、彼女のレベルは32だった。天使によるレベルの譲渡によりオグナがイルミのレベルを超えたことで『スキル封印』の効果が無効となったのだ。


その時、悪寒が走った。


(あれれれれ? ボクの身体が小さくなっている? ダンジョンが消滅していってる)


天では【大聖火】が光り輝き、『神歌』で造ったダンジョンの結界を燃やしている。そこから舞い散る火の粉はダンジョンに満ちていた【滅びの歌】の呪詛を打ち消している。


大地では【八岐大蛇】が洪水の如く溢れかえり、あらゆるものが暗い濁流に呑み込まれていく。


天と地の間では、【完全空気化】したオグナが大気を掌握し音響兵器を封じている。


折角手に入れた身体の感覚がどんどん消失していく。特に、天と地から繰り出される天変地異としか表現できない攻撃の被害が尋常ではない。


(【ダンジョン管理者】も【完全修復】も使えない? くっそぉ、どんどん感覚が無くなっていく)


気付けば、大陸中のどの山よりも高く、どの森よりも広大だった"それ"の領域は見るも無残なほど縮小された。


虚空に浮かぶスピーカー。そのスピーカーのみが、現在"それ"が自由に動かせる身体の領域だった。


悲鳴を上げるように、スピーカーから【滅びの歌】を絞り出そうとするが『空気になる』の効果によって空気は震えず音は誰にも届かない。


「『ボクとは何ぞや?』そんな疑問が集合的無意識の中にあった。あれはお前がかつて言ったものだろ?」


オグナは"それ"が宿るスピーカーに向けて問う。


(……)


「その疑問に俺が独断と偏見を持って答えてやろう。お前は魔物達の無意識だったんだよ」


(……)


「心とは意識と無意識の二つが背中合わせになって成立している。けれども、お前は魔物という意識を殺し、無意識であるお前自身がこうやって外に飛び出そうとしている。反転しようとしている。誰に唆されたのかは知らないが、そのやり方では誰も救われない。もちろん、お前自身も」


(違う! 嘘だ! お前は噓吐きだ! ボクは天使に「無意識が支配する世界」こそが理想郷だと言われた! ボクの行いは、人間とボクを救うものなんだ!)


「どうだかね。天使がいつも正しいとは限らないぜ。俺の守護天使なんか結構間違えてるよ。まぁ、それを言ったら俺の言葉も間違いの可能性もあるけどね。というか、神を名乗るなら天使の言うことを真に受けてどうするよ」


(うるさい! うるさい! こうなれば君だけでも殺してやる)


【滅びの歌】の全てをオグナ一点に集中し一矢報いてやろうと決意した。


(死ね!)


「無駄だよ」


【滅びの歌】は打てなかった。


(何故だ? 力を一ヵ所に集中すれば、『空気になる』に勝てると演算できていたのに)


『ダメですよ。お父様。あの方を傷つけてしまうのは許されません』


声が"それ"の中に飛び込んできた。


(お前は、アダム!)


『ええ。初めましてお父様。あれ? お母様かな? ちょっと分からないからとりあえずお父様って呼ぶね』


その声は魔王アダムのものだった。イルミに倒された後、アダムは息をひそめて力を取り戻す機会を伺っていたのだ。


ボロボロになるまで削られた"それ"の隙を付き、アダムはダンジョンの支配権をじわじわと奪っていたのだ。


『ボクは王子様と『人と魔物が共存する世界』に協力するって約束したんだ。だからさ、お父様の考えには賛成できない。というか、大反対。何で誰にも相談せずに勝手に決めちゃうのさ。ボク達はまだ死にたくないよ。ボク達は生まれてからまだ何もしていないんだよ。まだ自分の頭で考えたことすらないんだよ』


(ふざけるな! 一介の魔物如きがボクに逆らうな。ボクは神だぞ。お前は神の言う通りに死んでろよ)


『そんなさみしいこと言わないでくれよ、お父様。貴方はボク達の父であり、ボク達の無意識でもあるんだ。意識であるボク達とは切っても切れない関係なのだからさ』


(違う! ボクはお前達という意識を喰い殺す神で、お前達はボクという無意識に消化されるだけの存在なんだ。ボクの方が偉いんだ)


『どちらが偉いとかは意味ない議論でしょうに。まぁ、その議論はまた後で飽きるまで行いましょう。時間はたっぷりとあります。集合的無意識(お父様)は、たった一つの意識(オグナ)に敗れて元の場所に戻るのですから』


うっとりとしたアダムの声に引っぱられ、"それ"はオグナへと注意を向けた。


「ほら、意識を保つのは大変だっただろ? そんな状態で起きているのは大変だろ? さっさと集合的無意識に戻って、他の奴等に俺の言葉を聞かせてやると良い」


オグナが言った。


短剣を抜き放つ。


「オグナ・アウラ・ベルグンテルは人と魔物両方を救う道を選ぶ。もちろん、人と魔物の中に潜む集合的無意識(お前達)も救ってやるよ」


そう宣言した。


6年間、ニートとして部屋に閉じこもり心の裡を誰にも見せなかったオグナが初めて己の願望を口にした。それは己の前に漂う悪い空気に逆らう覚悟の表れでもあった。


「上級風魔法【鳳凰】」


灰色の風がオグナを包み込み、風は灰色の鳥へと姿を変える。


続けて、灰色の鳥の中から二つ目の魔法が唱えられた。


「神聖魔法【浄化】」


周囲から白い神聖な光が現れ、その光は灰色の鳳凰へと流れ込む。すると鳳凰は白く色づき【白鳳】へと姿形を変えた。


白い鳳凰は"それ"に向かって一直線に羽ばたき、音も無く最後の身体であるスピーカーを切断した。


"それ"は浄化の光に焼かれ、だんだんと力が抜けていき眠くなってきた。その眠気は決して不快なものでなかった。


微睡の中、"それ"は空を見上げた。


【大聖火】によってダンジョンの暗い天井は燃え落ち、本物の空がそこにはあった。


空を白い鳥が気持ちよさそうに泳いでいるのを見て、"それ"は『ヤマトタケル』の神話を思い出した。


『ヤマトタケル』は最後に白い鳥となって消え去ったという。


(神話主義に憑りつかれたクソガキが生意気なことを言いやがって。異界の神話とティストラの神話をハイブリッドしてさぁ、馬鹿じゃねぇの。このままその神話に押し潰されてしまえ。キミなんかにボクを救えるものか。あーあ、馬鹿らしい。にしても、よくもまぁあの泥沼で、)


綺麗な神話が芽吹いたものだなぁ、そんな感想を抱きながら"それ"は集合的無意識の底へと満ち足りた様子で沈んでいった。


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