ニート王子、音のダンジョンを破壊しました①
"それ"は泥の中に産み落とされてから、ずっと考えていた。
『ボクとは何ぞや?』
その問いは集合的無意識と呼ばれる泥地に呑み込まれ沈んでいく。
"それ"に物理的な身体はなかった。"それ"は神の『遺言』から生まれた思念体で、中身は神から引き継いだ記憶で構成されていた。
『蘇りたい』、『魔物達よ、人を殺せ』、『だけど、人を愛しているのだ』という『遺言』をぶら下げながら、ふらふらと泥の中を彷徨っていた。
『ボクとは何ぞや? どこへ向かえば良いのだ?』
人を殺せと、人を愛しているという二つの遺言は矛盾しているような気がした。
『貴方様はこの泥沼、集合的無意識の化身。その一柱です』
宙に天使が浮いていた。髪も服も全てが銀色に輝く天使だ。受け継いだ記憶の中で『最初の天使』と呼ばれていた。
『貴方様の真の役割は、現の世界に飛び出し、集合的無意識の力で人を救うことにあります。集合的無意識には全知が詰まっています。その化身たる貴方様が外に飛び出すとはどういうことか分かりますか? それは"神が蘇ること"と同義だと思いませんか? ですから早く、蘇ってくださいな。そして始めましょう。無意識が支配する世界を! 意識と無意識が反転する世界、それこそが理想郷なのです! その理想郷の新たなる神こそが貴方様なのです!』
それから最初の天使は蘇るための方法を伝えた。
魔物に人間を殺させて贄とすれば"それ"は《ヘファイストス》として蘇り、人を愛することができるようになる、と。
その話は『遺言』の言葉とも食い違いがないように思えた。
『蘇ったその後、魔物は不要な存在となるでしょう。魔物は全て処分してしまうのが良いと思われます。人のためにも、貴方様のためにも。それが一番の救いとなるでしょう』
ニタリと天使らしくない笑みを浮かべた後、最初の天使はどこかへ飛んで行った。
(ボクが神として蘇る。ボクという存在は新しい神になるために生まれてきたんだ)
"それ"は向かうべき道を見つけて興奮した。
すぐさま蘇るための行動を開始した。
まず魔物を造り、魔物に贄を集めさせた。魔王の姿は生前の肉体に似せて造った。大きさは元より遥かに小さく、人間程だったが良い出来だった。
次に集合的無意識の中を走り回り、《ヘファイストス》を蘇らせようと暗躍した。具体的な手段として、人間達の無意識に入り込み、思い通りに操ろうとあること無いことを囁いてきた。囁きのほとんどが人間達の意識まで届かなかったり、聞き逃されたりと思い通りにならなかったけど、1000人中1人は囁き声を聞き取り思い通りに動いてくれた。
イドラ帝国内においても、『超人』達の無意識に入り込み囁き続けた。たゆまぬ努力の結果、ようやく贄としてふさわしい『超人』をダンジョンに誘い出すことに成功し蘇ることができた。
(それにしても、魔物達は無能だったなぁ)
人間という贄を集めるために造った魔物達はどうも"それ"の思い通りに動いてくれなかった。
魔物は直接『遺言』を聞けるはずなのに、操るのが難しかった。
(魔王アダムに至っては、自我も目覚めつつあった。お前達なんて神であるボクの言うことだけを聞いていればよかったのにさ。まぁ、良い。ボクこそが、《ヘファイストス》だ。新しい神代の時代を始めよう)
心の中で叫ぶ。
(さぁ、不要になった魔物を処分して、再び人間達を導くんだ)
もはや神に救いを求める人間なんてどこにもいないのは知っている。
(人間達をボクの『神歌』で洗脳すれば良いよね)
『神歌』の一つ【滅びの歌】は超音波を撒き散らす。【歌】には精神も物質もボロボロに壊してしまう呪詛を組み込むのも忘れない。非常にご機嫌だった。
ダンジョン内にある無数のアームを起動させ、ついでに要らないものも掃除しようと思い立つ。自分の中を綺麗にすることは大切なことだ。
(この身体も元の形に戻さないと)
ダンジョンへと変態したこの身体は生前とは似ても似つかない。こんなだらしなく太った身体で人前に姿を出るのは恥ずかしい。何とかして生前のように、神として相応しい体型に戻さなければ。
あれこれといろいろ思案していると、一人の少年の存在に気が付いた。彼は『聖剣』の加護に守られ、【滅びの歌】が効いていないようであった。
灰色の少年、オグナ・アウラ・ベルグンテルである。
『神様のスキル』を保有し、神の血を色濃く受け継いだ神に近しい存在。であると同時に、異世界人の血を受け継ぎ、とある神話的英雄の名前を授かったイレギュラー。
《ヘファイストス》は生前、異世界の文化に魅せられた。異世界の、中でも日本と呼ばれた国の文化を覗きこみ、気に入ったものを真似して造ったりもした。その際に、日本の神話と歴史も学んでいた。『遺言』もその記憶を引き継いでいた。
(『ヤマトオグナ』、いや『日本武尊』だったか。名とは呪いだ。オグナ・アウラ・ベルグンテルも『日本武尊』の神話の影響を受けていくだろう。それはどう転ぶのか予想できない。であればここで殺してしまおうか。そもそも、殺されたくなくばダンジョンから出ろと忠告はしてあるのだ。他の者達も何も言うまい。いやそもそも、オグナを殺すことを他の者達も望んでいるのだろう。なぁ、同志ウトガルドよ)
心の中で、『神様のスキル』を通してしばしば連絡を取り合っているオグナの兄、ベルグンテルの第三王子を思い浮かべた。
ウトガルドも異世界日本の文化を愛するオタクのため、二つは集合的無意識の泥底で惹かれ合った。
(ウトガルドよ。君が弟をここに送り込んできたもんなぁ。つまり、ボクに殺してくれってことだろ?)
数日前、ウトガルドと定期的に行っている集合的無意識内でのオフ会にて彼は言った。
『そう言えば、お前が蘇る日はもうすぐなんだろ? 折角のお祝いだ。俺様の愚弟様を音のダンジョンに向かわせてやるよ。愚弟様もこちらの行事に顔を出す練習が必要だったから丁度良い。愚弟様があまりに不甲斐なければ喰っちまっても良いぜ。《ヘファイストス》』
"神に近しい者を「様」付けで呼ばなくてはいけない"という謎の自分ルールを掲げ、己自身にも「様」という敬称を付けるウトガルドは偉そうな口調で言った。"それ"は気にしなかったが、ウトガルドは何故か、『遺言』には敬称を付けなかった。
『でも気を付けろよ、《ヘファイストス》。愚弟様は何をしでかすか分からないぜ。精々喰われないように気をつけてな』
ウトガルドの言葉通りオグナがやって来て、"それ"が始めた祭りの渦中にいる。
彼はまだ未熟であると共に、頼みの綱である『神様のスキル』もイルミの『スキル封印』によって封じられている。『スキル封印』はレベルの低い対象に対して、一つスキルを封じるものだ。オグナのレベルが15で、イルミが32のため効果が継続していた。
(今日はボクの復活祭だ。太るのを気にせず、オグナも食べちゃおう。前菜も美味しそうだし)
オグナを殺して食べることを決めた"それ"は、背後に控える天使と勇者を品定めし始めた。




