ニート王子、神様のスキルと話をしました
『超人』になるのは簡単だ。
注射を一本打ってそれでおしまい。
中には副反応で高熱が何か月も出たり、体質に合わず死んでしまう者もいるらしいが、イルミは副反応らしいものは一切出なかった。むしろ注射を打ってすぐに『超人』に適応できた。
『超人』になり身体能力と記憶力が以前より向上した。体型と顔も理想的なものになった。性格も前向きになり、万能感すら覚えるようになった。
ふくよかな体型がコンプレックスだった人見知りの少女は、他の誰よりも優秀な超人へと変身した。
血筋の影響もあったのだろう。
最強の『超人』であるツアストラ・ルイ・イドラ皇帝の娘なのだから。
父の最強に対して、イルミ・レム・イドラは最高の『超人』と称された。
『超人』イルミには口癖があった。
『満たされない』
勉強、芸術、武術、魔物退治、戦争、エクストラ。『超人』イルミは万能の天才だったが、どれも簡単にできてしまうため退屈だった。
『満たされない、満たされない、満たされない。誰か、私を満たしてくれる者はいないのか』
死にそうなほどの退屈を持て余しながら、日々を過ごしていた時、オグナと出会った。
イルミは9歳で、オグナも同い年の時だった。
兄である皇太子レイドの誕生会の会場の隅で気配を消していた。文字通り、『空気』のように存在感が無く、彼に気づけた者は少なかっただろう。
一目で、只人ではないと分かった。超人とも雰囲気が違う。興味をそそられ、イルミはオグナへと声を掛けた。
なるべく優しい口調を心掛けて。
『貴方、そんな隅っこにいて寂しくないの?』
いつものように見下すような感じになってしまった。『超人』になってから、高慢な態度になってしまうようになった。これがなかなか直らないのがイルミにとって頭の痛いところだった。
オグナは胡乱気な視線を一瞬見せたが、すぐに取り繕うように笑顔を張り付けた。
『これはこれはイルミ皇女様。貴女のような美しい方に声を掛けていただけるとは光栄です』
オグナは質問に答えず、頭を下げた。
イルミは鼻を鳴らした。
『言っとくけど、ベルグンテル王国との戦争をしないという選択肢はイドラにはないわ。ベルグンテルが『神様のスキル』を手放さい限りね。けれどもアンタ達の様子を見る限り手放すつもりはないのでしょ?』
ベルグンテルとイドラの戦争は間もなく始まるだろう。
『貴方、何しに来たの?』
嘲るようにイルミが言った。
オグナは苦笑しながらも、迷いの無い目をして答えた。
『私どもの『神様のスキル』の命です』
ベルグンテル王国らしい返しだった。
神話主義を掲げる国、ベルグンテル。他国はベルグンテルの特徴をそう表現する。
そう言われる理由は二つある。
まず一つ目は、ベルグンテルの王族が女神『アウラ』の子孫だと宣言し、その神話を最大限利用して国を支配していることが挙げられる。
教科書で歴史を習う際には「女神『アウラ』の血を最も色濃く継承した者が国王となり、それ故、王は尊い」という神話を洗脳交りに教えられるらしい。
二つ目に、神話研究がどこよりも進んでいるのだ。
ベルグンテルは神話を研究し、神話の中に眠る神器や『神様のスキル』の在処をどの国よりも早く解き明かし、先んじてそれらを手に入れることに成功したのだ。
死んだ神の威を借り国をまとめ、その遺物から集めた力を国防に用いた。ベルグンテルは神の死を最も有効活用できた国と言っても良いだろう。
『神様は死んでいるのに、アンタは神様に命令されたの?』
『正確には神様ではなく、『神様のスキル』の言葉です。ここに来るように言われたようです』
『ようです?』
『私も詳しくは知らないのです。兄上達が『神様のスキル』からイドラに王族を遣わすよう言われたそうなんです。そんなこんなで私が選ばれました』
『それは、それは無意味なことを。苦労様ね』
『まぁ、私どもはいつもこんな感じなので慣れましたよ』
そう言って笑い合う二人だが、内心、互いに自国の理念を理解できない相手を愚かであり哀れだと思っていた。
神からの解放を掲げる『超人』主義のイドラ帝国と、神の力を求めるベルグンテル王国は水と油のような関係だ。相容れぬのだ。
『貴方も『神様のスキル』を持っているのでしょ? 貴方の『神様のスキル』はなんて言っているのかしら?』
馬鹿にするように尋ねると、オグナは恥じることなく答えた。
『全てを救う、そう言っています』
この頃のオグナはそれが自分の使命だと本心から思っていた。
『救いを求めるのなら、どんな人間でも、それがもしも魔物であろうと救うこと。それが私の、いえ俺のスキルの言葉です』
熱を帯びた声で、そう言い切った。
彼は他国で揶揄されているところの所謂、神話主義に憑かれた純粋で潔癖な王子であった。性格は真面目で完璧主義の傾向が強かった。そんな性格故、戦争によって心を折られたオグナの落ち込み方は酷く、結果的に引きこもってしまうのだがそれはまた別の話だ。
穢れの無い心を持つ王子を目の当たりにして、イルミは彼の心を支えている神話主義を粉々に壊してやりたいと思うと同時に哀れで愛おしいとさえ思ってしまった。
(彼を手に入れることができたなら、私を少しは満たしてくれるかもしれない)
そんな思いから、軽い口調でイルミは告白して、オグナにはぐらかされながら振られた。
イルミは激怒した。
振られたこともそうだが、何よりもオグナの自分を見つめるその瞳が気に食わなかった。
その目つきが『超人』になる前、ふくよかで人見知りだった頃に向けられていたものに酷似していた。
まるで憐れむような目つきだった。
(そんな目で私を見るな!)
その時の怒りと憎悪を胸に抱き6年間走ってきたのに。
ようやくオグナを、『神様のスキル』を倒せそうだったのに。
《ヘファイストス》と名乗る神によって身体を操られ、舌を噛み切ったイルミは次第に意識が遠のいていくのを感じていた。
(まだ、満たされていないのに)
薄れゆく意識の中、オグナと目が合った。
相変わらず、その目の中には憐れみがあった。
憐れむような目をして、オグナが口を開く。
「『超人』達よ。何故、お前達はそんな目で俺を見る? まるで助けてと、救われたいと願うような目で俺を見つめてくるのは何故だ? お前達にとって俺は敵じゃないのか?」
そんなの、何をしたって満たされないからに決まっているでしょ!
心の中で吐き捨てた後、イルミの意識は完全に黒く塗りつぶされた。
※※※※※※
意識が戻って最初に感じたのは、息苦しさだ。
空気を吸っても酸素が肺に届かない。
『スキル『空気になる』の効果【大気掌握】によって、大気を窒素で満たしました。また、イルミ・レム・イドラの『スキル封印』によりスキル『空気になる』の使用も封じられています』
『空気になる』が現在の状況を説明してくれる。
身体を起こし、目に飛び込んできたのは、黒ずくめ少女イルミだ。開いた口から大量の血を吐いていた。
血を吐きながらもイルミは不敵な笑みを崩すことなく俺を睨んでいた。
けれども、その目は別のことを訴えている気がした。
脳裏に、6年前に見たイドラ兵の死体の山が浮かんだ。その死体達と同じ目をイルミはしている。
「『超人』達よ。何故、お前達はそんな目で俺を見る? まるで助けてと、救われたいと願うような目で俺を見つめてくるのは何故だ? お前達にとって俺は敵じゃないのか?」
疑問を口にしたが、答えは返ってくることは無く、間もなくしてイルミは眼を見開いたまま力尽きた。
『イルミ・レム・イドラが《ヘファイストス》に取り込まれました。『スキル封印』も引き継がれ、効果は継続中です。風魔法を使用し、すぐさまダンジョンから脱出することを提案します』
珍しいことに、スキル『空気になる』が慌てた様子で俺に声を掛けてくる。
今の俺は『空気』ではないため、酸素を取り込めない環境では生存することはできない。このまま窒息で死んでしまうのは『空気になる』としても不本意なようだ。
っていうか何だか、頭も痛くなった。
『《ヘファイストス》が音のダンジョンを操り、音響兵器による攻撃を行っています。早急にダンジョンから避難することをっ』
「なぁ、『神様のスキル』よ」
頭の中の声を遮るように、俺は言った。
「俺はかつて、お前を信じていた。盲信していたと言っても良いだろう」
『早急に避難を』
「お前はかつて俺に言ったな。『全てを救う』ことが使命だと。馬鹿な俺はそれができると傲慢にも思っていた。でも、俺という人間は無能で、誰一人救えないと思い知り、余計なことはしまいと引きこもった」
『このままでは危険です』
「黙れ!」
怒鳴り声を上げると、スキル『空気になる』は喋るのを止めた。
「『全てを救う』とお前は言いながら、お前は人も魔物も簡単に殺す。お前にとっての救いとは何なんだ? 一体何が正しい。俺はどうすればいい?」
縋るような叫び声を上げ、限界がきた。
身体に力が入らず、瞼もどんどん重くなる。
『私には分かりません』
『空気になる』が答えた。
『私には救うことが、どういうことなのか分かりません』
ならば、何故『全てを救うのだ』と俺に言った?
俺はお前の言葉を信じて、『全てを救う』ために生きた。『全てを救う』ことができないと知り、そんな俺に価値はないと断じたのに。
『逆です』
逆?
『遠い昔、貴方が私に言ったのです。願ったのです。『全てを救いたい』と。ですが、私には『救う』ことがどういう行為なのかさっぱりわかりません。私はただのスキルですから。その解答と、その意味を知ることができるのは貴方しかいません』
あぁ、そうか。そうだよな。俺が自分で考えて、俺が判断して、俺自らが動かないといけないんだよな。当たり前のことだ。当たり前のことをしていなかった。何だか、恥ずかしいな。
そうなると、俺は自分の願望についてもう一度考え直す必要があるな。
『いいえ。その必要はありません。貴方は既に、答えを得ています。あの騒がしい天使が言っているではありませんか』
天使? ロザリアのことか。
人と魔物が共存する世界、それこそが俺が昔願った理想に一番近いのかもしれないな。
『私には貴方の願いを真に理解することはできませんが、貴方の願いを叶えるために力を貸しましょう。ですからそのためにも、このダンジョンから脱出しなくてなりません』
確かに、こんなところでまだ死ぬわけにはいかない。
でも、逃げはしない。
俺にはまだ一つ使っていないスキルがあるんだぜ。
「す、き、る」
掠れた声で、最近覚えたスキルの名を絞り出す。
「『天使召喚』」
虚空に召喚陣が現れ、その中から黄金の光と共に、天使と勇者が俺の前に舞い降りた。




