ニート王子、何だか部屋に帰りたくなってきました
青のダンジョンとは、神の墓の別名である。
一柱の神が死に、その遺体が姿形を変え無機質な地下迷宮となった。ダンジョンの中で最初に生まれた魔物フェンリルが放つ青い炎が迷宮内の各所に散らばり、地下内を青く照らしている。
ダンジョンの中にはかつて神が残した遺物が今でも眠っている。神が使用していたアイテムや神器の多くは人間に使えこなせないものばかり。それでも、遺物の中には人間でも使用可能で有用なものも発見されることが稀にある。『神様のスキル』も遺物の一つだと伝え聞く。
「私の名はライルと申します。今回の青のダンジョン探索の指揮を執らせていただきます」
ライルと名乗った若い男は慇懃無礼な態度で頭を下げた。年齢は18歳くらいだろう。『統率』と呼ばれるスキルを持ち、若いながら優秀らしい。金髪に碧眼で、背も高く俺なんかよりも王子様っぽい。
「はっきり言わせてもらいますが、殿下には何も期待していません。ただ付いて来てくださるだけで問題ありません」
青のダンジョン探索隊の隊長ライルは、俺にそう言い残して兵士達の方へと行ってしまった。
「あのライルっての、ヤバいですねー。何もするなって殿下に直接言い切りましたよ」
ヒルダが茶化すように言う。
「正直、むかついた。ヒルダ。あのライルって奴のことを徹底的に調べて弱みを見つけるんだ。俺を見下したことを後悔させてやる」
「うわぁ。相変わらず、陰湿ですねぇ」
現在俺達は青のダンジョン探索中だ。地下内は黒い無機質な壁で覆われている。等間隔に木の棒が突き刺され、先端から青い炎が燃え上がり迷宮を照らしている。この青い炎はダンジョンに住む魔物達によって設置されたことが分かっている。魔物にとっても真っ暗な空間よりも、明るい空間の方が過ごしやすいのだろう。
「それにしても、ライルさんは優秀ですねー。地図はもう頭の中に入っているんでしょう。地図を見てないのに、まるで見知った場所みたいに進んでますね。どっかの頭の悪い王子様と違ってー」
「煩いなぁ。俺はダンジョン初めてだし、そもそも今まで地図を使うことなんてほとんどなかったんだから」
俺も最初は自分が今どこにいるのか地図を見て把握しようとしたが、すぐに地図の中で迷子になり諦めた。つべこべ言わず黙って俺は後ろから金魚の糞のように付いていく。
探索をしていると魔物に何度も遭遇した。ダンジョン内に現れる魔物の多くは狼型がほとんどだ。そのどれもが青い毛並みをしていた。
魔物と出くわすと兵士達は即座に対応し、危うげもなく狼達を討伐していった。冒険者達の集まりではここまで順調にはいかないだろう。50人もの兵士がいて、個々の実力も高い精鋭ぞろい、装備やアイテムも潤沢に準備されているから当然と言えば当然か。
「ふん。『統率』スキルを持っているって聞いたから、どんなものかと思ったが大したことないな。今まで倒してきたのは最低ランクの魔獣級ばかり。俺が今まで見てきた『統率』スキルの中では磨き方が弱いな」
「殿下が今まで見てきた人たちって将軍とか騎士団長とか目上の人ばかりじゃないですかー。比べる対象が違いますよー。ってかニートが何を上から目線で言っているんですか?何を言っても負け犬の遠吠えにしか聞こえませんよ」
「はいはい。分かっているよ。ライルはあの年では優秀で、俺は役に立たない。はぁ、何だか帰りたくなってきた。俺必要ないって空気をひしひし感じる。もう帰りたい。俺の部屋に帰りたい」
「殿下マジでウザい。つまらない愚痴を吐くためだけにアタシに話しかけないでください。ただでさえ殿下と話していると周りから白い目で見られて同情されるんですから」
若干切れ気味のヒルダに言われ、俺は黙って歩くことにした。半日近く歩いただろうか。目の前に深い崖が現れた。崖の底は青く光っていた。
「ここはダンジョンの奈落です。奈落は魔王級フェンリルの縄張であり、魔物達が生まれる温床でもあります。今から崖に沿って歩きますが、くれぐれも落ちないでくださいね」
ライルが兵士達に声をかけているのが聞こえた。
「落ちたら大変みたいですねー。殿下、絶対に崖から落ちないでくださいね。絶対に絶対にですよ。殿下」
何かを期待するようなワクワクした表情でヒルダが念を押してきた。
×××
青のダンジョンを探索中、ライルはイライラしながら兵士を纏めていた。
(まさかよりによって、ニート王子の御守に選ばれるとはな)
第5王子オグナ。外れスキルを持つニート王子と市井では有名だ。実際、彼の第一印象も空気のようにボンヤリしていて覇気がないものだった。こんなのが王族とは嘆かわしいとさえ不敬にも思ってしまった。
(まぁ、いい。今回の任務は僕のスキルを使えば楽勝だ。準備も万端。後は如何に犠牲を出さないかが重要かな。犠牲者一人出さず、『神様のスキル』を持ち帰ったともなれば僕も上から評価される。後は王子には文字通り、空気のように黙ってじっとしてもらおう)
ライルがそんなことを考えている時だった。
「ライル隊長ー」
オグナのメイドが近づいてきた。派手な見た目をした彼女の名はヒルダ。オグナの世話係として今回の探索に同行を申し出てきた。命がけでダンジョンに潜っているというのに、呑気なものだと冷めた目で思わず見てしまう。
「まるでピクニックに来ているように緊張していませんね。私は臆病な性格なもので羨ましい限りです」
なるべく丁寧な口調でライルは言った。自分よりは年下ではあるだろうが、彼女はニートだろうと王族専属メイド。一兵卒からのし上がってきたライルと違い、エリートなのだ。それでも皮肉の一つでも言いたくなる。
「そう思います? アタシ、よく周りから『強いメンタルをしている。とてもじゃないが正気とは思えない』って褒められるんです」
「ヒルダさんの周りは皆、優しい方々が多いのですね」
褒められてねぇよ!と心の中で叫ぶ。このメイドと話をしていると頭が痛くなる。
「それで、どうかされましたか?」
「ええ。そうでした。殿下がいなくなっちゃいましたー。殿下ってばすぐにいなくなるから困るんですよねー」
「何を馬鹿げたことを」
鼻で笑い、ライルは周囲を見渡す。首を何度も動かし、王子の姿を探すが、目当ての少年は見つからない。
「おい。オグナ殿下はどこにいる?」
ライルが引きつった顔で尋ねた。
「殿下いないな」
「いつからいないんだろ?」
「さぁ、知らない。ってか、最初から殿下いたっけ?」
「後方に置いてきちゃったかな?」
「いやいや。俺が最後尾だけど、殿下を見かけた記憶はないよ。ここまで一本道だったのに不思議だね」
部下たちもオグナ王子がいなくなったことに今、気付いたようだった。
「ひょっとして、崖に落ちちゃったのかな?」
ヒルダがポツリと言った。今までライル達一行は崖沿いの一本道を歩いていた。崖に辿り着くまでは確かにオグナがいたのは確認している。
ライルの背中から冷汗が流れる。
「崖から落ちちゃ駄目ですよってあれほど注意していたのに」
ダメな子ですねーっとヒルダが軽い口調で言った。
ライルがヒルダを睨みつけた。
「ヒルダさん。貴女は殿下のメイドでしょう」
「ええ。そうです。アタシは殿下のメイドで、護衛ではありません」
きっぱりと断言され、ライルは口ごもった。
もしもオグナ王子がダンジョンで行方不明になったことが上に知られれば責任を取らされるのはライルだ。
(う、ううううううう。僕の評価が。出世の道が。僕は将軍になる男なのに)
「と、とにかく。オグナ殿下を探すのだ。必ず探し出すのだ。僕の出世がかかっているんだ。死ぬ気で探せ」
大きな声でライルが喚く。
蜂の巣を突いた様子のライル達を見つめながらヒルダは呟いた。
「ほっといたら、そのうち帰って来るのになー」