ニート王子、魔王に懐かれました
6年前、終末歴142年の話だ。
『人間は神の呪縛から解放されていないのです。『神様のスキル』は神が残した呪いです。そのスキルにしがみ続ける者はいつまで経っても神に囚われたままです。『超人』になれません。『超人』でなければ人間ではありません。ですから、皆で『神様のスキル』を捨て去りましょう。安心してください。不要な『神様のスキル』は我等イドラが無料で処分しますから』
『超人』主義を掲げるイドラ帝国が、世界に向けて『神様のスキル』を破棄するよう提案した。
ベルグンテル王国はその提案を一蹴した。
『ベルグンテルは未だに死んだ神々の呪いに囚われている。我等イドラがベルグンテルを救いましょう』
聖戦だと叫びながら、イドラ帝国がベルンテルに侵攻を開始した。
大陸の半分を占める大帝国イドラと、都市の如く小さな国ベルグンテルの戦いはたった半日で決着がついた。
小国ベルグンテルの圧勝であった。
この戦争で帝国の兵士達を赤子の指を捻るように虐殺したのは、『女神』アウラの血を色濃く受け継ぐ5人の王子達。
第一王子アベル・アウラ・ベルグンテル 固有スキル 『神様のスキル』『神隠』
第二王子イアソン・アウラ・ベルグンテル 固有スキル 準神級『無敵』
第三王子ウトガルド・アウラ・ベルグンテル 固有スキル 『神様のスキル』『無限牢獄』
第四王子エネミー・アウラ・ベルグンテル 固有スキル クラス不明『????』
第五王子オグナ・アウラ・ベルグンテル 固有スキル 『神様のスキル』『空気になる』
たった5人でイドラ帝国10万の兵を迎え撃った。そんでもって当時、俺は齢9歳にして初陣だった。本当に、どうかしていると思う。
戦時中の記憶はほとんど思い出せない。必死だったということもあるし、スキル『空気になる』が緊急事態と判断し俺の身体を操っていたから。
気がついたら、戦争は終結し無数の死体が転がっていた。
イドラ帝国の兵士達の死因で最も多かったのは窒息死だったらしい。
この戦争によってイドラ帝国とベルグンテル王国は修復できないほど深い溝を生んだ。
「イドラ帝国は神を蔑ろにしているもんね。不敬な『超人』に王子様が罰を与えたんだよね。凄いね!」
魔王である人形アダムは俺と机を挟んで座っていた。アダムはイドラ帝国、と言うか『超人』が余程嫌いらしく、イドラが負けた話を聞けてご満悦だ。
ちなみに『超人』とは終末の世の中で、イドラ帝国が造り上げた人工のスキルだ。このスキルを所有している者の中には『神様のスキル』に匹敵する程の力を持つ者もいるらしい。
まぁ、あの時の戦争では『神様のスキル』に匹敵する『超人』はいなかったみたいで、皆死んでしまったけど。
「なんでアダムは『超人』が嫌いなんだ?」
「神様を蔑ろにしているからだよ。ボクは神様が大好きなんだ」
「魔王なのに?」
「神様はボク達魔物にとっては産みの親だもの。親に酷いことをする『超人』を嫌うのは普通でしょ?」
『超人』達は、神を食らうことでスキルの能力が著しく伸びると言われている。神の子である魔物は言うまでもなく、神器もその対象となる。運が良ければ食らった魔物や神器の能力を取り込むことができるらしい。それ故、『超人』は血眼になって神の名残を食らうことばかり考えている。
「許せないよね。神を冒涜する『超人』が許せないよね。このまま『超人』の好きにさせていたら、神様が蘇った時、きっと悲しむよね。どうしよう」
「神様が蘇った時?」
「そうだよ。ボクはその日をずっと待っているんだ」
「いや、神が蘇るなんてありえない」
「蘇るよ。だって、神様の『遺言』がそう言ってるんだもん」
そう言って、アダムが真上を見上げた。夜空のように真っ暗で、どこまでも広がる天井からは様々な音楽がごっちゃに混ざった音しか聞こえない。
「『遺言』からずっと流れているよ。『神は蘇る』って」
「そんな声、聞こえないけど」
「人間が聞き取れる可聴領域を超えているからね。ボクですら全てを聞き取れない。でもずっと同じことを繰り返しているよ。『神は蘇る』、『人間を殺せ、喰え』、『けれども人間を愛している』ってさ」
「人間を愛している? それはどういうことだ? 神々は人間を殺すために魔物を造って死んだのに?」
「ボクにもよく分からないんだ。矛盾しているよね。『遺言』は『人間を愛している』と言いながら、魔物には『人間を殺せ』と命じている。まぁ、そんな『遺言』を聞かされ続けた所為か、人間全員を殺すことが神様のためになるか疑問だったんだ」
「それでアダムは『超人』を殺すことが神様のためだと思ったってことか?」
「うん。そうだよ。ボクなりに『遺言』を解釈した結果、神様は只人を愛すけど、『超人』は愛さない。『超人』主義のイドラ帝国は滅びるべきだ。『超人』は神を冒涜し続けているからね。『人間を殺せ』、この人間は『超人』を指していると思うんだ。 王子様もそう思うでしょ?」
「俺に言われても」
「王子様は女神『アウラ』の血を引いていて、『神様のスキル』を持っている。血と、スキルの中に神様の遺志が宿っているはずだよ。ねぇ、教えてよ。神様はいつ蘇るの? ボク達魔物は何のために生まれたの?」
アダムはワクワクとした表情で訊ねてくる。
その質問に対して、俺は答えを持っていない。
黙り込んでいるとアダムが顔を近づけてきた。
「王子様は神様の生まれ変わりなんでしょ?」
「はい?」
呆けた声を出してしまった。俺の声を聞き、アダムが嬉しそうに笑った。
「やっぱりね! 王子様が神様なんだね! 一目見て、そうだと思ったんだ」
「いやいや、違う。俺は神様じゃない」
「可哀そうに、まだ記憶が戻ってないんだね」
アダムは俺の話を聞かずに、はしゃいでいる。
「あのね。アダム。俺の言うことを聞いてくれ」
「うん」
「俺は神様じゃないし、イドラ帝国と戦うつもりもない」
「どうして? イドラ帝国は神様に酷いことをしているよ。魔物にも酷いことをしている。それに、同族の人間にだって酷いことをしているよ。イドラ帝国はたくさん人間の国を滅ぼしてきたんだよ?」
真っすぐな目で、質問された。
懸命に俺を知ろうと努力する魔王の姿を見て、頭の中で誰かが苦笑した音が聞こえた。
『ようやく魔物の善性が芽生え始めましたね。良い傾向です』
聞き慣れた声が頭の中で響いた。スキル『空気になる』から発せれらたものだ。
途端、俺は心が静まり、口が勝手に動いた。
「いいかい、アダム。皆、悪い空気に騙されているんだ。悪い空気の所為で互いに勘違いして、その空気に流されているんだ」
「皆?」
「魔物、人間、超人のことだ。俺がその悪い空気を換えてみせるよ。新しい空気を入れて、魔物も、人間も、超人、皆が仲良くできるように頑張ってみるつもりだ」
「ふーん。何もかもを救うつもりなんだね。それが王子様の中に眠る神の遺志なんだね。例え、その手が届かなくても。例えそれが魔物であろうと、超人であろうと救おうと言うんだね」
アダムは俺の瞳の奥を覗き込む。
「うん、面白いね。神様の生まれ変わりである君が、その道を行くならボクもその道に続くとしよう。うん、そうしよう」
自身の結論がとても良い考えだと言わんばかりにアダムが頷いた。
その時、ふわりと白い羽が落ちてきた。
「おふざけの時間は終わってしまったようですね。口煩いヒルダさんを出し抜いてオグナ君ともっと遊びたかったのですが、仕方ありませんね」
振り向くと、純白の翼を広げた天使が俺の背後に浮かんでいた。
天使ロザリアは慈愛に満ちた表情でアダムを見つめていた。
「オグナ君はどうでしたか?」
アダムも神妙な顔でロザリアを見返していた。
「ロザリア、君の言う通りの人物だったよ。王子様は面白いね」
「ええ。そうでしょうとも! そうでしょうとも! アダム! オグナ君の良さが分かるなんて、やはり貴女は賢いですね! オグナ君のファンを名乗ることを許しましょう」
「え? 本当? 嬉しいなぁ」
盛り上がっている二人を茫然と見ていた。会話についていけない俺はふと、ヒルダがいないことに気づいた。
「殿下ぁ、 勝手にどっか行かないでくださいよー」
狙いすましたかのように、ヒルダの声が聞こえた。
声の方を振り向くと、顔は笑顔だが目が笑っていないヒルダが近づいてきていた。
どうして怒っているか分からないが、ヒルダはキレると恐い。巻き込まれないように『空気になる』を使うかどうか悩んでいると、手を掴まれた。
その手はアダムのものだった。
「王子様。迷惑かけると思うけど、これからよろしくお願いします」
アダムが俺に言った。
「ええ。全くもって問題ありません。オグナ君は凄いのです。それにわたくしが守護しているのですから、大船に乗った気持ちでいてくださいな」
何故かロザリアが自信満々な口調で答えた。
「そっか。なら、安心だね。それじゃあ、王子様。音のダンジョンを救ってくれるって信じているよ。頑張ってね」
言葉の意味が分からず、俺は首を傾げた。
音のダンジョン内で流れ続けていた音楽がピタリと止まった。
同時に、アダムの瞳から光が消えた。椅子に座っていたその身体からも力が抜け、人形のように地面に倒れてしまった。
『テステス、ただいまマイクのテスト中。これで聞こえるかしら?』
音のダンジョンから突如女の声が降ってきた。
『音のダンジョン内にいる全ての有象無象どもに教えてあげましょう。このダンジョンは私が攻略させてもらったわ。今からこのダンジョンは私の物であり、貴方達は『超人』である私の食料になってもらうわ。光栄に思いなさい。このイドラ帝国が三番姫、イルミ・レム・イドラの糧になれることを』