ニート王子、メイドと守護天使の仲が悪くて大変なようです
「オグナ君。あれはどうやって遊ぶのですか?」
「クレーンゲームのこと? ぶら下っているアームを動かして景品を手に入れるんだ」
「それでは、あちらは?」
「プリクラ。あの箱の中に入ってボタンを押すだけで写真っていう本物そっくりの絵が一瞬で出てくる。全部、もともとは異界のものだね」
ロザリアが興味津々と言った様子で、音のダンジョンに並べられた筐体を指差し訊ねてくる。俺はニート生活で得たアニメやゲームの知識を駆使して自信満々で答えていく。
「異界の発明品ですか。神代の時代に、神々が興味本位で異界からニホンジンと呼ばれる方々を招いていました。わたくしはオグナ君一筋でしたので異界の発明品に興味なかったのですが、随分と楽しそうですね」
近づいてプリクラの中を覗くと、『いらっしゃいませ』という声がプリクラから発せられ、ロザリアが「きゃっ」と驚いた声を出した。
「どうしてダンジョンにゲーム機があるんだろ?」
「音のダンジョンの元となった神は異界の文化にご執心でした。異界に行って色々盗んでは自慢していましたから、その遺品でしょう」
ダンジョンとは神の死体が変化したものである。元となった神の名残が表れるというのはよく聞く話だ。
そこら中で流れている曲の数々もその名残なのかもしれない。あ、俺の知っているアニソンもどこかで流れてる。
「ヒルダさーん。こっちに来て、プリクラを撮ってみましょうよー」
ロザリアが後ろを振り返り声を掛けた。
俺達の背後でメイドの格好をしたヒルダが魔物達と戦っていた。石の身体を持つ魔人級のゴーレムが数えきれないほど集まってヒルダを取り囲んでいた。
多勢に無勢に思える状況だが、ヒルダは『勇者』のスキルを持っている。
どれだけ蟻が群れようと、虎には敵わない。
『聖剣』【クサナギノツルギ】を視認できないほどの速さで振り回し、固いゴーレムの身体を瞬く間に斬り伏せる。
音速を超えるヒルダの剣は衝撃波をも発生させ、剣の間合いの外にいるゴーレムさえも斬り刻む。
ヒルダの剣技に見惚れていると、ゴーレム達は全て斬り終えていた。
「イチャイチャしてないで手伝ってくださいよー。何でアタシだけ雑魚の掃除をしないといけないんですかー?」
額に青筋を浮かべたヒルダが笑顔で言った。
「わたくしとオグナ君では、ヒルダさんの足を引っ張ってしまいますから」
ロザリアの言葉に何度も俺は頷く。
俺だって音のダンジョンに入った当初は懸命にゴーレムと戦った。でも現実って残酷だよね。頑張って三体のゴーレムを倒している間に、ヒルダは百体近くのゴーレムを斬り刻んでいたよ。
俺のレベルも1から15へ上がって自信を付けていたが、ようやく一般人のレベルに追いついたにすぎない。日々努力している人には所詮追いつけないのだと思い知った。
もう、ヒルダだけでいいじゃん。
「殿下は、まぁ良いです。童貞なので役に立ちませんからー。でもロザリアさん、天使のアンタが魔人級のゴーレムに勝てないとか意味わかりません。アタシだって殿下と遊びたいのにずるいですよ」
「わたくしの得意とする神聖魔法はゴーレム系の魔物と相性が悪いのです。ヒルダさんに任せるのが最適だと判断致しました」
悪びれる風もなくロザリアが言い返すが、彼女は相当な槍の使い手でもあるので少し言い訳くさい。つい先程、俺が真面目に戦闘していた時も、彼女はゴーレムと戦わず何故か俺の後ろで「Oguna 愛」という旗を振っていた。
「そんなにカリカリしないでください。わたくしはかつて音のダンジョンに潜り、魔王級の元まで行ったことがあります。余裕ですよ、余裕」
ロザリアは音のダンジョンの主人に『人間と魔物の共存』についてプレゼンしに来たことがあるという。共存については保留にされたらしいがその際に、音のダンジョンの構造を調査するのも怠らなかったと主張している。
とはいえ、ロザリアは遊ぶことに目が眩んでいるようにも見える。真面目そうで結構欲望に忠実なんだよね。
「魔王はオグナ君に興味を持っていましたから、適当に遊んでいれば魔王から寄ってきますよ。ですから遊びましょう。ね? ね? こんな機会今後ないでしょうし」
「そんな悠長にしてたら、イドラ帝国に先をこされちゃうんじゃないですか?」
ヒルダが軽めの抗議を入れる。こちらは普段、不真面目そうに振る舞っているが、何だかんだ真面目に仕事のことを考えて取り組んでくれるんだよね。
「大丈夫ですってば。ここの魔王を完全に破壊するなんて誰にもできません。放っておいて大丈夫です。決して遊びたいから言っている訳ではありません。それより三人でプリクラを撮りましょうよ。わたくし達の仲ではありませんか」
「ロザリアさんの頭の中で、殿下とアタシはどういう仲だと認識されているのか理解に苦しみますね」
「オグナ君はわたくしのアイドルであり主人です。ヒルダさんもオグナ君が大好きですよね? 同じ人を愛する者同士ですから、きっと仲良くできますよ。一緒にオグナ君を愛しましょうよ。ゆくゆくは皆で夜伽とかもしてみたいです」
ロザリアがぽっと頬を赤らめる。
「この変態天使! アタシは3Pとか絶対に嫌よ。ふ、不潔だわ。好きな人にはアタシだけを愛してほしいの。じゃなくて、アタシの殿下の前で変なこと言わないでください。殿下は童貞なんです。変な勘違いしちゃいます」
顔を真っ赤にしてヒルダが叫んでいる。どうもヒルダはロザリアと一緒にいると機嫌が悪くなる。
「何を心配されてるか理解できませんが大丈夫ですよ、ヒルダさん。わたくしはオグナ君の守護天使です。ヤバイ女にオグナ君の貞操を奪われないよう守護するのが務めですから」
「話が全く通じない。ロザリアさんが一番ヤバイんですよね」
二人の掛け合いを傍観していると、地面が揺れた。
ヤバそうな空気を感じる。
「気のせいです。魔物なんて近くに来てませんよ」
何も言ってないのに、ロザリアが言い切った。
「もっと遊びましょうよ。オグナ君。ヒルダさん。わたくし、このダンジョンでオグナ君と遊ぶのを楽しみにしていたんです。300年以上も前からずっと楽しみにしてたんです」
若干、涙目になりながらロザリアが駄々をこねる。
「そんなのアタシの知ったことじゃないのでー」
無慈悲にもヒルダはロザリアの首根っこを掴み、「さぁ、お仕事の時間ですよー」と晴れ晴れとした笑顔で言った。