ニート王子、ゲーセンに迷い込んだみたいです
ベルグンテル王国は陸の孤島だ。
西に青のダンジョン、東に音のダンジョンと呼ばれる魔物の巣窟に東西を挟まれている。
南には草木の一つもない穴ぼこだらけの果て無き砂漠が広がっている。その果てに何があるか誰も知らないが、何もないというのが共通認識だ。
唯一、北にイドラ帝国が隣に位置しているがこの大国とベルグンテルは仲が悪い。
俺も自国のことを悪く言いたくはないが、ベルグンテル王国はけっこう非道徳的な行いをしているし、あらゆる情報系のスキルを弾く結界も張って過剰なまでの秘密主義だ。ロザリアが『未来視』でベルグンテルの未来を正確に見通せなかったのも、この秘密を守るために張られた結界によるところが大きいのかもしれない。
うちの国は得体が知れないからイドラの気持ちも分からないでもない。でもさぁ、折角お隣さんなんだからもうちょっと仲良くしようぜって思うこともある。まぁ、無理だろうけど。
東西南北、味方のいない独りぼっちの国、それがベルグンテル。
他国に頼れない我が国は人知を超える強力なスキルを手にし行使することで何とかかんとかやっているが、できることなら更に強いスキルが欲しいと思うのは普通だろう。
「音のダンジョンを攻略して、もう一度『神様のスキル』や有用なアイテムを取って来いということなのかな? 無理だと思うけど」
音のダンジョンの攻略にやって来た俺は空の上からダンジョンを見下ろしていた。
音のダンジョンの色は全体的に白色で形状は台形だ。大陸中の名高い山と比べてもどれよりも大きいらしい。ダンジョンの周囲は荒野で平たい大地が広がっている。
遠目からダンジョンを見ると、大地の上からヘソが出ているようだ。
「重くない? ロザリア」
空の上まで運んでくれたロザリアに声をかけた。
現在、俺とヒルダはロザリアの手に掴まりながら飛行している。俺がロザリアの右手を、ヒルダが左手を掴んでいる。
「オグナ君の風魔法とスキル『空気になる』のサポートがありますからへっちゃらです。むしろ羽のように軽く感じるくらいです。それにわたくしはオグナ君の守護天使なんですから、ボロボロになるまでこき使ってくださって大丈夫です。むしろ、粗末に扱っていただく方が興奮すると言いますか」
ロザリアは白銀の翼をはためかせながら、顔を赤らめてよく分からないことを口走っている。
彼女が言うように、風魔法で俺とヒルダに追い風を作ると共に、俺とヒルダの存在を『空気化』しているため重力による負荷は全く感じない。
何だか三人で手を繋いで仲良く散歩しているような恰好になっているのは少しダサいけどね。
ロザリアが未だに変なことを呟いていたので咳払いをして話題を変えた。
「悪いね。フェルの教育係を中断して、こっちに来させて」
「いえいえ。フェルには基本的なことはもう教えました。オグナ君の素敵なところ、可愛いところ、かっこよいところ。オグナ君の良さを余すことなく伝えました。まだまだ教授すべき事柄は多々ありますが、あれくらいオグナ君の良さを理解していれば魔王としての役目を十分果たせることでしょう。今回の遠征が終わりましたら、フェルにも会ってあげてくださいまし。フェルもオグナ君に会いたい様子でしたから」
「ちょっとフェルの教育に疑問が浮かんだけど今は置いておこう。無事に攻略が終わったら、フェルにも会いたいな。フェルの教育方針を早急に見直さないと」
「オグナ君に不可能はありません。それに今回はわたくしとヒルダさん二人でサポート致しますので大船に乗った気持ちでいてください。ね、ヒルダさん?」
満面の笑みを浮かべながらロザリアが左手を掴むヒルダへと話しかける。
ヒルダは胡乱な目でロザリアを見返す。
「天使のロザリアさんがいればそりゃ大丈夫でしょう。アタシはどうせ役に立たないでしょうしー。空も飛べないですしー。どうぞお二人でイチャイチャしてくださいねー」
「もう、ヒルダさん。どうしてそんなこと言うんですか? 一緒にオグナ君を応援しましょうよぉ。わたくし、お友達と一緒に同じアイドルを応援することに憧れていたんです。そうだ! 今度わたくしの大切なグッズを見せてあげますね」
「アンタ、言ってることが怖いのよ。グッズって何よ。アタシの弟に変なことをしたらただじゃ済まさないわよ」
「失礼なこと言わないでください! まだ変なことはしてません。わたくしはただオグナ君を見てるだけで幸せなんですから」
「アンタと話していると頭が痛くなる」
「それは不思議ですね。何故でしょう?」
この二人の関係はどうもギクシャクしている。ロザリアは友好的だが、ヒルダはよそよそしい。まぁ、時間が経てば距離も縮まるだろう。
「はぁ、まぁいいわ。それよりロザリアさんから見て、ダンジョン攻略は三人で大丈夫そう?」
「ええ。もちろん。問題ありません。天使のわたくしはマルっと全てお見通しです。ダンジョンの攻略自体はわたくし達だけで可能なレベルです。問題はイドラ帝国の動向ですね」
「イドラ帝国が? どうして?」
「かの大国はベルグンテルが青のダンジョンを攻略し管理下に置いたことで相当焦っているのでしょう」
「まぁ、青のダンジョンのお宝も全部ベルグンテルのものにしちゃったわけだからね」
「そこでイドラ帝国も音のダンジョンを攻略し、ダンジョンのお宝を全て手に入れようと躍起になっていると思われます」
「なるほど、それでこんな有様なのね」
眼下では黒色の甲冑を着込んだ大軍と魔物の大群がぶつかり合っていた。黒色の甲冑にはイドラ帝国の紋が刻まれている。
魔物の大群はミニゴーレムと呼ばれる魔物だ。身体は土でできており、背丈は少年くらい、魔物としてのクラスは最弱の魔獣級。知性もなく、ただ人間を発見したら攻撃するという命令を愚直に遂行することしかできない。
ミニゴーレム達はイドラ帝国の兵士に簡単に討取られていく。
「わざわざ正面から音のダンジョンに攻めるなんてすごいわね。効率が良いのか、悪いのか」
ヒルダが呆れるような声音で言った。
本来、音のダンジョンに向かうまでの道のりにおいてミニゴーレムと遭遇しない方法を選択するのが定石だ。
魔物に見つかりにくいアイテムを使ったり、空を飛んだり等の策を講じ少数で挑む場合がほとんどだ。
イドラのように隠し通すことができないほどの大軍で音のダンジョン攻略へ向かうのは珍しい。それほど本気なのだろう。
「イドラ軍に乗りこまれたら厄介だね。急いでダンジョンに向かおう」
俺達は白い壁へと近づいていく。壁に近づけば近づくほど、じじっと電波の音が聞こえてきた。
「この壁はただの結界です。投影された映像のようなものです」
ロザリアは説明しながら壁へと手を伸ばす。壁に触れることはできず、手は白い結界の中に吸い込まれた。
「さて、ダンジョン攻略を始めましょう」
俺達は白い壁に飛び込んだ。何の抵抗もなく壁の向こうへと到達した。
途端、様々な音が耳に飛び込んできた。色々な曲がそこら中で同時に流れている。
頭上は暗く空中に大きなライトが星のように散らばり、ダンジョン内を照らしている。
眼下には様々な筐体がところ狭しと並べてあった。その筐体の間を縫うようにゴーレム達が巡回している。
この光景に見覚えがあった。『無限牢獄』で造られた部屋の中、アニメ鑑賞をしていた時に似た場所を見たことがある。
「ゲーセンじゃん」
思わず俺は呟いてしまった。